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「参太郎」  作者: 仮面ライター2号
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童話のブラックパロディ第2弾

これまで童話の世界で読んできた昔話は真実なのか、目線を変えて書き直してみたらこうなった。

第1節「桃太郎」

昔話の多くは「昔々あるところに」と始まることが多いのだが、このあるところとはどこだったのかとふと思うことがある。この話も時代は遠い昔で、日が暮れて夜の帳が下りてしまうと世間は闇夜となり、人々の大半は寝床に入るという頃の時代と場所の話である。

何軒かの家は暗くなると油に火をともして照明とし、酒を飲んだり書を読みふけっていた。そんな暗闇の中で一軒の家の窓から明かりが漏れているのが見える、そしてその軒下にうごめく三つの影があった。薄明りに浮かぶ影をよく見ると二人の男の子と一匹の子熊のようである。その中の一人は「桃太郎」といい、もう一人は「金太郎」という子供で子熊はペットというよりも友達の様であった。この二人と一匹は地元では評判のワンパクで夜遊びは当たり前のようで、暗くなっても帰らずに遅くまで遊んでいた。


さてその桃太郎だが子供のころから喧嘩をするときは勿論のこと普段の日でも鉢巻をしていた。しかも額の部分には鉄でできた飾り物を付けていた。そのわけは桃の中にいた時の出来事にあったらしい。

桃を切ろうとしたおばあさんが力いっぱい何回も切りつけたものだからその刃元の先にあった桃太郎の眉間には何本もの包丁の傷跡が残ってしまい、それが桃太郎の生涯のトラウマになってしまったようで、従って鉢巻はそれを隠すためのアイテムでもあった。

桃が割れて桃太郎が出てきた来たときには回りの羊水も身体も血にまみれて真っ赤になっていた。それを見ておばあさんとおじいさんの二人は、これが本当の赤ちゃんだと指をさして笑いながら大受けしていたというのだが、よく考えてみると変である。

その桃には種はなかったのか、もしも種の中に桃太郎が入っていたらその殻を割って出てくるのは無理がある。なによりも桃を食べ終わった婆さんたちは種を割らずに土に埋めてしまうだろう。

桃の木を育てればまた大きな大きな桃が食えると考えるのが普通である。つまり、桃太郎は土の中で一生を過ごすこととなり、これもまたおかしな話になってくる。

思うに桃太郎は桃の中にいたのではなくてピンクのおくるみにくるまって川を流れてきたのではなかろうか。目の悪い婆さんがそれを見て大きな桃と勘違いをして持ち帰り早く食べたくて包丁で切り付けてしまったのだ。すると血が噴き出したので慌ててよく見ると初めて赤ん坊であることに気づき狼狽していたのだろう。

そこに山から戻った爺さんが泣き叫ぶ赤子とうろたえる婆さんを見て一計を案じた。それが桃太郎出生の秘話である。

桃太郎に物心がついたとき、なぜ額に傷があるのかと問い詰められてしどろもどろになる婆さんに見かねて爺さんが話して聞かせたようである。このときから桃太郎の暗くてキレやすくそして弱い者をトコトンいじめぬく人生が始まったらしい。

性格が歪んでしまった桃太郎の気持ちのはけ口としてその被害をまともに受けてしまったのが鬼の家族であった。鬼族は皆、牛の角を生やし寅のパンツを履く習慣があり見た目には強面の印象だが実はまじめで優しい性格の者が多かった。

鬼の子供たちの多くは親が資産家ということもあり、その援助により貧しい鬼の家の子供たちも皆、毎日学校に通って仲間たちと勉強をして休み時間は楽しく遊んでいたようである。

そんな鬼の子供たちが通学する姿を横目に見ながら、収穫の終わった畑で稲の落ち穂を拾う少年の姿があった、「桃太郎」である。

強欲な婆さんと怠け者の爺さんの家で育てられた桃太郎は二人を養うために朝早くから新聞配達をして昼になるとアルバイトで夜は内職をして家計を支えていた。さらに稲の収穫が終わった時期を見計らって畑に入り、百姓の眼を盗んで落ち穂を拾っていたのである。だがその米で作る粥は本人の口に入ることはなく、爺さんと婆さんの胃袋を膨らませていた。桃太郎にとっては粟と黍のおにぎりがせめてものご馳走であった。

