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そんなこともあったりしたのだが、調査日当日、そんな恐怖は吹っ飛んでいた。
というかそれよりもっと「うわっ」となるような出来事が起きてしまったのである。
「おや、おはよう。また君と会えて嬉しいな。……これも運命、かな?」
きざったらしくわたしに話しかけてくるのは、こちらに来たばかりのとき、ヴィルフさんを冒険者ギルド迎えに行ってそこで出会った猿獣人の冒険者だった。
運命、とのたまう奴にろくな人はいない。フィジャの事件のときに学んだのだ。
わたしは、イエリオさんにどう接しようか、と悩んでいた数日のことを忘れ、すすすっと彼の後ろに隠れた。体格は向こうの猿獣人の人の方がいいが、身長はイエリオさんの方が少しだけ高い。勿論、わたしが一番低いので、イエリオさんの陰に隠れれば十分に見えなくなる。
「お嬢さんは恥ずかしがりやなのかな?」
「貴方が気持ち悪いだけです」
こういう手合いに曖昧な態度を取るのは良くない。何か起きる前にきっぱりと言うべきだ。これもフィジャの一件で学んだ。
猿獣人の人は、一瞬顔をこわばらせたが、すぐに笑顔へ戻る。
「こ、れは手厳しい。俺はジグター。仲良くしてほしい」
あの猫獣人三人組よりは話が通じそうだが、この人はこの人であんまり話を聞く気はなさそうだ。
猫獣人三人組が強行したのとは違い、こっちの人は時間をかければわたしがなびくと思っていそうだ。随分と自分の容姿に自信があるみたいだし。
「……おい、荷物積み終わったぞ」
イエリオさんを間に挟んで向き合っていたわたしたちに、ヴィルフさんが声をかけてくる。
「おや、ではそろそろ出発しますか。ジグターさん、よろしくお願いしますね」
「ああ、まかせてくれ」
わたしは思わず「エッ」と声を漏らしそうになった。
今いるのは、街を囲む壁の外にある、魔獣を住まわせて置くための宿舎。わたしたちの調査一向以外にも、冒険者がちらほらといるので、たまたま居合わせただけなのかと思っていたのに。
猿獣人、もとい、ジグターさんは迷うことなく、わたしたちが乗る車を引く、牛よりだけれど馬っぽくも見える魔物の方へ歩いていく。
「マレーゼさん、私たちも向かいましょうか」
「あ、の、イエリオさん。ジグターさんって……」
嫌な予想が当たらないでくれ、と想いながらイエリオさんに聞いたのだが、そんな願いは無駄だった。
「ああ、マレーゼさんは彼に今日会うのが初めてでしたね。ジグターさんが私たちの車を引く御者を勤めてくれる冒険者です」
勘弁してほしい、と思わず言いそうになったが、わたしの一存で変わるわけがない。
猫獣人三人組のような、馬鹿な事件がおきませんように、と願いながらわたしは荷車へと乗り込むのだった。




