106
病院へ向かう途中、見覚えのある猫獣人に、わたしはどきりとした。思わず足が止まる。
――フィジャを突き落とした猫獣人三人組の、一人だ。
捕まったんじゃなかったのか。流石に今回ばかりはとすぐに逮捕されたと聞いていたのに。複数人の犯行だと、聞かされていたんだが。
迂回しよう、と思ったものの、判断が遅かった。――見つかった。
以前、パン屋の道を聞いた、黒猫の獣人とは違う、少しくすんだ茶色の猫獣人だ。
あまりのしつこさに、呆れを通り越して気持ち悪さを感じる。絶対脈がないと、どうして分からないんだろう。
「……捕まったんじゃ、なかったんですか」
わたしが思わず言えば、向こうは嬉しそうに笑う。何が嬉しいんだろう。わたしが話しかけたから? どういう思考回路なのか、さっぱり分からない。
「二人は、ね。でも、全員捕まったら、貴女を引き留めておけないだろう?」
「引き留めて……って」
「オレと二人で、あいつらが刑務所から出てくるのを待とう?」
……つまり? あの黒猫獣人ともう一人でフィジャを排除して、残りの一人――目の前の猫獣人がわたしをどうこうしよう、っていうことだろうか。
なんていうか……。
「きしょくわる……」
思わず口に出てしまった。でも、これは間違いなく気持ち悪い。そこまでして、どうしてわたしがいいのか。
「なんとでも言えばいい! 貴女はオレらの運命の人なんだ……! 不思議だろう、恋愛なんか、興味なかったのに……一目見た、あとのきから、頭から離れない。一瞬で理解したさ、運命の人だって」
「むりぃ……」
人って、こうも盲目になれるもんなんだろうか。相手は人間じゃないけど。それともそういう性格の人たちなんだろうか。
こんなにも悪手を重ねて、人に好きになってもらえると思っているのだろうか。脳内お花畑か?
……でも、そう、ここで彼に出会ったのは、ある意味で、都合がいいかもしれない。
――身体強化〈ストフォール〉。
わたしは口の中で含むように、こっそりと、彼に聞かれないように詠唱する。
「運命、ね。笑えるわ」
希望〈キリグラ〉によって生まれ、希望〈キリグラ〉によってこの地に立ったわたしに、運命を語るか。馬鹿みたい。
運命というものがあるのなら、それこそ、先に希望〈キリグラ〉を使ったイエリオさんたちの方が、当てはまるだろう。イエリオさんが希望〈キリグラ〉を使っていなかったら、わたしはここにいない。
他人に左右される運命なんて、情けない話だ。
「わたし、しつこい人、嫌いなの」
ぐっと拳を握る。――狙うは目の前の猫獣人の頬。
「言葉で分からないなら、力に訴えるしかないわよね。……動物への、しつけでももっとマシなんだけど」
そのまま、がつんと、彼の頬を殴り飛ばした。
「わたしの家族は、フィジャ達って決まってるのよ。大切にしたいのも、幸せにしたいのも、彼なの。わたしのくだらない努力を笑わない彼を、わたしが見捨てるなんて、あり得ないわ」
殴られた衝撃で軽く吹っ飛び、地に伏す男に、わたしは言い捨てた。