ある日のことであった、桃太郎がアルバイトを終えて家に帰る途中にいつもの道を急いで歩いていると、陽ざしの中で芝生の上に食材を広げてピクニックを楽しんでいる鬼の家族の姿が見えた。彼らは肉や魚やお菓子などをご馳走として並べ、その周囲には笑い声が飛び交っていた。

そんな中でときおり鬼の母親が子供に向かって、健康にいいからと黍団子を食べるように促していたのだが、黍団子を受け取った鬼の子供は「僕、こんなの嫌い」と言って投げ捨ててしまった。その気団子は二転三転して桃太郎の足元に落ちてきたのでそれを拾いあげて見つめる桃太郎に、鬼の子供が一言「欲しければあげるよ、そんなもので良ければ」と言い放ったのである。

鬼の子供は桃太郎が黍団子を欲しくて仕方がないのだと決めつけて、上からの言葉遣いを発したのだがその瞬間であった、桃太郎は貧乏をバカされたことに憤りを感じ、甲子園のマウンドに立った時の「星飛遊馬」のように瞳の中で燃え上がるような怒りの炎を映し出して仁王立ちになっていた。

「確かに俺の家は貧乏だがたまには白米を食うこともあるし、粟と黍は俺の主食でおやつではない。ふざけやがっていつか殺してやる」その顔は妬みと僻みと憎しみに満ちた、まるで鬼のような形相であった。

桃太郎は鬼の子供に近づいてその鼻先に黍団子を突きつけるとギュッと握りつぶし、「お前の頭も同じようにしてやろうか」と言って睨みつけた。その桃太郎の顔を見た鬼の子供はもちろんのことその家族も一瞬にして身体が硬直して顔は引きつり赤鬼なのに青鬼に変身していた。一家は食事をするどころではなくなり荷物をまとめてそそくさと帰って行ったのであった。


月日が経ち桃太郎も少し大きくなり近所の子供たちと遊ぶことも多くなってきた。同年代の子供と比べると体が大きくてアルバイトで力仕事をしている桃太郎は喧嘩も強くてお山の大将を気取っていた。

ある日のこと、桃太郎がアルバイトを終えて帰ろうとすると「ワンワン、キーキー、ギャーギャー」という悲鳴が聞こえてきた。何事かと声のする場所へ行ってみると、数人の鬼の子供たちが小さな犬と猿と雉を棒で叩いて追い払っていた。どうやらまだ幼い3匹が鬼のおやつの黍団子を盗み食いしたらしい。

元々干支の輪でみると真逆の方向にあるサル、トリ、イヌはウシの角を生やしトラのパンツを履く鬼にとっては天敵であった。その光景を見ていた桃太郎は以前に鬼にバカにされたことを思い出し腹が立ってきた。そのまま鬼の子供たちの処へ行くと、彼らの持っていた棒を取り上げて鬼の子供たちをシバキ挙げていた。鬼の子供たちは泣きながら鬼門を抜けて鬼の村へ逃げ帰って行ったのだった。

それ以来、鬼の子供たちと桃太郎たち人間のグループは敵対関係となり、トラブルを起こすことが多くなった。親たちも子供をかばってぶつかることになり気まずい関係になって行った。

そんな中でサル、キジ、イヌは鬼の仕返しを恐れて桃太郎の後ろについて歩くようになり、その姿は完全に親分と子分の関係であった。だが桃太郎にとっては3匹のことはどうでもよくて別に助けたわけでもなく、可愛いと思ったこともなかったが何でも言うことを聞くので都合のよい手下として適当にあしらいこき使っていた。


更に月日は流れ皆一人前に成長したころ事件は起きた、農家は飢饉に見舞われ食糧不足になり人々は職を失い生活が苦しくなっていた。だがそんな中でも資産家の多い鬼たちは裕福な暮らしをしていたため、一部の貧しい人間たちは不況の原因は鬼たちであると決めつけて人間の社会から締め出そうとしたり、鬼の子供を誘拐して身代金を要求したり、鬼の店や会社に押し入り金品を略奪する者も出てきた。

