4.
菅生の結婚式から半年経ったったころ、菅生からメールがあった。
『黒澤様
お疲れ様です。
突然ですが、後藤さんってご存知ですか?
恭介さんに聞いたところが、知らないということですが…。
私たちの学校の出身で、2年先輩です。
紀衣子さんとは郷里もご一緒だとか
大手アパレルの幹部になられているそうで、連絡がありました。
つきましては、一度お話ししたいということなのですが、
ご都合がつきましたら、調整したいと思います。
予定表を見たところ、1日、8日くらいがいいかと思っています。
いかがでしょうか?』
後藤さん?
一人思い当たる人がいた。後藤慎吾か? 高校の先輩で、先に東京に出て来ていた人だ。高校時代、あたしの仲のいい友達と付き合っていたのだ。同じ各種学校に進学したとは聞いたことがあったけれど、学校時代に会ったことはなかった。
話っていったいなんだろう?
家に帰って、恭介に聞いた。
「ねえ、スガオからメールがあって、後藤って人が会いたいみたいだけど、キョースケも行くでしょ?」
「え? 知らねえよ」
「でも、同じ学校だって」
「てか、メール自体きてないよ」
「え? だけど、キョースケに聞いたら、知らない人だとか…、スガオが書いてたけど」
「そう? スルーしたかな? どっちにしろ、おれ、学校行ってねえだろ。キーコだって。それで会いたいって、意味わかんないね」
「そうかな」
そんな感じで、菅生に返事をしようにも、はっきりわからない。
気持ちが悪かったので、次の日に直接菅生に聞いた。
「後藤さんって人だけど、一人思い当たるのだけど、慎吾って人ですか?」
「あ、そうですよ」
と菅生が名刺を出した。すごい、全国展開でやっている大手アパレルチェーンの部長ってなっている。
「北村さんに直接連絡があったのですか?」
「そうなんです。あの人、年齢的には先輩って知らなかったです。同じ学年にいましたから。時々いっしょにコンパとかした覚えがあります」
「へえ」
「あの、うちの量産とか、外国に発注する時、今お願いしている会社ありますけど…、後藤さんの会社では自社工場があるようで…。そこに入り込めそうなんです」
「それ、北村さんが話だけ聞いて来てくれないかしら。あたしの方針としては、今のまま続けたいわ。長くやっているし、人の関係もできているから」
「社長、綿ニット始めようってお話しでしたよね。その方面でも強いみたいですが」
「うーん、それもタカギで続けて行こうと思ってるの」
タカギというのは、海外の量産を取継ぎしてくれている会社だ。
正直、その後藤さんの口利きで製品を少し安くできたとして…、どの程度の製品管理をしてくれるか、とかは現場を見ないと安心できないし、走り出してみないと見えない部分もあるし、改めて話を進めるのはしんどかった。他社との取引関係とか、そういうことはもともと苦手だった。だって、今うまく行っているんだから、わざわざ触りたくない。あたしは、中身で勝負したい派だ。
それに、間に菅生が入っているというのが、また面倒だった。菅生はけっこう外面が良くて、変に話を進めていたりすると、間に挟まっていい顔しなければならなくなったりして、そういうのが、なんかいやだった。遠隔操作の方が、きっぱり答えを出せることもあるのだ。
「8日の方がいいと思うんで、8日にしようと思いますが、いいですよね?」
と菅生が話を詰めて来た。
なんか、しっくりこない。断りたい。だけど、話だけ聞いてみてもいいのか? わからない。まあ、菅生が進めることを全部否定するような感じになるのも、どういうものなのか? 一応、あたし上司だし、今回は従ってみるか。
「う、わかりました」
と半煮えの気分であたしは了解を出した。
8日が来た。
その日は後藤さんに会うために、あたしは6時で仕事を上がった。
恭介が
「あれ? 何? 今日もうおしまい?」
と聞いてきたので
「前に言った、後藤って人と会うの。菅生がコーディネートしてくれて」
と答えると、
「ふうん」
と、不服そうにあたしのことをじっと見て
「でかい会社の偉い人になってるって、あの話か。スガオ、権威に弱いから、気を付けろよ」
と言い、続けて、
「キーコ姉ちゃんがおうちにいないんだったら、ぼくちゃんもつまらないから、遊びに行っちゃおうかな」
と口をすぼめた。「ボケか?」とあたしは心の中で突っ込みながら、
「お風呂くらい掃除しておいてよ」
とびしっと言うと、
「は~~い」
ととぼけた返事をして、ウィンクした。
あたしは、「ボケか?」とまた心の中で突っ込んだ。