第 49 話 リューグナー始末 4
紙装甲と言えども、城に張ってある結界はその一部が壊されれば城全体に知らせるアラームシステムがある。
しかしそれは物理的なものに限られていて、転移魔法で結界の中に入り込むことに何の力も持たない。
俺は自分を含めた四人をサイラス首領のいる隣の部屋に移動させることを意識して、魔力の展開を図った。
何の抵抗もなく目の前の景色が変わる。一瞬もなく変わった景色に流石のギルマスも驚いた様だ。
「ほぼ失われた古代魔法か……。ここまで正確で抵抗もないものなのか……。儂等には何の負担も感じることができなかったぞ」
魔術師の姉さんは発動における魔力の流れを読もうとしたらしいが、そんな暇もなく転移が終わってしまったことに、
「お願いもう一度やって、もう一度!」
ここが敵地のど真ん中にいる事も忘れるほど興奮したのか、俺のフードの裾を握って離さない。
「リーリエ。声!声!ここもう敵地だぜ」
慌てた兄貴が声を掛けるが、それも声が大きいって……。
これでも超一流なんだよな、遮音の結界をきちんとかけておいて良かった。落ち着いたところで結界を解除して、小さく隣の部屋の壁をノックする。ここから少し離れたところからは金属がぶつかり合う音や、小さくだが爆発音も聞こえる。この建物の中にまで族が入っている事がわかる。
こちらのノックに直ぐに答える様に壁の抜こう側からノックの応えがある。
サーチで確認を取りながら、隣の部屋に移動するため一度廊下に出る、聞こえてくる音は一段と大きくなる。隣の部屋にジャンプしてもいいのだが、この魔法もあまり人に見せるものでもないし。この部屋の前の廊下にはまだ敵の姿は見えないので。行儀よくきちんと部屋のドアから、隣の部屋に入室する。
ここでも一応合図のためのノックをしてからドアをゆっくりと開ける。中には人物が3人。執務机に地図の様なものを広げた状態で、それを囲む様に立っている。一人は完全武装をした屈強な剣士。我々の事は聞いていたのか片手を剣に添えていたが、抜刀はしていない。もう一人はどう見ても魔術師か。フードはかぶっていないがこれぞ魔術師という足元近くまで届く暗い色のローブを着ている。その彼は、いきなり我々がこの建物に現れたことに驚き、そのことに対して警戒をしている様子が見える。
そして、3人目。彼がこのリューグナー共和国の首領、サイラス閣下。本人をきちんと顔を合わせたのは初めてだが、想像をしていたよりも、ずっと図体ががっちりしていて驚いたが。あの可愛らしいアンリ君の父親で皇女殿下の連れ合いとして考えた時に、どちらかと言えば頭脳労働が主な優しげな外見を勝手に思い込んでいたのだが、目の前の人からはとてもその様には見えない逞ましい容姿をしている。
我々の姿を認めるとサイラス首領は直ぐに机を回り込んでこちら側にやって来て、一番大きい態度で体も大きいギルマスの前に来て握手を求めてきた。
「トレラント卿。卿ご自身に来ていただき、千人の味方を得た心持ちです」
「サイラス閣下。私は一冒険者としてここにいます。依頼を受けている普通の冒険者として扱って下さい」
握手を交わしながら、ギルマスは俺たちを紹介する。
サイラス首領以外の二人もギルマスの事は知っていると見えて、ギルマスに向かって頭を下げる。3人とも姉さんと兄貴の名前は知っていた様で、『ほう』とか『おう』とか、小さく口から溢れる声を消音結界の効いた静かな部屋の中俺の耳が拾った。
そして必然的に紹介が最後になった俺に6つの目が集中する。ギルマスが俺の名前を声に出す前に、ギルマスの向こう側に立っていた首領が、それこそ縮地をした様にすうっと俺の目の前に……。
もちろんこの部屋にいる誰でもその動きはきちんと追えていたと思うが、殺気も全くなかったことから俺もそのままに、目の前に来た首領と対峙した。