鬼たちは番所に助けを求めたが役人たちは人間たちをかばって見てみぬふりをしていた。そのため鬼たちへの迫害はエスカレートしていき、いよいよ身の危険を感じた鬼たちは何度か会合を開き打開策を検討したが良い案はなくて、結局人間との共存を諦めて全ての財産をまとめて村を出ることになった。そして全員で近くの島に移り住み、そこを「鬼ヶ島」と名付けて新しい生活を始めたのであった。

鬼たちは資産家も多かったがそれだけではなく身体も強く働き者だったため、鬼ヶ島のライフラインは直ぐに完備され住居も立ち並び、再び豊かな社会を作り上げていったのであった。

一方で残された人間たちは資産家や経営者がほとんどいなくなってしまい、多くの人が職を失いそのために以前より生活は苦しくなっていた。だが身勝手な人間たちは、それもやはり鬼が逃げたせいだと決めつけて恨んでいたが、身体が大きくて力も強い鬼たちが本当に怒ったら怖いので鬼ヶ島を攻めて宝を奪おうとする者はさすがにいなかった。


ある日、仕事にあぶれた連中が安い居酒屋で、酔っ払ってくだを撒きながら鬼の悪口を言っていた時のことである。それを聞きながら鼻で笑っている若者がいた、アルバイト店員の「桃太郎」である。

桃太郎は立派な青年に成長していた、だが相変わらず老夫婦の生活を支えるためにアルバイトで生活費を稼ぐ毎日が続いていたのだった。そしてその店の前ではサル、キジ、イヌの3匹が路上で猿回しなどの芸をして小銭を稼いでいた。当然のように売り上げは桃太郎が巻き上げていたので、桃太郎の家族は以前よりもいい生活をしているようであった。

そんな桃太郎が酔っ払いたちの愚痴を聞きながら、何やら怪しげにほくそ笑む表情を見せていた。「こいつらの話を聞いているとどうやら鬼ヶ島には金銀財宝がたんまりあるらしい」とそう思った桃太郎だったが「ではどうすればいいか」と思案に暮れた。「まず鬼はでかくて力があるので勝てるかどうかもわからない。たとえそれを倒して財宝を奪ってもそれではただの強盗だから捕まったら島流しだ」上手くいくはずがない、島流しが結末の伝説ではシャレにならん。「だが、しかし、まてよ」桃太郎の頭の中がクルクルと回り始めた。

しばらくのあいだ桃太郎は思考錯誤していたのだが、その間にも酔った客や店長がオーダーや仕事の催促をしたが桃太郎の背中から発せられる鬼もビビらせるほどのオーラに圧倒されて誰もそれ以上は口を挟むことができないほどであった。

更にしばらくしてポンと右の拳を左の手のひらに当てて一人頷く桃太郎の姿があった。「よし、これでいこう」

そうと決まったらアルバイトなんかやってる場合じゃない。一人で納得した桃太郎は3匹を連れて取り敢えず家に戻り作戦の練り直しを始めたのであった。悪いことには知恵の回る桃太郎のことである、老夫婦を交えて作戦会議が始まった。そして桃太郎式「水師の表」が出来上がった、その表が以下の内容である。

第1に、大義名分が必要で鬼たちを悪者に仕立てること。

第2に、鬼たちを油断させてその不意を衝くこと。

第3に、準備の段階で多くの人を参加させて悪を成敗するムードを盛り上げること。

第4に、実際に鬼退治をするのは最低限の人数にして分け前を大きくすること。

第5として、帰ってきたらヒーローとして悠々自適の暮らしができるように場面設定をつくりあげること、そのとおりにいけば大金持ちになれる。

なんともすさまじくそして身勝手な発想と計画である。だが彼らは実際にそうと決まれば仕事は早かった。まずキジが鬼ヶ島へ飛び情報の収集にあたり、イヌはチラシを配って貧富の格差をなくすには桃太郎のような英雄が悪の根源である鬼を退治するしかないと触れ回り、サルは民家へ忍び込み小さな金品を盗み出してそれがいかにも鬼の仕業であるかのように細工していた。

老夫婦は役所や周りの人達に自分たちが鬼たちにひどい目にあわされたのでその敵を討つために桃太郎が山にこもり剣術の稽古をしていると噂を広めていた。確かに桃太郎は山にこもり、クマを相手に相撲を取りながら体を鍛えていたのであった。

