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エターナル・ブラック・アイズ  作者: segakiyui
4.『グリーン・アイズ』

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1

 思い悩む瑞穂に『気配』が応じた、そんな気がして、瑞穂ははっと顔を上げた。

 瑞穂の動作を見ていたように、声の持ち主は、いきなりぱっと黒いカーテンを跳ね上げた。断られるとは思ってもいない大胆さですたすたと部屋に入ってくる。

「あの」

 言いかけて、瑞穂は思わず口を開いたまま、相手を凝視した。

 純白の学生服というものがあるなら、それの裾を膝まで延ばしたようなデザインの服だった。宝塚の男役が身につけそうな、金モールで縁取られた襟と袖からびらびらした白いレースがのぞいている。ぎょっとするほどの明るい金髪の上に乗っているのは白いターバン、おまけにこれみよがしな白い大きな羽根が模造品の緑の宝石で留められている。

「ああ、これ」

 驚いてぽかんとしている瑞穂に照れた様子もなく、相手は部屋の中で両手を広げて見せた。

「けっこうな趣味だよね、境谷さんて」

 にこりと笑って見せた顔は端正だった。瑞穂と同じ年、いや、もう少し上かもしれない。

 派手な衣装でごまかされそうだが、意外と筋肉質で上背がある。目にはめている煌めくような緑色のカラーコンタクトに違和感がないのは、普通なら恥ずかしくなるような格好に超然としている態度のせいだろう。

「あの、あなた」

「ああ、僕、お隣さんだよ。『グリーン・アイズ』って呼んでくれればいいから。それはそうと」

 相手はあっけにとられている瑞穂を気にしたふうもなく、液体が流れ込むようにするりと瑞穂の前の椅子に腰を落とした。テーブルの上の電気のランプをうっとうしそうに端へ押しのけ、両ひじをついて顎を乗せ、瑞穂をのぞき込む。

 瑞穂は何となく押されて体を引いたが、『グリーン・アイズ』は気にした様子もない。

「さっきのすごかったね」

 ゆっくりと柔らかくささやいて、彼はまばゆく輝く緑の瞳でほほ笑んで見せた。薄めの唇が女性のような華を含んで開く。だが、続いた『グリーン・アイズ』のことばの中身はあざ笑うような冷淡さに満ちていた。

「あの男のこと、見事に当たってた。あなたの占った通りだったよ。彼は自分の選択に迷っている。でも、たいした選択でもない。ずっと長い間隠してきた、男性への興味を押さえ切れなくなって接近した相手に妻子がいて、それでもめでたいことに、相手は家族を捨てて一緒になってもいいなんてことまで言ってるけど、そんなとこまで踏み込めない、そんな程度だ。踏み込めない理由も、あんなふうに曖昧に言ってやらなくてよかったと思うけど。単に、自分の築き上げてきたイメージが壊れるのが怖いだけだって、あなただってわかってるよね? どうして言ってやらなかったのさ?」

 瑞穂は息を呑んだ。

 いくら占いのプロだとは言え、占っていない相手をここまで詳しく見抜けるはずはない。ましてや、『グリーン・アイズ』は、隣の部屋にいたはずで、長部を見てもいないはずだ。

(この人、いったい…)

「それとも」

 『グリーン・アイズ』は退屈そうに、ふああう、と気取った生あくびをしながら付け加えた。

「やっぱり付き合っていた男だから、手加減したくなったわけ?」

「!」

 瑞穂は体を固くした。

 ことばの効果を十分に楽しむように、ちらっと瑞穂を見た『グリーン・アイズ』の瞳は面白そうにきらきらと輝いている。

「どうして、そんなこと」

 瑞穂はからからに乾いた喉にようやく唾を飲み込んだ。

「どうして、そんなこと」

 『グリーン・アイズ』は繰り返してくすくす笑った。

「そう、今思った答えで正解だよ。僕はね」

 目を細めて唇を突き出し、整った顔立ちを意識している芝居がかった仕草で、うっすらと悪魔めいた笑みを顔中に広げる。

「人の心が読めるのさ」

「心が、読める」

 瑞穂が繰り返したのに、相手はまた満足そうな顔で笑った。

「超能力、霊感、神のお告げ、ハイヤーセルフの導き、どう呼んだってかまわないけど、一つだけ確かなことは、こういう力は何の役にも立たないってこと、こうして、ろくでもない場所で、迷いたくて迷っているおかしな人間達の暇つぶしにつきあってやるぐらいにしか、ね」

 打って変わった冷ややかな暗い口調で吐き捨てて、『グリーン・アイズ』はふいに椅子の上で座り直した。テーブルから体を離し、椅子にもたれてまっすぐに瑞穂を見つめる。

「さて、そこで。僕は知りたいんだ」

「何を?」

 相手が何を話したいのかわからないまま、瑞穂はついつり込まれて尋ねた。

「あなたは僕のような力はもってない。心の内をどう探っても」

 無意識に体をすくめた瑞穂に、またくすくすと機嫌よさそうに笑って続ける。

「何もたいした力はない。多少の罪悪感とちょっぴりの孤独と、気の迷い程度の不安だけ。なのに、どうして、あの男の『未来』が見つけられたのかな」

 初めて、緑のコンタクトの裏に真剣な光が動いたように見えた。

「付き合ってたから? 違う。あなたは、あの男の『内側』に、それが示す『未来』に、あの男よりも『先』に気がついていた。どうしてだ? どうしてそんなことができる? 僕にだって、その人間の表層に浮かんできたものは見えるけど、意識されていない、浮かび上がりつつあるものは見えない…だから、『未来』は見えない」

 凍りつくような表情と同じぐらい冷ややかな声が、微かに曇ったように揺れた。

「だけど、あなたは違う……あなたは、あの男の『未来』を見ていた……未来にあの男がぶつかる選択、未来にあの男が逃げ去る場面を見ていた。そして、逃げない方がいいとまで言った。『なぜ』そんなことが言える? 『未来』は決まっているのか?」

 瑞穂は『グリーン・アイズ』のどの問いにも答えられないまま、口をつぐんだ。

(未来は決まっているのか、って?)

 それこそ、瑞穂がこだわっていることだった。

 あの炎の夜に家族全てを失ったときから、瑞穂が自分の何かを変えていたならば、瑞穂は家族を失わない『未来』を手にしていたのだろうかと、考えない日はなかったのだ。


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