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「ウィルフ、さん……?」
そんなにヤバい死体なのか、とわたしは彼に声をかける。いやあ、確かにすごく悲惨な状態だけど、彼だって魔物の死体くらい、見慣れているだろう。それなのに、この動揺っぷり。
声をかけても、反応がない。意図的に無視しているのではなく、わたしの声に気が付いていないようだ。
「――っ、ウィルフさんってば!」
わたしは彼の腕を引っ張る。ようやく彼はわたしの呼びかけに気が付いたようで、ゆっくりとこっちを見た。
「……なんだ」
「え、あ、えっと……なんの死体ですか、これ」
全く話を聞いていなかったのか、心ここにあらず、という風だ。わたしが声をかけたからではなく、引っ張られて、反射的に「なんだ」と聞いたのだろう。
そんな反応をされるとは思ってもみなくて、わたしは逆に言葉に詰まってしまって。とりあえず、さっきの質問を繰り返すことにした。
「ああ、これか。これは……カラプラの死体だよ。ああ、そうだ」
それだけ言うと、ウィルフさんは、再びグロテスクな魔物の死体――カラプラの死体の方へ、視線を向けた。
動揺しすぎ、というレベルの話ではない。明らかに、様子がおかしい。
だって、イエリオらとディンベル邸の護衛に向かったとき、わたしが魔法を使ってファンリュルを殺して、あっさり戦闘が終わっても動揺せず、すぐにあの場を去ろうと、冷静に判断できるような人だったはず。
感電死した死体より、死体というかもはや食べ残しみたいなこの死体の方がインパクトは強いけど、でも、使う武器が剣で、特級冒険者という、こんな危険区域の調査を少人数でまかされるようなウィルフさんが、見慣れていないわけがない。
わたしには状況が全然分からないけれど、カラプラが死んでいることが問題なんだろうか。それとも、死体がこんなところにあるのが問題?
分からない。でも、いずれにせよ、よほど彼にショックを与えるような何かなんだろう。
「――ウィルフさん、ここに突っ立っていて、大丈夫ですか?」
明らかに、この魔物は食われている。ということは、ここに肉食の魔物がいる、ということだ。
死んでからどのくらい経っているのかは分からないが、全て食べ切っていないわけだし、もしかしたらここに戻ってくるかもしれない。
そうなったらわたしたちも、いい餌に見えてしまうかもしれない。
きっと普段のウィルフさんなら、こういうことを瞬時に把握して、この場を去ろうとするだろう、とわたしは声をかけた。
「一回、拠点に戻って休憩しましょう?」
まだ森に入ったばかりで、調査なんて全然進んでいない。何なら、最初の工程の、一番目の確認しか出来ていない。
でも、この状態のウィルフさんと一緒に危険だという森の中を歩き回るのは、かなり危ないと思うのだ。わたし自身、魔物に詳しくないわけだし。
資料は用意された分をしっかり読んだとはいえ、そんなの紙面だけの付け焼刃だ。経験に勝る反応を出来るわけがない。
そう思って提案すると、「そう、だな。戻るか」と、やはりどこか上の空でウィルフさんは答えた。




