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研究書を無事に持ち帰り、わたしはフィジャの家に一人で研究書を広げていた。屋敷への行き来で結構時間がかかってしまい、戻ってくる頃にはフィジャの退院の日がもう決まっていて。
明後日が退院日らしいので、それまでになんとかものにしたい。
とはいえ、魔法を使うだけなら習得に比べてそう難しくない。頻繁に使うようになるなら、何度も練習しないと簡単な詠唱だげで使えるようにならないといけないが。正直、便利そうではある魔法なので、習得できるなら習得しておきたい。
まず、大前提として、本来、魔法は魔法陣に魔力を流して使うものなのである。
魔法陣を広げて、魔法陣全体に魔力を流しきれば魔法は発動するし、広がり切らない内に負荷に耐えられなくて魔力を流すのを止めてしまえば、そのまま不発に終わる。
言語理解〈インスティーング〉はまさに後者で、知識量にわたしの頭が耐えられず、少し魔力を流しては激しい頭痛に襲われ、何度かチャレンジしても絶対に駄目だった。
根本的に、魔法を解除しても魔法の効果が物質として残る属性の相性が悪いんだと思う。水とか、木とか、そのあたり。
言語理解〈インスティーング〉は極端に無理だった例だが、実際、水属性や木属性の複合がベースとなる魔法は結構覚えるのに時間がかかったものだ。
そして、そんな魔法陣を、実際に何かしらの塗料で現実に描くのではなく、頭の中で思い浮かべ、魔力を流し込むイメージをし、脳内で全て完結できると、魔法陣なしで魔法が使えるようになり、魔法使いはそれを『魔法を習得した』という。まあ、希望〈キリグラ〉みたいに例外の魔法もあるのだが。あれは魔力のある人間が、神に祈るように手を合せ、魔力を込めながら願いを言うだけで発動する。規格外も規格外。
実のところ、呪文の詠唱は人によっては必要だったり、必要じゃなかったり、あいまいだ。あくまで魔法を使うイメージのきっかけにわたしは必要なだけで、人によっては身振り手振りで代用したり、何か別のアクションを起こしたりで魔法を使う人もいる。
ちなみに、魔法陣は物に魔法効果を付与する時に使うこともあり、シーバイズの窓枠にある彫りもその一つだ。魔力付与と違って模様が残るのがデメリットであり、メリットでもある。崩せる範囲で崩すとデザインとしても使える場合があるので。
閑話休題。
そんなわけで、わたしは今、せっせと研究書に書かれた魔法陣を、新たな紙に書き写していた。
魔法陣は、実際に書く場合、魔法を使う人間の血を少し塗料に混ぜないといけない。なので、師匠の研究書に書かれた魔法陣はそのまま使うことが出来ないのだ。
少しもどかしくもあるが、これでフィジャがの腕を治すのだ、と思うと、期待で熱くなる。
「しかし……結構細かいな」
わたしはきりのいいところで一度伸びをする。ごきごきと背骨がいい音を出した。
師匠は基本的に面倒くさがりなので、極力魔法陣は限界まで楽な図案にするのだが。それだけ、難しい魔法だというのだろうか。
実際、これだけ複雑だと、一発で魔力を流し込める自信がない。音符がたくさん並ぶ楽譜は弾けるようになるまでに時間がかかり、たくさん練習を要するように、魔法も魔法陣が複雑だと魔力を上手く流せず、何度もやる羽目になる。
あと三日でどのくらい出来るようになるか……。分からないが、やるしかない。




