第 48 話 リューグナー始末 3
俺は皇女殿下に近付く許可を取り、ゆっくりと二人に近付いた。手が届く距離まで近付くと、その場に膝まづく。そして、改めて子息に触る許可を取って、額に腕をのばした。熱が高いのだろう、前髪が汗で額に貼り付いている。
額に載せた手から回復魔法をかける。解毒魔法の派生で、体の中で戦っている抗体を活性化させて、熱を起こしている原因を自身の力で撃退させた後、無くなった体力を回復させる。
大人だったら問答無用の一瞬で終わらせるところ、子供の体力を考慮して、ゆっくりと魔法をかけていく。と言っても数分も無いくらいだろう。側からは劇的に子供の容態は回復した様に見える事だろう。
サーチを掛けて、異常状態がなくなっている事を確かめて額から手を外した。
殿下も息を詰めて見ていたのか、すぐ横から大きく息をつく音が聞こえた。
「これで、ご子息の状態が悪くなる事はありません。一番良いのはこのまま安全な場所にお二人を連れて行く事なのですが……」
「はい、わかっております。叔父上からの書簡で今置かれている状況がどの様なものであるのか」
呼吸も穏やかになり、今はただゆっくりと眠っている様にしか見えなくなった、子息の髪を優しく撫でながら、背筋を伸ばし座っている皇女殿下は、この国の首領夫人の顔であった。
皇女殿下のその様子に、俺は一つ大きく頷き、これからの行動について説明する事にした。
「今回のこの謀反劇を起こしている者たちを一網打尽にする為に、殿下には不自由な思いをさせて申し訳ございませんが、もう暫くの間この場に止まっていただきます」
殿下は頷きながらも、まだ腕の中のご子息が心配なのだろう、顔色は冴えない。
「そこで、この場には結界と共に認識阻害の魔法をかけさせていただきます。認識阻害魔法は一般的な物に少し手を加えておりまして、部屋の外からは今までの状態の殿下たちの姿が見え、その実この様に殿下たちには十分に寛いで頂ける空間にいたします」
俺はなんちゃって詠唱つまり意味が無い言葉をつぶやきながら、室温調整とこのへやには似つかわしくない調度品を出現させた。
驚きの表情を隠しもしない皇女殿下の腕から、ゆっくりと子息を抱き上げると、小さいがしっかりとした寝台に横たわらせた。
床に座り込んだままであった殿下の手を取り、これも今出現させたソファーに座らせる。そしてこれも今取り出した淹れたてで保管していた紅茶をカップに注いで手渡す。
流石にこの囚われた狭い部屋に大層なソファーセットまで置くことはできないが、子供用の寝台と一人用のソファー、それと小さなテーブルに飲み物とちょっとした軽食くらいは構わないだろう。
驚きながらも、攫われてから今まで、全く何も口にしていなかった皇女殿下は、手渡した紅茶をとても美味しそうに飲み干した。
一息ついたところを見計らって、これからの事についての説明を続ける。
「扉を開けて中を見ても、囚われている姿にしか見えませんし、中に入ってくる気が失せる魔法も掛けていますので、そのまま寛いでいて頂ければ。それと、外部の事がわからないのも不安になられると思いますので、通信用の魔道具もお渡ししておきます。通信できるのは王弟殿下か、お…私だけですので、ご了承ください」
俺は懐と言うかアイテムBOXからだが、通信用の魔道具、もしもの時のため極小、を皇女殿下に手渡した。
通信用の魔道具を見慣れているだろう皇女殿下も、あまりの小ささに少し驚いている様だ。魔道具の開発ではこの世界で一番進んでいるだろう商業の国リューグナーでも見る事ができない小ささだからね。
この魔道具の事を聞きたそうな雰囲気はしているが、流石空気を読める階級にいる皇女殿下は、自分から口を挟む事なく俺の話を聞くと、連絡があるまではここで待っている事を了解した。
「結界には勿論防音結界も入っているので、少々の音を立てられても大丈夫です」
俺はサーチで、リューグナー城に向かったギルマスたちが、目的地近くまで移動している事に気が付いたので、もうそろそろここから離れギルマスの元に向かわないといけない。
ここから出る前に皇女殿下がもう一つ気になっている事を伝えておく事にする。