かくして世間では赤穂浪士の討ち入りのように気運は高まり、「ヒーロー桃太郎」は大勢の人間たちの声援と見送りで背中を押されながら、サルとキジとイヌを従えていざ鬼ヶ島へと征伐に向かったのであった。


鬼ヶ島では、平和に慣れて警戒心のまるでない鬼たちがニコニコと挨拶をしながら桃太郎たちを迎え、それにこたえて3匹が猿回しを見せて鬼たちの喝采を浴びた。その後桃太郎たちは、船で持ち込んだ酒を各家に配って歩いた。その酒の銘柄は「鬼殺し」といって安くてアルコールの度数が高いので頑強な鬼でもすぐに酔っ払ってしまうという代物である。そして一通り強そうな鬼の家を訪問し終わった桃太郎たち一行は、取り敢えず宿を取り休憩した。

やがて夜になるとキジの情報に従って強い鬼の家を襲い、イヌが足に噛みつき動けないようにしてキジが眼をつついてつぶし、サルが腕を噛んで武器を持てなくした。桃太郎は頑強な鬼が酒を飲み酔っ払い、油断して寝入っているのをいいことにいとも簡単にとどめを刺して回り、一晩で鬼の男たちを退治してしまったのである。

朝になると桃太郎は生き残った鬼たちを広場に集め、全ての財産を差し出すように言い渡した。そして逆らう鬼たちはその場で切り殺してしまったのである。怯えながら全ての金品を運び出した鬼たちを再び広場に集めて今度は若い娘の鬼たちを手配しておいた人買いに売り渡して大金を受け取っていた。


話は変わり、桃太郎の退治した鬼には家族が残っていた。桃太郎が去ったあと息子たちは仇討ちを誓い亡き父に黍団子をそなえて供養し、サルとイヌとキジを従えて桃太郎を成敗するために鬼ヶ島を出発していったのであった。

振り向けば以前はあれほどまでに豊かで活気に満ちていた鬼ヶ島の姿が今では変貌し、男の鬼は桃太郎たちに殺され若い女の鬼は奴隷として売られ、そして全ての島の特産品や宝物は略奪されてしまい島に残ったのは年老いた鬼と子供の鬼だけであった。それだけでなく桃太郎は宝と名声を独り占めするために、全ての宝を船に積み込むとサルとイヌとキジを島に残したまま夜中に一人でさっさと帰ってしまったのである。

残されたサルとイヌとキジは島の鬼たちに袋叩きにされて瀕死のところを鬼の息子に助けられたのであった。サルとイヌとキジは鬼の息子と共に仇討ちを誓い、必殺仕事人のBGMの流れる中で順番に、鬼の息子のおばあさんから黍団子を受け取ったのであった。


さてそのころ桃太郎は必死になって金銀財宝を船から降ろしてやっと一息ついていたのだが、そこへタイミングよく爺さんと婆さんが荷車で迎えにやって来たのであった。段取りのとおりとはいえ、その素早さにさすがは我が家族と感心している桃太郎を尻目に爺さんと婆さんはいつの間にか雇ってきた人足を使って、瞬く間に金銀財宝のすべてを荷車に積み込んでしまった。

疲れてへたり込んでいる桃太郎に婆さんが近づいてきてニッコリ笑うとその手には数枚の小判と黍団子が乗せられていた。婆さんは「腹ごしらえをしてから居酒屋へでも行って気晴らしをするがよかろう」と言って帰って行った、後の処理は任せておくがいいと捨て台詞を言い残して。

黍団子を口に含みながら桃太郎は考えていた。爺さんと婆さんに任せるといったものの強欲な婆さんのことだから金銀財宝は独り占めにしてしまうに違いない、そうなったら自分は財宝は自由にできずに細々と小遣い制でやっていくしかないのだろうかなどと思っていた。だが今手元にある小判を見つめながら、これだけあれば居酒屋で飲んでからキャバクラに行けるかもと思うとなぜか心躍る桃太郎であった。そしてこれからわが身に訪れる復讐劇の顛末など気付く様子もなくスキップを踏みながら店の中へと消えていった。


ところ変わって船の中では、鬼の息子たちと3匹がこれから始まる復讐劇の作戦会議を開いていた。鬼の息子たちの一人は、名を「ハルマ」といい島一番の力持ちの赤鬼の息子で、もう一人は「タツヤ」という名の資産家だった青鬼の息子である。

