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イエリオ、と、どう接したものか、と悩んで数日経ったが、どうにも、彼は彼であっけらかんとしていた。フィジャのようにぐいぐい来るわけでもなく。
以前とほとんど変わらない態度なので、いっそあの夜の出来事は夢だったんじゃないかと思ってしまうほどだ。まあ、わたしは癖で「イエリオさん」と呼ぶと、「イエリオ、とは呼んでくださらないのですか?」といかにも演技くさい悲しいですアピールをしてくるので、間違いなく現実だとは思うんだけど。
あの夜の次の日、泣いて落ち込んでいたのが嘘のように笑顔で研究所に出勤し、返ってきたかと思えば「しばらく泊まり込みになりました!」と嬉しそうに泊りの準備をして研究所に行き、ほとんど帰ってこない。好かれてるかも? と思ったのは自意識過剰だった……?
まあ、でも、今のうちにイエリオのチョーカーの石に魔法付与をしておこう、と、わたしは手荷物の中に入れておいたチョーカーたちの中から、イエリオのものを取り出す。そのままベッドの上へと座り込んだ。
本当はイエリオの目の前でやってあげた方が彼は喜ぶんだろうが、魔法付与というのはなかなか難しい。わたしは魔法付与が兄弟姉妹弟子の中で一番得意だったけれど、だからといってぺらぺらとあれこれ話しながら上手くやれるほどの技術はない。
黙って集中してやるのが一番なのである。
さて、イエリオには何を付与しようか。フィジャは健康と商売繁盛系の魔法を主軸に魔法付与を重ねていったが、健康はともかく商売繁盛は彼に必要ないだろう。知識とかを補強する系の魔法もないわけじゃないけど、自分の好きな分野は自分で頑張りたい派のわたしとしては、あんまり他人に後押しされるのはどうかな、と思ってしまう。わたしとイエリオは似ているところがあるし。わたしがちょっとな……と思ってしまうことは、多分、イエリオも同じように思う可能性が高いということだ。
だとしたら、安全に遺跡等を調査できるような感じにしたほうがいいかな? それとも徹夜が強くなるとか……いや、これは健康に悪いか。もし徹夜を前よりもできるようになったら、ちゃんとやすまなくなるに決まっている。
なら、フィジャと同じように健康を主軸にするとして、あとは事故防止系のやつがいいだろうか。事前に危険を察知できる魔法なら、ディンベル邸のような、気を抜いたら床を踏み抜く劣化の激しい場所でも、多少は回避して調査ができるようになるだろう。
あれかな、これかな、と考えながらやっていると、気が付けば陽が傾いてきている。午後からやりだして良かった、昼前からやっていたら、お昼ご飯を食べ損ねるところだった。
「……今日も帰ってこないんだっけ」
イエリオは今日も泊まり込み。賑やかな人だからか、この家が広いからか、なんとなく、ぽつんと一人で留守番しているのはさみしい気がした。
わたしが言い出したコテルニアの布の改良をしているとはいえ、本当に家に帰ってこない。
早く帰ってこないかな、と思いながら、わたしはチョーカーに付いた、イエリオの瞳と同じ色をした、赤い石をそっと撫でた。




