193
ころころと丸っこい体に、小さな脚をてしてしと動かし、少し跳ねるように歩く、ポメラニアンのような生き物。可愛さに全振りしたその生き物に、わたしはメロメロだった。
「可愛いですねえ、こんな魔物もいるんですねえ」
飼い主さんらしき獣人が少し引く勢いでわたしはそのポメラニアンもどきを構い倒す。許可は出ているので。最初にしっかり触ってもいいか、聞いているので。
わたしがもふもふとしたその体を、両手でわしっと掴み、わしゃわしゃと撫で繰り回すと、ポメラニアンもどきは嬉しそうに「ワン!」と鳴いた。完全に犬じゃん?
この可愛い子ちゃんと会ったのはついさっき。しかしこの懐きよう、警戒心の欠片もないのか……可愛い。
ここはシャルベン。わたしたちが住んでいる街の隣にあり、城壁と城壁を繋ぐ高い壁の橋を渡るとここに来ることができる。
シャルベンでは、獣人と魔物が共存しているらしく、荷車を引く魔物が街の中を歩き、獣人と一緒に散歩している小さな魔物の姿を見ることが出来る。わたしたちが住んでいた街より、ファンタジー感がぐっと上がった。
シャルベンに来るなり早々にウィルフさんは「用事がある」とふらっとどこかへ行ってしまった。確かに、この街に来る理由になった、シャルベンの冒険者ギルドのギルド長に会う時間まではまだ余裕があるけど、だからってわたしを放って消えるか?
何があるか分からなくて、暇つぶしすら出来ないのに、と思ったが、今はもう全然気にしていない。目の前のポメラニアンもどきが可愛いので! すっかりこの子に夢中なのだ。
待ち合せの場所で偶然出会ったこの子には感謝しかない。
「この子はなんて名前なんです?」
「『イヌ』って種族の魔物で、名前はルルって言うの」
「……犬?」
まさかの言葉に思わず聞き返してしまった。まんま犬、どころか、名前まで本当に犬だった。
「ペット用に品種改良された魔物なの。可愛いでしょ?」
品種改良までするのか……。でも別に、前世でも犬や猫の品種改良はあったし、人のような生物がいるのなら、そういうことがあるのも普通か。農作物でも当たり前のようにあるわけだし。
それにしても、魔物が『可愛い』……。
人に近いから美しく、魔物に近いから醜い、という価値観の世界だと思っていたけど、魔物自体を『可愛い』と言う獣人の街があるなら、わたしたちの住んでいる街より、ずっとこっちの方が住みやすいだろうに、どうしてウィルフさんはこっちに住まないんだろう……。
別に何処に住もうがウィルフさんの勝手ではあるけど、不思議である。街と街の移動はそこまで大変でもないし、いくらフィジャたちがあっちの街に住んでいるからって、同じ場所に住まないといけないわけでもないだろうに。
それとも、魔物は可愛くても、魔物に近い獣人は可愛くないんだろうか? まあ、ウィルフさんは可愛いっていうよりはかっこいいの部類だとは思うけど。
そんなことを考えながら、もにもにとポメラニアンもどき――もとい、ルルちゃんの肉球を触って堪能していると、ウィルフさんが戻ってくるのが見えた。
「あ、待ち合わせの人が来たので、これで失礼しますね。遊んでくれてありがとう、ルルちゃん」
そう言うと、ルルちゃんが「ワン!」とまた鳴いた。またね、って言っている見たいで可愛い。
名残惜しいが、さっさとウィルフさんと合流してこの街の冒険者ギルドへと行かねば。
わたしが『目的』であるため、放置されることは考えにくいが、ウィルフさんのことだ、もたもたしていると置いて行かれそう。冒険者ギルドの場所くらい、勝手に聞け、みたいな感じで、いつのまにか現地集合になっていそうな……。それは嫌だ。
わたしが――わたしたちがこの街に来ることになった理由。それは数時間前にさかのぼる――。




