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「イエリオさーん、起きてますか?」
もう起きているかな、と思ったけれど、返事はない。まだ少しなら寝ていても構わない時間だけれど、イエリオさんのことだから起きているかと思った。
寝る前に、「明日表札をちゃんと調べますから」と約束したから、てっきり早くに起きてスタンバイしているものかとばかり。
「入りますよー」
そう言って、少し待ってみてもなんの反応もないので、わたしはテントの入口を開けた。
イエリオさんはまだ寝袋の中にいて。わたしの声に反応したのか、少しだけ身じろいでいたが、起きる気配はない。
うーん、着替えたいんだけどな……。
「イエリオさん、起きてください。わたし、着替えたいんですけど」
ためらいなく体を揺さぶってみるが、「んんー」と気のない、うめき声のような返事しか帰ってこない。
普段からテンションが高めなイエリオさんは朝も強そう、と勝手に思っていたのだが、全くそんなことはなかったらしい。
こんなにも寝起きが悪い人だったとは。
別に今すぐ起きて準備を急がないと朝食の時間に間に合わない、ということはないが、表札の検分をしたいならさっさと起きて欲しい。
根気よく揺さぶり続けていると、イエリオさんが目を開けた。
うわ、目つき悪っ。
朝日がまぶしいのか、目を開けたばかりで機嫌が悪いのか、それとも眼鏡がないから無意識に細めたのかは知らないが、普段のイエリオさんからは考えられないほど人相が悪い。
「目が覚めましたか? おはようございます。わたしが先に着替えるのでも、イエリオさんが先に着替えるのでもどちらでも構わないですけど、二人とも着替え終わってからにしてくださいね、表札は」
「……ざいます……。……ひょうさつ?」
まだ寝ぼけているらしい。声もカスカスで、活舌も悪いし、全然状況を理解していない顔をしている。
というか、寝ぼけている、よりも半分寝ている、と言った方が正しいかもしれない。話ながらも瞼が閉じていっている。
「寝る前に、明日見るって約束したでしょう?」
「――……あ」
思い出したのか、今度はしっかり目を開けた。まだ眠そうだが、先ほどよりは意識が覚醒してきたらしい。
「覚えててくれたんですか?」
「忘れるようなことでもないでしょう? ほら、どっちから身支度をしますか?」
わたしがそう言うと、ようやく頭が覚醒してきたのか、しかめつらに近かったイエリオさんの表情が、柔らかい物になる。
「では、マレーゼさんお先にどうぞ。私は外に出ていますので」
そう言って、イエリオさんは起き上がり、ふらふらとまだ少しおぼつかない足取りで、外へと出ていった。
…………。
昨日の夜みたいなことにならないように、さっさと着替えてしまおう。