二人はサルとイヌとキジの3匹を加えて仇討ちの段取りを決めているところであった。まずキジから桃太郎が立ち寄りそうな場所や周りの地形について説明を受け、サルが裏口から侵入する方法、イヌが桃太郎の弱点と攻略法をレクチャーした。そして疲れ果てた桃太郎が大金を持ったことで気が大きくなり、今夜は酒を飲んで遊んでいるに違いないと読んだメンバーは今夜が最良の決行日だと決めた。


一方桃太郎は何とも解りやすいことで、ご想像の通り小判という大金を手にして有頂天になっていた。一言で小判と言っても一枚が今でいう10万円に匹敵する価値で、サラリーマンの月給が2千円から3千円の時代背景では百万円以上の小遣いを持っていることになる。だが入った店はいつもの安い居酒屋で、さらに子供のころからの貧乏性は否めずに注文した酒はやはり一番安くてすぐに酔える「鬼殺し」であった、。その酒をしこたま飲んだ桃太郎は、つまみのスルメをしゃぶりながらフラフラと夜道をさまよい歩き、一軒の店の前で足を止めた。松明のイルミネーションで飾られた看板には「完全前金制・40分500円・飲み放題」と書かれていた。「高級クラブへ行ってやる」と意気込んでいた桃太郎ではあったが、いざ入るとなるとやはりリーズナブルなお店が入りやすいようである。

どんなに高くても2千円もかからないだろうとせせら笑いながらドアを開けて中に入るとその通路の壁にはかわいい女の子の写真が所狭しと飾られていた。ミニの浴衣で笑顔を振りまきながら誘っている写真を見つめて意気盛んな若者は「ウシシ!今夜は帰れないかも」などと頭の中は妄想で膨らみ、そして下半身も膨らんだ。やがて通されたところは個室であった、いよいよ期待で目が血走った若者は「いらっしゃいませ、お好みのタイプは」と聞かれ、「可愛い子を頼む金に糸目はつけねえよ」などとしゃあしゃあと抜かしてニヤリと笑いを浮かべた。「かしこまりました」ボーイは深々と頭を下げて去って行った。

しばらくして飲み放題の安酒とつまみが運ばれ、待つこと10分ほどしてドアをノックする音が響いた。「いよいよだな」顔の筋肉の全てが緩んで垂れ下がった桃太郎が「どうぞ」と答えると黒服のボーイが女の子を伴って入ってきた。小柄で細身のその女性は桃太郎のど真ん中のタイプであった。舞い上がった桃太郎が「さあ顔も見せておくれ」と左の手で女の横顔を自分に向けたその瞬間、「あ!お前は」言う間もなく桃太郎は右の眼に違和感を感じていた。目の前にいたのは女ではなく桃太郎の元子分のキジであった。女の顔を観ようと近づいた桃太郎の右目に振り向きざまにキジのカウンター口ばしが突き刺さっていた。鬼を倒すために桃太郎がキジに仕込んだ必殺技である。それを振り払おうと出した右腕に今度は「ガウ!」と唸り声を発して噛みつくものがいた。「何⁇」と振り向いた先にいたのは、黒服に化けた犬だった。「おのれ貴様ら」叫びつつ桃太郎は残った左腕で刀を抜き、イヌとキジを切る態勢を取った。さすがに桃太郎が相手ではこれが最後かとイヌとキジが覚悟を決めた時、ドアの外から黒い影が飛んできた。そして桃太郎の左腕に爪を立てながら体当たりをしてきたのである。それはもちろんサルであった。バランスを崩した左腕と刀は方向を変えて天井の梁にグサリと切り込み抜けなくなってしまった。するとまたしてもドアの外から二人の男が入ってきた、それは鬼の虫子たち「ハルマ」と「タツヤ」であった。

力持ちの赤鬼の息子ハルマはやはり力持ちであった。殺された鬼たちの怨念がこもった刀を抜いて一閃すると天井の梁に食い込んでいた桃太郎の刀と左腕は身体から離れていた。ガクッと膝をついた桃太郎が左腕を切られたことを知り、狂気の形相で立ち上がると今度はタツヤが震える手で刀を抱えて体当たりした。その刀は見事に桃太郎の脇腹に突き刺さっていた。

