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そうして、わたしは明け方、精霊の生成に成功した……成功した、んだよな、これ?
『産みだされた』精霊は、精霊のなりそこないないしなる前の集合体なので、精霊として長く生きている、『召喚された』精霊よりは、質が悪い。でも、精霊には違いないので、今回の救いになればと思って産みだしたわけだが……。
想像していた見た目とは違いすぎて、成功したのか自信がない。わたしとしては、前世の漫画や絵本でよく見る妖精のような、小人に蝶の翅が生えたようなものを想像していた。
実際、師匠が使いっぱしりとして契約していた精霊は、普段は光のもやのような形をとり、気が向いたときは人のような姿をしていたので、てっきりそういう感じのがくるとばかり思っていたのだが。
全長百センチ前後の、白い芋虫みたいなこれが精霊とは……誰が気が付くだろうか。しかも、団子みたいな足がいくつもついていて、ちょっとムカデっぽくもある。でも、頭には猫の耳のような突起があって、お前は一体どういう生物なんだと聞きたくなる。精霊なんだけども。
顔だけはゆるキャラのようにちょっと可愛いのがまたなんとも言えない。
召喚された精霊に、蝶の翅があるなら、精霊になるまえの集合体である産みだされた精霊は、芋虫ということなのか……?
ぱっと見は本当にでかい芋虫にしか見えなくて、なんというか……。
「きもちわる……」
「気持ち悪いとはなんなの! 折角集まってやったのに!」
思わずこぼしてしまった言葉に、きゃんと噛みつくように、芋虫から文句が飛んでくる。ちゃんと言葉が交わせている以上、見た目に反して知能はしっかりしていそうだ。めちゃくちゃロリ声というか、アニメ声というか、そういう媚びた感じの声なのが気になるが。
「精霊さん……でいいんだよね。ええと……あなたの名前は……」
精霊を呼び出したり、産みだしたりした場合、上下関係を教え込む為にも、名前を付けるのは必須である。必須なのだが……。
これになんて名前を付けたらいいんだ……。元より、魔法を覚えることに必死で、名前を考えていなかったこともあるが、想像もしていなかった見た目のものが出てきて、完全に意識がそっちにいってしまい、ろくに名前が浮かんでこない。
「……あなたの名前はしろまるよ」
完全に思考が止まった名前を、わたしは絞り出した。仕方がないのだ、名づけに悩んで、向こうが名前を勝手に決めてしまったら、わたしのほうが上に立てない。
いいじゃないか、これからの、フィジャの腕を治せるかの勝負に〇(白星)を付けるための精霊ってことで。うん、そういうことにしよう。
精霊、改め、しろまるは不服そうな顔をしたものの、何も言わなかった。大事にしてくれ、この名前。
「あなた、本当に医療の知識を持った精霊……なのよね?」
「むむ……しろまるは土属性だから、水属性寄りの、病気のことはあんまり詳しくないの。簡単な奴しかわかんないの。でも、怪我はだいじょーぶ!」
そういうと、しゃがんでしろまるにはなしかけていたわたしの腕を伝って、ぐるりと両肩にわたってのってくる。もしょもしょと首筋のあたりがくすぐったくて、気持ちわるい。
「ほら、耳に手を当てて。早くするの。しろまるがサポートしてやるから、治癒〈ソワンクラル〉を使うつもりで魔力を集めるの」
言われた通りに耳に軽く手をあてる。治癒〈ソワンクラル〉は怪我を治す魔法だ。主に切り傷や擦り傷なんかに使う。
本当に大丈夫なのか? と思いつつも、わたしは、治癒〈ソワンクラル〉を使った――使ったはずだった。
「う、わ!?」
使うのが習得したとき以来とはいえ、あのときとは比べ物にならないくらい、ぶわっと一気に魔力を持っていかれる感覚がする。え、これ本当に治癒〈ソワンクラル〉? もっとヤバいの発動してない? そんなわけないと分かっていても、魔力が急激に抜けていく感覚に、ぞわぞわしてしまう。
「……ほら、治ったの」
治った? 何が? と耳を触って、わたしの指がガーゼにあたり、気が付く。
まさか、とわたしはしろまるを肩に載せたまま、洗面所へと向かった。
鏡の前でガーゼを剥がすと、変態〈トラレンス〉が解けたときにかきむしってしまった跡が、綺麗さっぱりなくなっていた。
「すごい……」
「ふふん、もっと言ってもいいの!」
「天才、最高、しろまる様万歳!」
わたしはしろまるに手を添え、そのままくるくると回った。
「しろまる、わたし、怪我を治したい人がいるの。お願いできる?」
「しょーがないから、まかされてやるの。 しろまる、怪我ならなんでも治せるから!」
これなら、きっとフィジャの腕も治せる!




