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エターナル・ブラック・アイズ  作者: segakiyui
5.魂への旅
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「は!」

 『グリーン・アイズ』は沈黙を無理やり破るように、体を後ろに逸らせて笑った。

「は、ははっ、お笑いだね」

 すぐに体を立て直し、ぐい、とテーブルの上に体を突き出す。

「何も描いてないから、僕の中には何にもない、って? 何だよ、それは。子どもだって、もっとましなことをいうぜ。がっかりだよ、ひどいもんだ、それに、僕はそんなことなんか聞いちゃいないんだ、僕は聞いたのは」

「あなたは怯えているんでしょう?」

 瑞穂はうろたえなかった。

 『気配』が見せてくれる波紋は、それがどれほど見当違いなものに見えても、その場に必要で十分なものだと知っているからだ。

 『魂への旅』で瑞穂がすることは、『気配』が見せてくれたものをただ確実に相手に伝えることだけ、それが、瑞穂の役目のすべてなのだ。

 そして、瑞穂のことばが『気配』の望むことだったことはすぐにわかった。

 さきほどの長部のように、やっぱり、ぐ、と『グリーン・アイズ』がことばを失って喉を詰まらせる。

 瑞穂は静かにカードを読むようにことばを続けた。

「あなたは自分の未来がないと思ってる。それは、自分の中に未来へ続くものが何もないとわかっているから。あなたの持っているものは、あなたの望む未来に何の役にも立たないと知っているから……だから、あなたは怯え恐れて、何も未来に描こうとしない……この紙のように白紙のままにしておこうとする……白紙に戻したいとさえ思ってしまう…あっ!」

 パシッ、と鋭い音がして、突然テーブルの上のランプが弾けるように飛んだ。

 同時に何かがそのランプから跳ね返るように飛んできて頬をかすめ、瑞穂はとっさに顔を逸らせた。

「つっ…」

 目を閉じ体をすくめた瑞穂に小さな呻きが聞こえる。

 そっと片目を開けて見ると、瑞穂の顔をかばうように『グリーン・アイズ』の手が広げられているのがわかった。

 その手の輪郭の端の部分から、つるつると赤いものが滑り出して玉をつくり、ぽとりと下に落ちる。

 血だった。

 鮮やかな紅が、テーブルに広げた真っ白な紙の上に落ちてにじむ。

(ああ、この子は傷ついている)

 瑞穂の中で『気配』が深いため息を漏らした。

(自分の中に何もないことに気づいて、それで深く傷ついている。だから、世界を憎み、破壊したいと思っているんだ。そこに、彼の生きられる場所はないから)

 瑞穂は顔を上げた。

 彼女に背中を向けて、本当にとっさの動きだったのだろう、『グリーン・アイズ』は片手を瑞穂の前にかざしている。

 そのみじろぎもしない体の向こうには、部屋のパーテーションに当たって砕けたようなランプの残がいがあった。

 その白いきらびやかな姿とランプ、テーブルの上の赤い血のしみを、瑞穂は静かに眺めていった。

 『気配』がささやく。

(そう、それでも、彼は、未来を手にいれたいと望み、そして、きっと手に入れられる、傷つく覚悟さえあるならば)

 びく、と『グリーン・アイズ』の体が強ばって、相手は激しい勢いで振り返った。

「今、何て?」

 再び緊張してしまった白い顔、青く見えるほど色を失った唇が掠れた声を絞り出す。イミテーションの緑の目が内側からあふれ出す、正視しがたいほどの激情に揺れている。

「何て、言った?」

 『グリーン・アイズ』は混乱していた。

 瑞穂の心から読み取った声を現実に話しかけられたようにふるまっているのに、それにさえ気づかない。

 けれど、瑞穂はそれについては考えまいとした。

 目を閉じ、深く呼吸し、『気配』に自分を同調させる。

 それは、瑞穂の中にある泉に接触するだけではない、『グリーン・アイズ』の中にもあるはずの、暗くて遠い『気配』にも助けを願うためだ。

(お願い、力をかして)

 体が細かく震えていた。

 今が全ての始まりと終わりを変えられるときの一つなのだとわかっている。

 こうして、泉の波が動いたときにこそ、人は未来を変える可能性をその手にできるはずなのだ。

 だが、次の一瞬、その可能性が瑞穂の指の間を擦り抜けた感覚が襲って、瑞穂は驚きに目を開けた。

「ふうん、可能性、しかないんだ」

 『グリーン・アイズ』がこちらに向き直っていた。皮肉っぽくゆがめた唇から、冷めた笑いとともに凍りつくような声を吐き捨てる。

「じゃあ、未来はあんたにも変えられないんだ」

 そうじゃない、という瑞穂の反論は声にも出せないままにすぐに封じられた。

「そりゃそうだよな。あんたは神さまじゃないし、ただの占いおたくの高校生だし。それこそ、僕みたいに人の心が読めるわけもないんだし。ばかだったな、少しでも何かあるかもって思うなんて」

「違う」

 瑞穂は『グリーン・アイズ』の冷笑にかろうじてことばを挟んだ。

「あんたもそこらにいる怪しげな宗教と同じなんだ? 人の弱みに付け込んで、さも救いがありそうなことを口にして、ほんとはそうやって人を脅して追い落としてさ」

「違うの、そうじゃなくて」

 瑞穂は首を振った。

「変えるのはあたしじゃない、あなたの未来を変えるのはあなたなの、あなたが未来を手にしたいと望むから、未来は新しい道を開いてくれる。でも、あなたは今を変えようとはしていないでしょう? 今が変えられなければ、未来は変わらない。未来は今が作るものだから」

 そして、破滅の未来は唯一その破滅を覚悟して向き合ったときにだけ、初めてわずかな可能性を教えてくれる。

(そう、なんだけど)

 瑞穂の胸の中を炎の悪夢が走り抜けたあの破滅に瑞穂はまだ立ち向かう術を知らない。

 と、その思いをすぐに読み取ったように、ぎら、と『グリーン・アイズ』が殺気を瞳にみなぎらせた。

「じゃあ、あなたが変えてみろよ、家族を救えなかった炎の夢を」

 冷酷な『グリーン・アイズ』の声が響き、瑞穂は体を凍らせた。

 『グリーン・アイズ』は傷ついた右手を垂らしたままだ。その手からは、床に点々と血が垂れ続けている。

 瑞穂を見下ろす『グリーン・アイズ』の表情はさっきよりも凍てついていて、感情が消え、触ると切れそうな刃物のにおいを漂わせている。

「今、わかった。あなたは未来を見ているんじゃない、あなたにとって都合のいい想像を見ているだけなんだ。さっきの奴のことだって、あなたがあいつと付き合っていたからわかっただけのことで、そうだよな、人がそんなことできるわけがない、あなたは奴と顔を合わせていて、奴から何か読み取っただけなんだ」

 絶対瑞穂は真実のことなど見えてはいない、そう言いたげな激しい口調だった。

 それでも、その『グリーン・アイズ』の頑な姿の中に身を竦めて泣いている小さな、ほんの小さな子どもがいることを、『気配』は瑞穂に伝えてきた。

(傷つけた、また、この子を、私が傷つけてしまった)

 瑞穂の胸の奥で、炎の夢と走り去った長部、そして、目の前で仁王立ちになって瑞穂を冷ややかににらみつけている『グリーン・アイズ』が次々と重なっていく。


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