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病室に入ると、イナリさんがいて、イエリオも目を覚ましているようだった。二人を見つけ、ほっとしながら近寄る。
「ああ、起きたの」
「おはようございます。……?」
イナリさんに挨拶をするも、イエリオと視線が合わない……というか、露骨に目をそらされた気がする。
体を起こす元気はなさそうだが、顔色はそこまで悪くなくて、とりあえずは一安心だが――わたし、何かしたかな。
「イエリオの自業自得」
「いえっ……そ、それはそうですが……」
何やら二人は通じ合っている模様。わたしが来るまでに何か話していたんだろう。
イエリオが気まずそうに眼鏡のブリッジを押し上げる動作をして、空振りしていた。今眼鏡かけてないもんね。
それを見て、イエリオの眼鏡を紛失してしまったことを思い出す。
「あ、そう言えば眼鏡、探して置いた方がいい? 帰り道にあると思うし……無事かは分からないけど」
運んでいるときに落としたみたいで、と言うと、イエリオが気まずそうに咳ばらいをした。ええ、本当になんなんだろう……。
「け、結構です。家にスペアがあるので。見つけたら拾っておく程度で、わざわざ探さなくても大丈夫です」
「そう?」
どのくらい視力が悪いのかは知らないが、なくても全く分からないほどじゃないんだろうか。今は目を細めていないし、眉間に皺も寄っていない――いや、それはわたしから目をそらしているからか。
「……あの、わたし、何かした?」
わたしがイエリオに言うと、彼は露骨に体をこわばらせた。「なんでも、ありません」と本人は言っているけれど、絶対そんなことないよね。
「……僕はそろそろ帰るよ」
「イナリ……っ!」
しれーっとした顔で帰ろうとするイナリさんを、イエリオが服の裾を掴んで引き留めようとする。でも、力が入らないのか、簡単に振りほどかれていた。
「これ、イエリオが入院する病院の住所。一応、あんたにもあげる」
イナリさんからメモ書きを貰うが、さっぱり読めない。確かに、住所っぽい形式の文字の並びではあるが。
「あの、読めないんですけど……」
そう素直に伝えると、イナリさんは少しの沈黙の後、溜息を一つ吐き、簡単な地図を裏側に描いてくれた。
「マルが今いる支部で、バツが病院。流石に分かるよね?」
「た、多分……」
フィジャの家からパン屋まで、迷子になった前科があるわたしとしては不安ではあるが、まあ、頑張ればたどり着けるはず。……が、頑張れば。
「じゃあ、僕は本当に帰るから。イエリオが負傷してることはフィジャにも伝わっているだろうけど、怪我の具合とか、伝えておきたいし」
確かに、フィジャの方とも連絡を取った方がいいだろう。わたしも少ししたら、フィジャの家か、勤め先の店に顔を出そう。
「――ちゃんと、話しておきなよね」
そう言って、イナリさんは帰っていった。
二人取り残されるわたしたち。と言っても、まだ他にも患者や医者がいるから、完全に二人きりになったわけじゃないんだけど。
それにしても、ちゃんと話して置きなよね、とは。わたしではなく、イエリオの方に向けて言ったようだったけど。
何か分かる? とイエリオに声をかけようとして、彼を見ると、すっかり頭まで毛布を被り、顔を隠しているイエリオがいた。