鬼の息子たちは父親が殺された方法と同じやり方で桃太郎を殺すことが仇討ちになると考えていたのであった。

かくして右目と左腕を失った桃太郎はタツヤの刀が脇腹に刺さったままよろよろと店を出て、意識が遠のくのを感じながら道端を流れる川の中へ土手を転がりながら落ちていった。鬼の息子と3匹は恐怖の余り全員身体が震えて固まり、桃太郎を追いかけてとどめを刺すことが出来ずにその様子を呆然と見送りそしてそのまま夜は暮れていった。


どのくらい時間が経ったのだろうか、片目をつぶされ片腕を切り落とされてしまった桃太郎は瀕死の状態となりしかも未だに出血がひどくてまさに息絶えようとしていた。

夜空に浮かぶ星に少し眩しさを感じながら薄目を開けた桃太郎は、自分に意識があることに気づき、「ん・・⁇まだ生きているのかな、それとも三途の川を渡っているのかな」と思い巡らしていると何やら懐かしい匂いがして我に返った。

桃太郎は山の中腹にある洞窟に寝かされていた。そして隣には大きな黒いものが、そうクマである。懐かしい匂いはよく相撲を取っていたクマの匂いであった。このクマの名前は「ダイゴロウ」といい、あだ名を「オオマサ」とも呼ばれていた。ダイゴロウの主人は「金太郎」といってこの界隈を仕切っている的屋の親分である。つまり桃太郎が子供のころから夜遊びといたずらをしていた仲間である。

金太郎は普段は街で屋台や賭場を見回りいざこざを仲介したりして仕切っているが、時折山に戻りダイゴロウたちを集めて宴会を楽しんでいた。

桃太郎と金太郎は悪童時代はライバルで互いに譲ることが嫌いで殴り合いの喧嘩になることもしょっちゅうであった。そんな時に間に入って仲裁するのが義理人情に厚く曲がったことの嫌いなダイゴロウであった。

ダイゴロウに説得されると二人とも何故か怒りを鞘に納めて仲直りをしてしまうのであった。そのダイゴロウが主人の金太郎に呼ばれて山を下り夜の街中を歩いていると、夜の店の並びの中を流れている川に、その水にズルズルと押されるように流れている黒い塊が見えた。

夜行性でもあるクマのダイゴロウにとって夜は昼と同じように活動の時間である。水面を転がるように流れてくる塊が人間であることは直ぐに理解できたし、その匂いで自分の知り合いであることも瞬時に悟っていた。義理人情に厚いダイゴロウのことである、当然の如く川に入り友人の身体を受け止めていた。そして岸に上げて手当てをしようとしたが、既に虫の息であった。このままでは死を待つ以外にないであろうと考えたダイゴロウは自分のできることは山に戻って薬草で治療する方法しかないことに気が付いた。

急いで桃太郎を担ぎ山の洞窟に着くと自分の寝床に桃太郎を寝かせて、取り敢えず腕と眼の傷口に薬草を張った。止血が終わると桃太郎の鼻先に顔を近づけてまだ息があることを確認した。

その後ダイゴロウは山に入り薬草と一緒に蛇イチゴを数株取ってきた。ダイゴロウはドクダミの葉と蛇イチゴを少し揉んで桃太郎の鼻の周りに敷き詰めていった。

蛇が怪我をしてグッタリとしたときにドクダミの葉を揉んで鼻先につけてやると息を吹き返し、蛇イチゴを食べると体力が復活するのを見たことがある。蛇と人間は違うかもしれないが虫の息の桃太郎にとって何をしても無駄なことはなく、たとえ害があってもどうせ死ぬのなら同じことである。一つでも当たれば儲けものだとダイゴロウはそう考えることにした。

冷え切った桃太郎の身体に焚火の熱が徐々に染みとおり大量の出血をしたが、頭や顔に多少は血が回ってきたようであった。鼻を衝くドクダミの匂いが効いたのか否か定かではないがとにかく桃太郎の意識は復活した。そしてダイゴロウの存在を確認したとき、助けられたことを理解した桃太郎は今度は安堵して深い眠りに落ちていった。時折ダイゴロウが桃太郎の口へ流し込んでくるハチミツとロイヤルゼリーを無意識に飲み込みながら、桃太郎は何日も何日も眠り続けていた。


第2節「金太郎」

















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