「サイラス首領のもとにはSランクの冒険者が向かっていますので、ご心配には及びません。これから私も向かいます。それと、体力の回復のためとこんな体験は知らなければ知らない方が良いですから、ご子息には始末がつくまで眠ったままでいてもらいますので、心安らかにお待ちください」
皇女殿下は少し疲れた表情ながらも、小さく微笑みを浮かべてくれた。
「でわ、参ります」
そう一言言い置いて、俺は皇女殿下の足元で丸くなっている黒猫に一瞬視線を流してから、目的地の城近くで様子を窺っているギルマスたちの横に転移した。
「おぉぉおう?」
脳筋兄貴は常時の魔力展開は苦手だからか、俺が転移してきた時の気配察知ができていなかったらしく、背後に突然現れた時、盛大に驚いてくれた。
流石のギルマスと魔術師特化の姉さんは瞬時に気が付いたみたいなので、俺とは気づかず驚いた兄貴を冷たい目で見ていた。
ギルマス達が見ているのはリューグナーの城の一番小さな裏門。この城はグラオザームの城とは違い堀などは巡らせてない平城。城を囲む壁もそう大層なものではない。乗り越えようと思えばできるぐらいの高さと厚さ。ただ、腐ってもお城、防御用の結界は張られている。こちらから見れば紙装甲と思える程のものだけど。
表向き城周りの様子に変わったものは見られないが、サーチを掛ければ城の中はそれなりにバタバタしている事が伺える。
「どうする?何時でも突っ込めるがな」
久し振りの実戦らしいギルマスは、表情には出さない様にしてはいる様だが、その目の色からは闘争心が溢れている事が隠しきれていない。
自分でも高性能に進化するサーチアンドマップ、その高性能マップを意識の中に展開する事に戸惑いを感じる今日この頃。一瞬にして知ってる人物のいる場所は勿論、敵味方の選別までしてくれる親切設計に眩暈を起こしそうだ。
意識に引っ張られて腰がふらついた。
サイラス首領は仕事場である表の庁舎にいる様で、その部屋の周りを緑の光点が固め、それから少し距離をとって赤やオレンジ色の光点が見える事から、既に建物の中では騒動が起きている事がわかる。
城の裏側、つまり裏門から近い位置にある、首領やその家族、重役の住む建物には人の動きが少ない事から、そう多くの人間が動いていない事が判断できた。この騒動の主犯の一人であるヴェスターの家族、サイラスの姉と子は、その与えられた館の中にいる様で、こちらも何も知らされていないだろう事が想像できる。
「サイラス首領の位置もわかったので、直接そこにジャンプしますか?」
敵地に飛び込みたくてウズウズしている男約2名が、体全部で失望感を表した。兄貴は大声を上げそうになって、魔法で姉さんに口を縫い止められている。
「今一番にしなければならない事は、首領の命を守ることだから、騒ぎを起こしながら突入する事は……」
ギルマスもわかっているのか、俺が転移で一気に首領の近くまで移動する事を了承した。
俺は一応、サイラス首領に城の中に侵入する事を知らせるために、今だ宿の部屋で籠城状態の王弟殿下に、繋を取ってもらうため魔道具で通信を行った。
「殿下。これからサイラス首領のもとに行きます。直接飛ぶつもりですが、今誰もいない隣の部屋に行きます」
『サイラス殿には味方が敵に気付かれない様に侵入したと伝える。ところで君がそこにいるという事は皇女達は大丈夫だと考えていいのだね』
殿下に言われてそう言えば皇女殿下の事を連絡する事を忘れていた。
「えーっと、そうです。連絡忘れていました……。皇女殿下もご子息も心配要りません。通信用の魔道具も渡しておきました。でも、それは御夫君とは使えないものですが……」
俺の言葉しか聞こえていないだろうが、敏腕冒険者の3人は、俺が誰と会話しているかわかったのだろう、何も言わず耳を澄ませている。全てが終わったら色々突っ込まれそうだが……。
殿下は俺の遅すぎる報告に一つため息を落とすだけ許してくれた様で、サイラス首領に伝えておくと言い置いて通信を切った。
聞いていた3人の中で特に姉さんが通信の魔道具の事について聞きたがったが、とにかくこの作戦が終わってから質問に答える事を約束して、目の前の事に集中することにした。
「王弟殿下から連絡を入れて頂くので、連絡がつき次第サイラス首領のいる部屋の隣に転移します」
俺が転移で連れて行くことに関しては、別に質問される事もなかった。でも、3人ともその眼力で『全て終わったら洗いざらい話せよ』と語っていた。