「君が、叔父上が言っていた、とても頼りになる冒険者だね。姫と息子のことも聞いている。感謝をしてもしたっりないくらいだ。この騒動が終わったら改めてゆっくりと礼をしたい」
目の前に来るととても商業国の文民のトップとは思えないくらいのガタイの良さだ。少し仰け反る様になりながら、彼が出してきた手を握る。握った手にもペンだこならぬ剣だこができているのがわかるほど肉厚な手だ。
俺が驚いている事がわかったのか、顔に浮かべていた笑みを殊更深くして、殊の外大きな声で言葉を続ける。
「商人の国の長だから、細っこいのを想像していただろう?私も一商人の小倅だからね、15になった時に荷物1つで家を追い出されて、行商から始めたんだ。だから、国と国、村と村を渡り歩くためには、自分で自分の命を守らないとならないからね。君たちの様な腕の良い冒険者など雇えるのは大商人しかいないからね」
俺は手を取られたまま執務机の上横にあるソファーまで連れて行かれた。俺の後ろをギルマス達が付いて来る。
ここには侍女などいないから、魔術師の人がお茶を準備して既にテーブルの上にセットしていた。
テーブルの長辺に三人掛け、短辺に一人掛けのソファーが置かれていて、対面の三人掛けの真ん中に首領が座り、残りの二人は椅子に腰掛けずにソファーの後ろに立つ。
俺たちは、無理やり三人掛けに座らされた俺の横にギルマスがドデンと座る。兄貴はギルマスの後ろに立ち姉さんはギルマスの横の一人掛けのソファーに座った。
首領に任せて腰を落ち着けてしまったが、このような状態の時にゆっくり座ってお茶なんて飲んで良いのかな?防音結界で爆発音なんかは聞こえてこないけれど、時々小刻みに建物が震えるのは何処かで爆発が起こっているからだろう。
俺はお茶に手もつけられずに、ソファーに小さくなって座っているばかりだが、結局誰にも俺の名を告げないままだったな。そういえば、ケープのフードも被ったまんま。十分怪しい奴だ。対面のソファーの向こう側にに立った二人は、固い表情のまま俺を睨みつけているように見える。俺としてはもうこれ以上この世界の偉い人に名前なり素性なりとにかく何も知られたくないから、このままスルーでいて欲しい。
大物達は小物の俺とは違い外の様子を気にすることなく茶を啜りながら、お互いに労いの言葉など掛け合っている。
取り敢えずこの場で俺が出来ること、今この城の中でどのような事が行われているのか、サーチでわかる範囲だが状況を探る。
堀に囲まれた城域の中のいくつもの建物の中で、一番大きく高い尖塔を持つ建物はこのリューグナーの政治の中心と言える議会が置かれている建物で、今いる場所はその中心の建物から渡り廊下で繋がって幾つかの建物の中の一つ、この建物には主人であるサイラス首領に悪意を持つものを建物の中に入れない結界が張られているようで、先ほど聞こえていた剣撃音は結界が張られる前に建物内に侵入していた者との小競り合いの音だったようで、魔法による爆発音は結界を外から破ろうとする魔術師のそれであったようだ。
この国の中で、昼間の花火がバンバン上がっているみたいだが、一般国民はどう思っているのだろう、なんてどうでも良いことを考えて、自分がこんな場所に居なければいけないのかと言う理不尽と戦っていた。
と、この城域の中を探っていたサーチに、この場にいないはずの人物の光点を見つけた、皇女殿下と一緒に攫われたはずのヴェスター氏だ。
あっちでもこっちでも、結界を破れず、自分たちが勝手に立てた計画どうりにいかなくて、しびれを切らし、じっとしていられなくなったのだろう。
俺は、今サーチしたヴェスター氏の登場を報告することにした。
大人達はテーブルに地図を広げて難しそうな顔をして話し合っている。
俺がヴェスターがこの建物のすぐ近くまで来ていることを伝えると、大人達は揃って皆口角を上げた。




