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「まあ、墓石に告白、っていうのは、半分冗談だけど」
冗談なのは半分だけなのか……。多分、気持ち的には本気だけど、そんな未来は想像していない、ってところだろうか。わたしのうぬぼれでなければ。
「でも、ボクを恋しく思えなくて、『家族』で終わってしまっても、マレーゼの夫という四つある席の一つを、他の誰にも渡したくないんだ」
そう言って、フィジャはひざまずいて、わたしを見上げる。この国の結婚様式的にも、状況的にも、指輪はないけれど、まぎれもない、プロポーズの姿勢だった。
ただ、彼はわたしに手を差し出す。
「ボクをマレーゼの夫の一人にしてください」
ストレートな物言いと、まっすぐなまなざし。唐突なことだったけれど、わたしはフィジャから目がそらせない。
でも、そらす必要なんか、どこにもなくて。
「――こんな、わたしでよければ」
そう、手を伸ばそうとしたところで、手が濡れていることに気が付く。さっきまで洗い物をしていたのから、当たり前と言えば当たり前なのだが。
水道を止めたときにさりげなく拭いておけばよかった、と手をひっこめて、拭こうとしたけれど、フィジャに手を掴まれてしまう。
「え、ぬ、濡れちゃうよ?」
「気にしないよぉ」
水が滴るほどびちょびちょ、というわけでもないけれど、手を繋げばフィジャの手も濡れてしまう。
そう思って思わず言ってしまったのだが、これ以上ないくらい、嬉しそうにほほ笑むフィジャは、そんなこと、全く気にしていないようで。
――その笑顔に、今までないくらい、心臓がきゅうっと締め付けられる。……ときめくって、こういうことを、いうんだろうか。
「……くびわ、じゃない、チョーカーは、いつ、渡したらいいの?」
思わず、そんなことを聞いてしまった。そう言えば、渡すタイミングを聞いてないな、って。
指輪の代わりに首輪を使う文化なら、渡すのは今なんじゃないだろうか。
そう思って聞いたのだが、フィジャは目を丸くし、これ以上ないくらいに顔を赤くした。……なんか、久々に文化の違いによるやらかしをした気がするぞ。
「本来は、家が完成したら付け合うんだけどぉ……」
フィジャは少し迷った後、「今付けて」と言った。
「いいの?」
「本当は駄目だけど、皆に内緒で、一回だけ。……今、付けてほしい」
明日にはちゃんと外すから。
そうお願いされると、あんまり駄目とは言いにくい。フィジャがそうおねだりしてくるということは、同時に付け合った方がいい、というマナーはあるけれど、先駆けが絶対許されない、ということではないんだろう……多分。
わたしはこの国の文化をまだ知り尽くしているわけではないが、フィジャがそう言うなら、今、付けよう。
部屋にチョーカーを取りに行き、戻ってくるとフィジャが正座していた。ここ、土足文化だったと思うんだけど、いいのか……?
「フィジャ、足しんどくない? 椅子に座ったら?」
「……三人への、せめてもの懺悔だからいいの」
本当に今付けて大丈夫なのか……?
まあ、ここまで来てやっぱりやめよう、とは、わたしからは言えないけど。
わたしはフィジャの後ろに回り込んで、彼の首にチョーカーを付ける。他人の首に何かを付ける、という行為は初めてで、絞めすぎないかどきどきしてしまう。変な性癖に目覚めそう、とかそういう話ではない。断じて。
「……苦しくない?」
わたしの指が一本軽く入るくらいの余裕を持たせて付けたから、絞めすぎたとは思わないけど、一応聞いておく。
振返ったフィジャは、へにゃっと笑っていた。
「大丈夫。……うれしい」
そっと、フィジャはチョーカーに触れる。
フィジャと同じ色の宝石のチャームが、ちらりと揺れた。




