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エターナル・ブラック・アイズ  作者: segakiyui
5.魂への旅
12/36

3

「あの、ひょっとして」

 瑞穂は気づいた。

「境谷さんは、『グリーン・アイズ』が、特別な力を持っているって気づいていて雇ったんですか?」

「いいえ」

 境谷はにやっと唇を上げ、したたかな笑みに目を細めた。

「見栄えがいいからですよ。こういう商売は『見えている』ものも意外と大切な要素なのでね」

 それがあまりにも当然のように続けられたので、瑞穂は思わず吹き出してしまった。

「ああ、笑われましたね、いい顔です」

 境谷はうれしそうにうなずいて立ち上がった。

「それじゃあ、今日は終わりにしましょうね。あ、ところで」

 カーテンをくぐりかけて振り返る。

「私の代金はどうしたらいいと思います? 時間外ということで、鷹栖さんのバイト代に上乗せしておきましょうか?」

「は?」

 瑞穂はきょとんとした。

「境谷さんの、ですか?」

「はい、今、私は『ブラック・アイズ』に見てもらったわけでしょう?」

「でも、それは」

 瑞穂は首を傾げた。

「えーと、逆で、あたしが話を聞いてもらった、んじゃないでしょうか」

「ああ、そうですね。私があなたのカウンセリングをした、と、そういうことでいいですか。その方が、お金がかからなくて、私としてはありがたいんですよ、どうもすみませんね」

 境谷はにこにことまた元の無邪気な笑いに戻って、カーテンを開いた。

(やっぱり、どうも変な人)

 そう思ったとたん、境谷が動きをとめて、瑞穂はぎょっとした。

(まさか、この人まで『人の心が読める』っていうんじゃない、よね)

「一つ、言っておいたほうがいいかもしれませんね」

 境谷は瑞穂に背中を向けたまま、低い声でつぶやいた。

「あなたには、たぶん、信じられないようなものがある、と思いますよ」

「どういうことですか?」

 瑞穂は体を固くした。

「それは、奇跡を生む、力です」

「は、あ?」

 境谷があまりにも妙なことを言い出して、瑞穂は一瞬頭が白くなった。

「奇跡、ですかあ?」

 口に出してみると、一層奇妙な響きに聞こえてためらう。

「そう、人を、変える、力。物事の、未来を、変える、力」

 ぐ、と境谷の背中に、さっき一瞬見えた修羅場の殺気が広がった。ことさらに区切って続けたことばの一つ一つにすさまじい緊張感がこもっている。

 瑞穂は無意識に息を詰めた。

(この人も外見通りの人じゃない)

「私が、自分から目のことを話したのは」

 境谷はするりとカーテンの向こうへすりぬけながら、

「あなただけだということです」

 境谷の声に初めて激しさが光った。

 瑞穂がその意味に気づく前に、境谷の姿はその場から消えていた。

(目のことを話したのは、あたしにだけ)

 瑞穂は張り詰めていた緊張を吐き出して、立ち上がった。のろのろと後ろのカーテンをわけ、奥の部屋に入って鏡をのぞき、ふいにあることに気づく。

 瑞穂はずっとベールを被っていた。境谷と話しているときも。だから、瑞穂がどんな顔をしようと、境谷に見えるはずがなかったのだ、ただの『普通』の視力なら。

(『気配』が尋ねているんだ)

 瑞穂はベールを脱ぎ、ドレスも脱いで畳み整えた。

(『見えないもの』が見える力を、人はどうして受け入れればいいのか、と)

 『グリーン・アイズ』も境谷も、そして瑞穂自身も、その力を扱いあぐねて傷つき続けている。

 境谷は物事を曖昧にすることで、『グリーン・アイズ』は破壊することで、そして瑞穂は世界を拒むことで、その苦痛から逃れようとしている。

(けれど、どれも、救いにならない)

 そして、瑞穂は、それらのテーマを見事に解決して見せろ、と『グリーン・アイズ』に挑まれているのだ。

(ううん、『気配』に。あたし自身の『未来』に)

 部屋の薄いドアを開けて、後ろの通路に出ても、人の気配はどこにもなかった。『グリーン・アイズ』は先に帰ったにせよ、境谷はどこかにいるはずだが、まったく人気がなくなっている。

 瑞穂はためらいながら、ドアを閉め、通路を抜けて外に出た。

 時計を見ると、八時を少し過ぎているぐらい、街の中はうっすらと明るい夏の夜だ。

(これから、家に帰って、ごはん、かあ)

 マンションの昼間の熱に蒸された部屋に戻るのは、少し疲れる気がして、瑞穂は近くのバーガーショップに寄った。店内は明るくて、学生や勤め帰りのサラリーマンが思い思いに席に座り、目の前のトレーに載せたバーガーやポテトを口に運びストローをくわえている。

 瑞穂はチーズバーガーとオレンジジュースを頼み、店の隅のテーブルに滑り込んだ。

(みんな、幸せそうだなあ)

 自分が大海にただ一人、頼りにもならないぼろ船で、仲間を得られるあてさえなく旅立った小さな小さな子どものような気がした。

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