157
イエリオ大丈夫かなあ、という心配以前の問題だった。
研究所につくと、どこか雰囲気はどんよりとじめついていて、武器を持ったガタイのいい男の人たちがあちこちうろついている。前回来たときとは比べ物にならないくらい物騒だった。
わたしとオカルさんは受付で事情を話し、中へと通して貰うことになった。
研究所内は入ってもいいが、温室や倉庫など、トバラルの綿が荒らされた現場とその付近には立ち入らないように、と注意を受けてわたしはイエリオがいるという研究室へ足を運ぶ。
オカルさんは別の研究チームに用事があるとかで、途中で別れたが、一度来たことがあるので流石に迷わない。それに、訪問客(と書いてあるらしい)札を首から下げているので、最悪道に迷っても部屋を教えて貰えるはず。
「……ここだよね」
わたしは目的の部屋を見つけ、扉をノックする。が、返事はない。そっと開けて中を覗く。ここもここで、受付に負けないくらい、空気がどんよりと重い。換気くらいすればいいのに……と思うものの、換気だけでどうにかなるような空気じゃない気もする。
肘をついて祈るように指を組みそこに額を付けている人や、腕を組んだままうつむいた人なんかがちらほらといる。多分寝てるんだろうな……。
そんな中、一人だけ机に姿勢よく向かっている人がいて――いわずもがな、イエリオだった。
寝ている人を起こさないように、そっと彼に近付く。どう声をかけるか迷った末、わたしは軽くイエリオの肩を叩いた。
「……なんですか? 休憩ならお先にどうぞ。私はまだ大丈夫ですので」
ちょっと冷たい声。普段ではあまり聞くことがない声音だが、多分、わたしだと気が潰えていない上に、何回も言われてイラついているのだろう。おとなしく休めばいいのに……。
「大丈夫じゃないでしょう。オカルさん、困ってたよ」
「――え、は?」
あまり大きな声を出すと目立つかと、声をひそめたものの、彼を驚かすのには十分だったようだ。こちらを見て、目を丸くしている。クマが出来ているし、髪がぼさぼさで無精ひげも生えていて。明らかに身だしなみに気を使っていない……いや、気を使う余裕がない姿を見て、わたしは絶対に休ませよう、と決めた。
「はい、イエリオ、ペンを置いて、立って。休憩室行きましょうね」
「え、いや、あの」
わたしは混乱から戻っていないイエリオからペンを取り上げる。研究を中断させる許可はオカルさんから取っているし、なんなら、受付嬢のお姉さんにも「根を詰めている職員は問答無用で休憩室に連行してくださいね」と言われている。
休憩室の場所もオカルさんから聞いているので、彼を引きずって行くことも可能だ。
「引きずられて行きたいですか、自分で行きますか」
そう言うと、わたしの言葉の圧に負けたのか、わたしに「大丈夫」が通じないと観念したのか、「自分で行きます……」とイエリオは立ち上がった。
ふらふらしているのが危なっかしいし、このまましっかり休憩室に行くのかも不安なので、ついていくことにした。
「あ、第十五休憩室、押さえてくれてるって。これ許可証」
休憩室ゾーンに向かいながら、わたしはイエリオに許可証の札を渡す。どう使うかは知らないが、これを渡すように、とオカルさんから言われているのだ。
「…………分かりました」
受け取ったイエリオは少し不満そうだったが、しっかりと疲労の色が見える。集中が切れてドッと疲れたのかもしれない。
まったく、早く休めばいいものを。




