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「――少し離れて歩きましょうか」
「偶然だな、俺もそう提案しようと思っていたところだ」
玄関の扉を開けると、酷く頼りなく軋み、油断するとそのまま引っこ抜いてしまいそうなほどもろく、中に広がる廊下も、想像以上に朽ちていた。
わたしですら足を踏み入れるのに躊躇うのだ、ガタイのいいヴィルフさんはもっと嫌だろう。ヴィルフさんには、一応の護衛のために、とついてきて貰ったのだが、この屋敷の中に限っては、あまり近付いて行動しない方がいい様に思える。
わたしが一歩、屋敷に入り込むと、大げさな程床が軋んだ。……が、ぎりぎり、抜けそうにはない。
きい、きい、と歩くたび、軋みはするが、なんとか持ちこたえてくれている。ただ、抜けるのが怖いので、少しづつ、抜けないか確かめながらでしか前に進めない。
ヴィルフさんの方も、随分と床が悲鳴を上げているが、抜けてはいないようだ。
「大丈夫そ――うわっ!」
大丈夫そう、と言った傍から、床が沈む感触に足をとられる。丁度、窓側を歩いていたので、窓枠を掴んだ。なんとか踏み抜いて足がはまるのは免れた。
「いてて……えっ」
ささくれだった窓枠を素手で掴んだからか、ちくちくと、何本か木くずが刺さってしまった。窓の蝶つがいが壊れて窓がぷらーんと開きっぱなしだったのが不幸中の幸いか。割れた窓ごと窓枠を掴んでいたら、大惨事になっていたはず。
しかし、それより、わたしは、窓枠に目をとられていた。
「――この彫り……」
シーバイズ伝統の、防犯用の簡易魔法陣の彫りこみだ。家を建てる相談の中で、イエリオさんにも説明した、あの彫りである。
窓枠も腐ってぼろぼろに割れているので、もはや魔法陣自体は起動しないだろうが、この模様は間違いない。
この平原……かつてはシーバイズ王国の土地だったとでもいうのだろうか。いや、そんな馬鹿な。
地球と同じように、土地が少しづつ動くのだとしても、これだけ広大な土地になるわけがない。シーバイズ王国はもっと狭い島の寄せ集めだ。
だとしたら、この屋敷の持ち主がシーバイズ人……? でもシーバイズ人だったら、回廊の館を建てるだろう。建築様式は普通の……どちらかと言えば、フィンネル国の方に近いので、それはないと思える。
ましてや、塗料で書き込むのではなく、わざわざこの簡易魔法陣を彫り込むくらい、伝統を大事にしている人間なら。
「――おい、置いていくぞ」
そんなことを考えていると、いつのまにかヴィルフさんに追い抜かれ、彼は廊下の突き当りまで進んでいた。
「ちょっと、先に行かないでくださいよ! パッと見た感じでは魔法や罠はないように見えますけど、何があるか分からないんですから!」
「遅いお前が悪い」
ぐぬう、言い返せない。
わたしはそっと窓側から離れる。よくよく考えれば、こんなにも窓が窓の役割をはたしていないのなら、雨風が入ってくる窓側の方が床の腐敗も進んでいるはずだ。なんで気が付かなかったんだろう。
部屋の扉が並ぶ方に寄れば、多分大丈夫なはず。ヴィルフさんが端まで行けたんだから。……ヴィルフさんが通ったことによって床がさらにもろくなってしまった……とかは考えないようにする。
廊下の突き当りに来れば、階段があった。これもまた、踏み抜かないように気を付けながら、上っていく。廊下よりはまだ床が頑丈だった……ように思う。五十歩百歩なところだが。
「……ん?」
上り終えて、違和感。
上ってすぐ近くに扉があるのだが、他に扉がない。一番奥の部屋で飛翔体が消えたはずだから、複数部屋があるものだと思っていたのだが。
「とりあえず、この部屋に入るか? ここしかないみてえだしよ」
「……そうですね」
扉を開けると――そこには何もなかった。家具一つなく、紙一つなく。差し込む光で舞う埃がきらきらとしているだけで。
一瞬、頭が真っ白になる。――が。
「おい、こっちか?」
扉がもう一つあることに、ヴィルフさんが気が付く。
その扉を開けると、また部屋が一つ広がっていて。そして、奥には扉が一つ。
もしかして、部屋を経由してじゃないと、奥の部屋にはたどり着かないんだろうか。
「……なんだこの間取り」
廊下は廊下であったのに。謎すぎる。でも、特別、魔法で何か仕掛けてあるようには見えない。
不思議に思いつつも、わたしたちは『一番奥の部屋』を目指して、扉を開けていくのだった。




