1.
その日曜日、あたしは自分の部屋の鍵をかけ忘れた。
夢の中で、恭介があたしのとなりに来ていて、すっかりホストホストになっていたのだけれど、目が覚めると本当に恭介が隣にいた。
あたしは恭介の頭をこずいた。
「いで」
と言ったきり、起きそうもない。
しょうがないから、あたしだけ起きて、いつものように簡単な朝食の用意をした。
頭の中は相変わらずのウニ状態だった。
あたしは片付けが好きだ。だけどいつも仕事で忙しすぎて、ついつい家事が後回しになる。
シンクの中に積もっていたお皿ちゃんたちが、「よ、待ってたよ」と言っている、そんな感じだった。
あたしは段取りをつけるのが好きだ。
そのお皿ちゃんたちに、「ちょっと待っててよ」と声をかけて、まず洗濯機のスイッチを入れた。
その音が恭介を呼び覚ましたのか? 眠そうに頭をぼりぼりしながら、「おは~」と言いながら、あたしに絡んでくる。
「やめてよ」
「へへ。じゃ、やめとくよ」
と言いながら、恭介はかったるそうに、ダイニングの椅子に座って
「昨日はマジ疲れた」
と言った。
そう。前日の土曜日、北村菅生とレモンちゃんの結婚式があったのだ。
菅生の兄ちゃんの省人と恭介は同級生で、菅生は今、あたしたち夫婦が経営するアパレル会社の社員で、去年部長になった。
レモンちゃんはその菅生の下で働いていたのだけれど、女たらしの恭介がちょっかいを出して、レモンちゃんが悪いわけでもなかったのに、交通事故に遭っちゃって、回復してから数か月また職場に戻ったのだけれど、ずっとあたしに悪いと思っているようで、自責の念にとらわれちゃって、そのまま会社を退職してしまった。
そのあと、菅生はかいがいしくレモンちゃんのことを気にかけて、かいがいしく尽くし、レモンちゃんのご家族にも信用してもらって、めでたく結婚することになったのだ。
場所はあたしたち夫婦が式をしたのと同じ、軽井沢のホテルで、やっぱりあたしたちと同じように、サナちゃん(キョースケのママ)の会社の、サナちゃんの一番信頼している部下の、垣内真由美さんが取り仕切ったらしい。
ほかの人たちはそのまま一泊そのホテルに泊まり、あたしと恭介だけが日帰りで帰って来たのだ。
帰って来て良かった、と思った。
結婚式を取り仕切った真由美さんはシングルマザーで、小学校5年生になる息子君を連れて来ていた。息子君の名前は良太郎君。
これが…。なんだか、恭介に似ている風で、サナちゃんはまるで自分の孫みたいにすごくうれしそうに、良太郎君に接していて、良太郎君もまるでサナちゃんが本当のおばあちゃんか? ってくらいに良く知っている風だったので、あたしはなんだか複雑な気持ちになってしまった。
別に、子供が欲しいと願っていたわけではなかったのだけれど…。
良太郎君の父親っていったい誰? ってのが気になって…、あたしはなんだかつまらない気分になってしまい、そんなことでつまらない気分になっている自分に自分で腹が立ってしまっていた。だれだっていいじゃない! 真由美さんは仕事のできるスレンダー美女だし…。誰だって放っておかないだろうし…。でも、でもどうしても気になってしまって、そのループから脱出できないでいた。
そのあたしのトゲトゲを感じたのか、恭介があたしの耳元で、こっそり言った。
「おれじゃないよ」
「え?」
とあたしは我に返った。なんか、良太郎君とサナちゃんの様子をガン見してたらしい。
「キーコ、疑ってるんだろ? リョータローのパパ、おれじゃないかって。顔に書いてあるよ」
「べ、べつに…」
恭介って、なんか勘がいいところがあるのだ。自分の気持ちが読まれてるみたいで、あたしはさらに不機嫌になった。
「おい、おれら、子どもできてないだろ? けっこう、いちゃいちゃしてるのに…」
と恭介がいたずらっ子みたいに笑った。
「おれ、あれなんだよ。そういう、子どものタネ、うすいの」
「え?」
「まったくできないわけじゃないみたいだけどさ。できにくいの」
「どういうこと?」
「あ、おれはDNA鑑定とかしないよ。だって、認知してくれとか言われてないし」
「はぁ?」
「いいんだよ。あいつらで、勝手にお孫ちゃんとかごっごしてれば」
それまでだって、あまり調子が良くなかったのに、あたしの気分はぐぐぐぐっと闇に落ちて行った。そんなあたしの気分のことはお構いなしに、恭介がしゃべくり続ける。
「サナちゃん、ずっとリョータローのこと応援しててさ、入学だ、運動会だ学芸会だなんだって、おばあちゃんみたいに呼ばれてさ、いい気になっててさ。写真パチパチ撮ったり、動画撮ったりしてそれで満足してるし、マユミはマユミで今の仕事好きみたいだし、生活できてるだろ。あの二人、相性いいみたいだしな。だからこのままでいいんだってば」
は? じゃあ、やっぱり良太郎君は恭介の子? あたしの頭はもうパニックみたいになってきていて、胸がムカムカしてきていた。
「してよ!」
「え?」
「鑑定!」
「お、マジか?」
「だって、違うってはっきり言えるんだったらできるでしょ! 鑑定!」
「おいおい、ここで騒ぐなよ」
そのあたしたち二人のやりとりを周りの人がチラチラ気にしている。まったく…、あたしらの会社関係の人ばっかりなのに、こんな晴れがましい場所でモメちゃって、さらにあたしの気分は闇へ闇へと導かれた。