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窓ガラスが割れた音が聞こえると、シン、と一瞬、部屋が静まりかえる。わたしもイエリオも、顔を見合わせてしまった。
「……今、何か割れる音したよね? 多分窓ガラス……だよね?」
「少なくとも、何かが落ちて割れたような感じではありませんでしたが……」
音の発生源は二階から――つまりは、わたしが借りている部屋からと思われる。二階には部屋が二部屋しかないが、かなり音が響いたので、物が少ないわたしの部屋の方だろう。それに、イエリオの部屋だったら、物が多いから巻き込まれてもっと大きな音が出るはず。
「ちょっと見てきても?」
「いやいやいや、貴女、女性でしょう。ここは私が……」
「じゃあ二人で行きましょう、イエリオ」
もし何かしらの侵入者がいたとして、一人より二人のがいいだろう。イエリオはまだちょっと不満そうだったが、一人で行かれるよりはいい、と判断したらしい。
廊下に出て、階段を昇ろうとした時だった。
――キギィ。
わたしとイエリオの脚が止まった。明らかに、何かの鳴き声である。そして、階段を下りてくる足音が聞こえてきた。
「やばいやばいやばい」
わたしは咄嗟に近くにあった扉を開ける。物置であるそこは、非常に木箱やら棚やらが詰められていて。二人が入る余裕はないものの、全くスペースがないわけではない。
他の場所に逃げる余裕もなくて、わたしは「なんか壊れたらあとで直すから!」とイエリオと共に無理やり入り込み、扉を内側から閉められるギリギリまで閉めた。
木箱の上にわたしが正座でうずくまる様に入り、それをまたぐようにしてイエリオが立つ、というかなり辛い体制だが、この際、わがままは言っていられない。隠れられるだけいいとする。
扉の隙間からは、わたしが研究所で見た、アティカに似た大きな魔物が見えた。アリのようなシルエットの体と触覚を持ち、八本の脚。気持ち悪い。
「あれは――スパネット、でしょうか。少し見えづらいですが」
長身をかがめるようにして立つイエリオが、小声で話しかけてくる。幸いにも、あの魔物は特別耳がいいわけではないらしく、この程度の小声なら気がつかれないようだ。
「中級に分類される魔物です。草食でそこまで獰猛な性格ではないのですが、非常に防御力が高い魔物ですね」
「人を襲うような魔物ではない、と?」
草食で比較的おとなしい魔物なら、そこまで危険性はないのでは、と思ったが――。
「いえ、綿や麻で出来た服を着ていた場合、それを食べようと襲ってくる場合があります。そして、そのまま巻き込まれて皮膚ごと持っていかれるケースがほとんどですね」
こっわ! たとえ直接的に食べられてしまうわけじゃないにしても、皮が持っていかれたら十分に痛いし危険だ。
「でも、なんでこんなところに――」
研究所にいた奴が退治されてしまったのなら、なぜここにいるのか。
わたしが思いついた、最悪の事態が発生しているのか……。わたしは「向こうにバレたら教えて」と目を閉じた。
「――探索〈サーチ〉」
飛翔体を飛ばしてわたしは外を見る。屋根をもすり抜けて高く飛ぶ飛翔体越しに、わたしは、街の様子を見た。
「――やば」
アティカ、いや、スパネットがあちこちにうろつく街を。




