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「瑞穂が風邪を引いたときも不安でたまらなかった。一人でいられなかった。瑞穂の友達と会って、瑞穂の話を聞いていたら安心だったんだ、瑞穂は大丈夫だって思えたんだ。でも、そんなこと、瑞穂に話したら、瑞穂は僕を嫌うかもしれない。頼りない奴だって思って、もう僕と一緒にいてくれないかもしれないじゃないか?」
「そんな…」
思わず瑞穂はつぶやいた。
「そんなこと、思わない」
「どうして? きっと思うよ、たいていの女の子はそう思う。だって、女の子っていうのは、頼りがいのある男が好きだろう?」
たいていの女の子。
そんなものが世界のいったいどこにいるというのだろう。
(それを、話してくれればよかったのに)
長部の不安を瑞穂にも分けてくれればよかったのだ。
瑞穂を失うかもしれない不安。瑞穂を好きになって止まらなくなる不安。瑞穂を幸せにできないかもしれない不安。
(それは、あたしと同じだったのに)
長部が話したときに、瑞穂もまた自分のことばを見つけられたもしれない。お互いに大切すぎて、失いたくないと思い過ぎて、お互いの中に抱えた理想の恋人に奉仕してたとわかったかもしれない。
でも、それは瑞穂も同じだった。長部を失いたくはなかった。大切にしたかった。自分がふさわしくないのがこわかった。確かめることさえも。
では、同じ不安を抱えて、それも一人で抱え過ぎて、長部と瑞穂はだめになったということ、だったのか? それが今こういう状況に、二人を引き裂いたというのだろうか?
「だって、こわかったんだ!」
長部は悲鳴を上げるように叫んだ。
「瑞穂は、僕のこと、タロットで言い当てた! 僕は、僕は、瑞穂以外、女の子は全部、だめなのを言い当てた! だからきっと、もっとたくさん、僕のことがわかっているだろうって思った! 僕がどんなにだめな奴で何もわかってない奴なのか、きっと全部わかってて、だからきっと、いつかきっと、瑞穂は僕を捨てるに違いないって!」
長部は顔を振り上げた。
頼りなく揺れた目が涙で一杯で、それよりも奥には不安と恐怖が一杯で、それらがまた紛れもなく真実で。
長部の気持ちに圧倒されて、瑞穂はそれ以上ことばが続かなかった。
「僕には瑞穂しかいないのに! 瑞穂は僕を家族みたいにしか扱ってくれない気なんだ! 別れようっていっても平気なんだ、他のもっといい人がいるって納得してたんだ! 僕は、瑞穂が幸せになってほしいとほんとにほんとに思ってたのに、瑞穂は僕なんか友達でしかないって思ってたんだ!」
「忍…」
(どこで、どうして)
瑞穂と長部が自分の気持ちを差し出し合う機会がなくなってしまったのだろう。
今こうして、殺人事件の会った現場で縛られて転がされている瑞穂と、その前でパニックになって泣きわめいている長部、あのタロットのどこにこんな未来が啓示されていただろう。
(あたしも話せばよかった、自分の不安、自分の怯み。でも、どこで、いつ、どうやって話せばよかったんだろう?)
瑞穂は自分の体が細かく震えているのに気がついた。それこそは真実、おそらくはこの破局を避けることのできた唯一の方法だったのだろうに、瑞穂も長部もその機会を見逃し失っていたのだ、今このときまで。
「だから、わかった、瑞穂だって母さんと同じだ。父さんと僕を捨ててった母さんと」
長部がいきなり口調を変えてつぶやき、瑞穂は我に返った。
「僕は、せいいっぱい努力したんだ、母さんのために。でも、そんなこと、全く関係がなかったんだ。瑞穂だって、母さんと同じだ。哲の奥さんみたいに、子どもを放って出て行く女はみんな同じなんだ!」
長部がぎらぎらとした目になって立ち上がった。こぶしを今にも瑞穂を殴りつけそうな猛々しさで握りしめている。今までと一転して、暗い炎の宿る目だ。
(あたしを、見ていない?)
瑞穂は気づいた。
長部の視界に瑞穂は入っているのだが、彼が見ているのは、もはや瑞穂ではないのだ。
瑞穂に重なっている自分を捨てた母親、自分に過大な努力を強いて、そのくせその努力一つに何も報いてくれない女達すべてだ。
「それで、やっと僕が安心できる家を見つけたら、母さんみたいに平気な顔して戻ってきて、それで僕から今度は父さんまで持っていくんだ。何もかも、持って行くんだ! だから」
きゅ、と長部は唇を噛んだ。
それまで叫んだことを恥じるような激しい仕草で、部屋の隅にあったものタンクのようなものを持ち出してきた。
うっすらとした奇妙な笑みを浮かべながら、長部はゆっくりと上部にあるふたを回して開けて見せた。
灯油の刺激臭が広がる。
瑞穂の体が竦んだ。




