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窓から外を伺えば、それはもう酷い有り様だった。辺りには血が飛んでいて、荷車の布に飛んだ血が、最初でないことが伺える。
ジグターさんは後方――荷車の近くで、警戒をしている。そんなジグターさんもちらほらと、浅くはあるものの数多くの傷が体に刻まれていた。
ジグターさんは御者だ。彼がやられてしまっては、この車は動かない。最悪、いつでも逃げられるように、と、重傷で動けなくなる前にこちら側にいるのだろう。
荷車を引く魔物は、不思議なくらい、静かだった。それだけ調教されているのか、慣れているのか、それとも――諦めているのか。
ガキン、と重い音がして、わたしの気は一気にそちらへ向く。
「――え」
剣が、飛んでいる。
嘘、今の、ヴィルフさんの剣が飛ぶ音だった……?
巨大な魔物も、ヴィルフさんも、まだどちらも致命傷を負っていない。傷の数だけ言えば魔物の方が多かったが、体力はヴィルフさんの方が消耗していそうだった。
だから、剣を取りこぼしたのだろうか。
変な方向へとすっ飛んでいった剣。それを取りに行こうにも、魔物に近付かなければならない。
ヴィルフさんの体格は、街の中で見たどの獣人よりも大きくて、強そうだった。でも、それは獣人の中での話。
あんな魔物相手に近付いたら、簡単に踏みつぶされる。
それでも、ヴィルフさんは諦めていない、とばかりに、隙を見て、剣を取り戻そうと走った。
――でも、体力だけなら、魔物の方が勝っているようで。
巨体に見合わないほど、素早い動きで、ヴィルフさんを踏みつぶす姿勢に入った。
――間に合わない。
直感的に、そう思った。
ヴィルフさんが剣を取り戻すのも、それどころか、あの足を避けるのも間に合わないかもしれない。
わたしが、水球を作ったって、間に合わない。
水球は、結局は窒息するまで粘る作戦だ。むしろ、顔が急に水で囲われたとなると、ヴィルフさんが近くにいる状態で暴れ出すだろう。
どちらにしろ、あの魔物は、あと足を落とすだけで、ヴィルフさんを殺せてしまう。
駄目だ、もっと、即死するような魔法じゃなきゃ――。
「っ、送電〈サンナール〉!」
バチバチバチィ! と辺りに酷く音が響いた。
送電〈サンナール〉。魔法づくりの照明機器に電気を送る魔法だ。やり方一つで人を殺せてしまうので、資格のいる魔法の一種だ。
焦って魔力の調整をろくにしなかった今のわたしのように、大量に魔力を込めればこめるほど、電流量が増え、一瞬にして体が焦げ、死に至るのだ。雷が直撃したかのように。
だが、この魔法は雷を落とす魔法じゃない。
果たして、魔法づくりの照明機器、どころか、魔法や魔法に関するものはロストテクノロジーとなって久しい今、この魔法が伝わっていくか、と言われたら――きっと否、だろう。
ヴィルフさんを助けられた、という安堵と、ヤバい、どうしよう、と焦るわたしとがいた。
こうしないとヴィルフさんは助からなかったかもしれないので、後悔はない。
でも、この後の言い訳を考えねば、と考えるほど、頭は真っ白になっていった。




