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エターナル・ブラック・アイズ  作者: segakiyui
8.虚ろな魂

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3

 けれど、長部は。

 瑞穂は胸の前でこぶしを握って、少し目を閉じた。

 長部は確かに昨夜瑞穂を襲ったけれど、まだどうにも取り返しのつかないことをしたわけではない。

 長部がどうして遠山と関わっているのかがわかれば、これから起こる何かを食い止められるかも知れない。

 そして、それはひょっとすれば、瑞穂の炎の夢を解決する何かにつながるかもしれないという予感があった。

 ふ、と瑞穂の胸に、昨夜瑞穂をかばって立ちふさがった晃久の後ろ姿が思い浮かんだ。

 振り返っていらだった顔でにらみつける、深い黒の瞳。

(心配、してくれたんだなあ)

 あんな目を、瑞穂は、ずいぶん長い間、見たことがない。

 晃久の目の温かさに出会って、瑞穂は励まされたような気がした。

 だから、自分のためだけではなく、今度は晃久のためにも頑張らねばならない、と思った。たとえ、それが、瑞穂の能力を失うということへの心配で、瑞穂自身への心配ではないにせよ、と。

 でも、今は瑞穂の胸の内を、寒い風が吹き抜ける。

 校舎に向かって歩き去って行く、仲間に囲まれた晃久の後ろ姿は、昨夜のものとは段違いに遠く無関係なものに見えた。

(哲の胸にもこんな風が吹いていただろうか)

 ふと胸に過った思いに瑞穂は注目した。

 『気配』がかすかに揺れている。瑞穂の感覚が起こった出来事の後ろにあったものに触れようとしている。

(寒い風が吹く心は何を求める?)

 きっとあたたかな温もりを求めているはずだ、今の瑞穂のように。

 自分を支えてくれる何か、自分の存在を少しでも認めてくれる誰かを。

 そして、そのような虚ろな心は一度捕まえたものを手放そうとはしない、たとえかなりの犠牲を払ってでも自分の心に空いた穴を埋めようとする。

(穴の空いた虚ろな心)

 瑞穂は占いのときの長部が描いた絵を思い出した。

 白い丸が二つ。同じキャラクターを持つ二人の人間。同じように虚ろな二つの心を持つ二人の人間は、重ならずに離れている。

 長部はそれにいらだっていた。

(ひょっとして?)

 長部忍が目指していた大学はどこだっただろう。遠山哲が准教授を務めていた大学ではなかっただろうか。

 遠山哲は愛人と不倫関係にあった。けれども、なぜか、離婚した後の方が愛人との関係が悪化しているようだ。

 もし、妻子が負担だったのなら、どうして離婚後新しい関係に踏み切ろうとしなかったのだろう。

 とおるが邪魔だったとしても世話は家政婦に任せていたし、哲が愛人との付き合いを深めるのにとおるが問題になったとは思えないのに。

(それ以上、愛人と関係を深めるわけにはいかなかった、のか?)

 母親からの締め付けだろうか。それとも、もっとほかの原因があるのだろうか。

(もし、愛人、というのが忍だったら)

 瑞穂は目を開いた。

 哲の世間体と家を重んじる母親は、息子の結婚の破綻が同性の愛人との関係であることを受け入れられただろうか。

(たぶん、ううん、まず無理だった)

 三津子がいなくなったところで、いや、いなくなったからこそ、二人の関係は予想と違って、逆に全く身動き取れないものになってしまったかもしれない。

 家は空高く上がり始めた太陽に照らされ、暖かそうに優しそうに見える。

 だが、そのシャッターに遮られた空間に重く暗い怒りを満たしているのだ。

 それは長部忍という人間にとてもよく似ている。

 

 瑞穂が長部と知り合ったのは、部活動の勧誘からだ。

「入部希望がうんと少なくて、本当に困ってるんだよ」

 四月の教室で、長部は雨に濡れた子犬のように頼りなげな目をして、瑞穂にため息をついて見せた。

「三年生を安心させて送り出したいんだけど、無理かもしれない」

 本当は同じクラスにいた、長部の知り合いの子を勧誘にきたのだった。

 けれど、そっちにはあっさり振られて、何だかついつい話を聞いていた瑞穂にお鉢が回ってきたのだ。

 柔らかで温かな視線だった。その視界に入るものをしっかりと守ってくれそうだった。

 ずっと家族に疎外され、孤独感を味わっていた瑞穂が、長部に魅かれるまでに時間はそうかからなかった。

「瑞穂がいると安心する」

「瑞穂が僕の支えだよ」

「瑞穂がいないと不安になるよ」

「瑞穂さえいてくれればいいんだ」

 繰り返される甘い求愛。

 長部の出かけたいところにずいぶんと付き合った。瑞穂の好みとずれたコンサートもショッピングも、長部と一緒なら楽しめた。

 けれど、いつからか、『気配』が微かな警告を出していた。

(忍の気持ちはことばには重なっていない。忍が本当に大事にしているものは、どこかに隠されていて、私には見えない、と)

 何かがずれている気がする、と瑞穂は思い始めていた。

 たとえば、風邪を引いた瑞穂を早めに家に送り届けてくれるのに、すぐ後に電話をかけても忍はいない。

 翌朝登校して話をすれば、

「昨日は心配で眠れなかった」

「でも、電話したのよ、いなかったよね?」

 そう瑞穂が尋ねると、

「友達から会いたいって急に言われたから。ごめんね、瑞穂」

 心底悪かったという顔をして謝るのだ。

 ところが、その『友達』が実は瑞穂と同じクラスの女の子だったりする。

「どういうことなの?」

 瑞穂が不安がると

「だって瑞穂が心配で、ストレスがたまって辛かったんだ。だから、少し気晴らしにでかけたんだよ。瑞穂だって、僕が辛いの嫌だろう?」

 長部はそういかにも不思議そうに尋ね返したりするのだ。

 何かが違う。

 長部の気持ちと瑞穂の気持ちには何か決定的なずれがある。

 そんな時、瑞穂のあの炎の悪夢は起こったのだ。


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