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今日はこの辺で野宿にする、とウィルフさんが足を止め、寝床の設置を二人で始めたのだが、わたしは言いようのない不安にかられていた。
朝方シャルベンを出発して、休憩をはさみつつここまで歩いてきたのだが、一度も魔物に遭遇しなかったのだ。魔物に見つかって戦闘や逃げることにならなかった、という程度の話ではない。魔物の影そのものを見なかったのである。
わたしが城壁の外に出るのは、まだたったの三回目で、しかもそのうち二回は同じ場所へ訪れていて、こっちの方面へ来るのは今回が初めてだ。だから、この辺りのことは何も知らないけれど――だからといって、こうも魔物が出てこないのは、あまりにも静かすぎるように思えるのだ。
ましてや、危険区域と呼ばれるほど危ない場所に向かっているのに。生き抜くのが危険な場所から少し離れた場所の方が、魔物の数はいそうな気がするのだが。だって、危ない東の森よりは安全に生活できそうじゃない?
あっという間に寝床を完成させ、焚火まで起こしたウィルフさんの隣に座り、「この辺りって、こんなもんなんですか?」と思わず聞いてしまった。
どうにも、胸騒ぎがするので。
「――……まあ、こんなもんと言えばこんなもんだが、違和感がないわけじゃない」
少し考え込んで、ウィルフさんは言った。目線は、焚火に向けたまま。
「この辺りで魔物に遭遇しないことは、まあ、なくはない。そう言う時期があるんだ。だが、少し早いような気もするな。普段はあと一か月か二か月くらいあとなんだよ。ズレがある」
どことなく、言いにくそうにウィルフさんは言葉を濁した。どんな時期だ、それは。
冬眠をするほど寒い気候じゃないし、冬眠だったら、何か言いにくい事情もないだろう。あ――。
「もしかして、繁殖期ですか?」
巣にこもって最低限の餌を外に取りに行く、という状況なら、まあ、タイミング次第で鉢合わせないのかもしれない。
でも、それならそうだと言えばいいのに。別に繁殖期なんて、生物としての話なのだから。下手に濁したり誤魔化したりするほうが意識しているみたいでよっぽど気まずくなる。
それとも何か、めちゃくちゃグロテスクな話なんだろうか? でも別にわたしがそこまでそういう耐性がないわけじゃないし。まあ、実際に見るのが平気か、というのはまた話が別だが、さらっと聞くくらいならそこまでダメージはない。この辺りにいる魔物は餌になりやすくて、とか。
そんなことを考えていると、ふと、ウィルフさんの反応が一切ないことに気が付いた。
ふとそちらを見れば、さっきまで焚火を見ていたはずなのに、思い切り顔をそらして、わたしがいない方を見ていた。
……もしかしてこの人、この手の話題、一切駄目なタイプなんだろうか……?




