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「今日は人生で一番最悪な日……というと言いすぎかもしれませんが、そのくらい、ショックだったんです、あの遺跡の調査が中止になったのは」
中止、というだけで、完全凍結ではないので、もしかしたらまた再開されることがあるかもしれない。でも、きっとそのまま忘れ去られる方のが、可能性としては高い。
そう思うと、いい歳をして涙が止まらなかったと、イエリオさんが言った。
「一人だったら、夕食もシャワーも、何も手が付かなかったと思います。下手したら、今の時間まで、玄関でふて寝していたかもしれません」
「それは……風邪を引くのでは?」
「そうかもしれませんね」
フィンネル国は、日本の様に四季がハッキリしている国ではなく、なんとなーく暖かい気温が続く国らしいが、適当なところで寝たら風邪を引くのは、フィジャの一件で十分知っている。
イエリオさんの話を聞きながらも、わたしはホットミルクを作る手を止めない。流石にこのくらいは会話をしながらでも出来る。
温まったミルクをマグカップに注ぎ、イエリオさんに渡すと、「ありがとうございます」と笑顔で受け取ってくれた。
「でも、貴女がいるから、既に夕食もシャワーも済ませていて、前文明の話をたくさん聞けて気持ちも持ち直すことが出来て。小腹が空いても、我慢して寝なくていいんです。――こんなにも、温かい気持ちにさせて貰ったんです、救われた気分、と行ってしまっても、過言ではないでしょう?」
過言……な気もするけど、そう思ってしまうのも、分からなくはない。気分が落ち込んでいるときに優しくされたら嬉しくなるものだ。
「私、本当に嬉しかったんです。今回のことだけでなく、表札の件も。『また今度、時間があるときに話を聞く』って言葉を濁されると、ほとんどの人がそのまま逃げてしまうので。……私の話が長くて一方的なのが悪い、という自覚はあるんですが……」
自虐的に笑い、イエリオさんはホットミルクに口をつける。
確かに、周りの迷惑も考えずにずっと話し続ける、というのはいいことではないけど、自分の好きなもの、好きなことを話す相手が誰もいない、なんていうのはすごく寂しいことだ。
「貴女は割と諦めが早く、さっぱりしている性格ですから。私と和解するのを諦めるか、私に振り回されるのに抵抗するのを諦めるか、どちらかだと思っていました」
「歩み寄らないように見えました?」
わたしがそう言うと、イエリオさんは苦笑いで返してきた。無言の肯定である。
あっさりと帰ることを諦めて、結婚を認めたわたしだったから、そう思うのも無理はない。よく言えば適応力が高くて、悪く言えば諦めが早い。それはわたしの評価として正しいと思う。
でも――。
「確かに、わたしは諦めが早い方ですし、出来た人間でもないので、本当に無理そうならサクッと諦めますけど……イエリオさんとシーバイズ――前文明の話をするの、嫌いじゃないですから」
というか、どちらかというと、楽しい部類に入ると思う。まあ、時と場合を選ばないのは直してほしいし、夢中になって話を忘れて着替えの途中に突撃するのはもうやらないで欲しいけど。




