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そんなに難しいことを聞いたつもりはないのに、ウィルフさんは黙ってしまった。大層な幸せを想像しているんだろうか。
でも幸せなんて、ささやかなものが積み重なって、大きな幸せになると思うのだ。
「わたしはねえ、美味しいご飯食べてるときとかあ、大雨の日にお休みで外に出なくてもいいときとかあ、二度寝するときとかあ――」
「――四人でいるとき」
指折り数えながらひとつひとつ、わたしの幸せを上げていると、それをさえぎるようにウィルフさんが言った。
「四人で馬鹿騒ぎしているときが、一番楽しい」
四人。そんなの、誰、って聞かなくても決まってる。フィジャと、イエリオと、イナリさんと――ウィルフさん。
そこにわたしはいない。
彼ら四人の付き合いが長くて、わたし一人だけが後からポッと出てきただけなのは、十分、理解している。
分かっているはずなのに、ふわふわした頭では、「さみしい」という感情だけが先行して――気が付けば、ぼたぼたと涙がこぼれていた。
「う、うぅ~」
「な、なんで泣くんだよ。質問にちゃんと答えただろ」
無視してない、とウィルフさんが少し慌てた様子だった。でも、ぼやけた視界では、どんな表情をしているかまで、ハッキリ分からない。
「だって、さみしいもん」
「――は?」
「『みんな』に入れてくれないのがさみしい」
ぐずぐずと鼻をすする。
こんな泣き言、ウィルフさんが面倒くさがるだろうな、と思っても、ゆるゆるになった涙腺では、焦りが余計に刺激になって、涙を形づくる。
「別に――俺らみたいな男たちの中に入れなくたっていいだろ。イエリオはともかく、見た目で差別されてきたような奴らの集まりだぞ」
「そんなことない!」
価値観が違うんだって、言ってきたのに。そりゃあ、最初は諦めからだったけど。希望〈キリグラ〉じゃどうしようもないって。
でも、こうして皆と過ごして行くうちに、彼らと仲良くなって、大切にしていけたらいいって、思うようになったのに。
どうして伝わらないんだろう。
「…………」
わたしはすっと立ち上がり、ふらふらとウィルフさんに近付く。
「ちゅーします」
「――……は?」
わたしはそのまま、座っているウィルフさんの胸倉を掴んだ。そして、「ちゅーを、します」ともう一度宣言した。
「おい、おいおい待て待て酔っ払い! どういう思考回路でそこに行きつくんだ、一旦落ち着け!」
わたしの腕を引きはがそうとするウィルフさんに抵抗するため、身体強化〈ストフォール〉を使う。そのうえで、ぎりぎりと、これでもかとばかりに力を込めて胸倉を掴む手を握りしめた。絶対に振りほどけまい。
「わたしは、みんなのことを、大事にしたいと思ってるけど、恋愛感情があるかは分かんない。でも、この状況でも、ウィルフさんにキスするくらいなら抵抗がないよ。つまりわたしにとって、ウィルフさんは差別するような見た目ではないということ。証明終了」
「証明終了、じゃねえよ、お前、この、この酔っ払い! 本当に待ってって! くそ、指かた――、っ!」
ちゅ、と、鼻先というか、口の先というか、その辺をめがけて、わたしは唇を押し付けた。




