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ふ~ふ~  作者: 辰野ぱふ
6/7

6.

「後藤さん、今日はお忙しい所、足を運んでいただいて、どうもありがとうございました。お宅様のような大きい資本に気にかけていただいて、コラボレーションを持ち掛けていただけるなんて、すごい光栄です。でも、まだ勢いに乗れるかどうか、不安なところもありますので、もっと具体的に話がまとまってから、改めてお願いしたいと思います」

「へえ、ずいぶんと臆病なんですね」

 と後藤さんが言った。

 菅生はヘラヘラしている。

「それじゃあ、町のお洋服やさんって域を出ないと思うけどな」

 と後藤さんが菅生に言葉を促す。

「そうなんですよね。小さいんですよ、うちは」

 菅生は何なんだろうか? ただ、この場を取り持ったということだけで満足しているのだろうか?

「後藤さんもお忙しいと思いますので、今日はこのあたりで…」

 とあたしはこの会の閉幕を切り出した。

「まあ、それがぼくの仕事なんで、商品のの幅を広げていくということですが」

「本当、お忙しいところ、ありがとうございました」

 と菅生はていねいにお辞儀をした。

 その居酒屋は、入り口で靴を脱いで、下駄箱に入れるという店だった。三人で個室から出口向かう時になって、

「あ、ぼく、ちょっと…」

 と菅生がトイレに向かい、下駄箱の所で後藤さんと二人になった。

「あ、黒澤さんは高良高校出身ということですよね。ぼく、高校時代、斎藤さんと付き合っていたんです。確か黒澤さんと同級生だと思いますがご存知でしたか?」

斎藤かおり。高校時代はあたしの一番仲の良いの友人だった、かおりのことだ。

「ええ、たまにお会いしましたよね」

「実は、ぼく、ほとんど記憶にないんです、相良さんのことは」

 相良とはあたしの旧姓だ。どうやら、それなりにあたしのことはサーチしているらしい。

「そうでしょうね、あたし、ぼんくらで、かなり地味でダサかったから…」

「あの時、相良さんと付き合っていたら、今どうだっただろう、ってちょっと想像しちゃいましたよ」

 後藤さんはちょっとにやけたような表情をした。

「まさか。ぼんくらでかなり地味で、ダサい人と付き合おうなんて、誰も思わないんじゃないかしら」

 とあたしも社交で笑いながら、なんか、あたしは後藤さんのまとわりつくような話し方に、ぞぞぞぞっと背筋が寒いような思いになっていた。

「失礼ですけど、あの北村さん? 彼は話の全体像がわかっていらっしゃらないようだから…、もっと詰めてお話しできると思うので…、今後ともおつきあいさせていただければと思います。そちらのオフィスの方で必要なことがありましたら、もっと具体的な形でお手伝いできると思いますし…」

 あろうことか、あたしが開けた下駄箱から、この後藤さんがあたしのローファーを手に取り、沓脱に置いた。

「あ。どうもありがとうございます」

 こういうことをわざとらしくなくやる、ということがわざとらしい。

「気取らない靴ですね。いいと思いますよ。そんなスタイルが、シルバー・スパイダーの製品には感じられます」

 またぞぞっとしたけど、「あ、そうですか、うれしいです」と答えた。

 ちっともうれしくなかった。

 あろうことか、後藤さんがあたしの肩をはらった。

「あ、ごめん、ごめん。何かついてた」

 とにやついている。そこに現れた菅生は、なんだか救世主のように見えた。

「あ、すいません。大丈夫ですか? 靴出しましたか?」

 菅生は汗かきながら、後藤さんにへこへこしている。

「北村さん、今日はありがとう。有意義な話ができたわ」

 とあたしは菅生に言った。

「あ、アハハハハ」

 と菅生が笑った。こいつの計算ナシの笑いがさらにあたしを救った。


 後藤さんにはタクシー券を出して、車で帰ってもらった。

「やっぱり、大会社の切れる人って、どこか違いますよね。同じ部長って言っても、違うよな、貫禄が…」

 と菅生がとぼけた感想を述べた。

 でもそれでいい。

「ほんとね。でも、うちはうちでやろう。改めてそう思えて、今日は本当に有意義だったわ」

「そうですよね。町のお洋服やさんもいいですよね」

 と菅生がやけにうんうんとうなずく。

「そうよ。商店街のなんていうの? 人と人とのつながりみたいな? うちはそういうのを大事にしていこうって思えて良かったわ」

「そうですよね」

 菅生をクビにするなんてこと、あたしにはできない。菅生には菅生の立ち位置を菅生なりに守ってもらおう。

「あ、そうそう、ぼく、黒澤さんにまだ言ってなくて…、恭介さんには言ったんですけど…。聞いてますか?」

 駅に向かって菅生と二人で歩き出したら、菅生がもじもじし始めた。

「え? 何も聞いてないけど…」

「あの、ぼく、来年の春ころ、パパになります」

 と言う、その菅生の声だけを聞いた。

「そう。レモンちゃんは、元気?」

「元気です。なんかはりきってて、つわりで苦しいだろうに、いろいろ、よくやってくれるし、ベビー用品揃えようとしてます」

「そう…」

「だから、ぼくもがんばんなくちゃって思ってます」

 心のどこかではシラケていた。でもいい、レモンちゃんには幸せになってもらわないと。あたしたちのいざこざに巻き込んだ過去が、ふわ~~っと目の前を通りすぎた。

「じゃ、レモンちゃんによろしくね」

 と言って、菅生と別れながら、まったく、恭介のヤツ! とあたしのムラムラが燃え立とうとしていた。前もって言っておいてくれたら、こんなにドギマギしなくてよかったのに! なんで一言言っておいてくれなかったんだよ! そして、たまらなく恭介の顔が見たくなった。

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