第 47 話 リューグナー始末 2
とにかく、王弟殿下と大体の流れは決めていたが、直接的な行動についてはその道のプロであるギルマスにきいてみた。
と言っても、直接的には囚われている皇女殿下とその子息の救出。今回の愚行のこの国側の二大巨頭、この国の商業ギルドのギルマスと、首領の姉の夫であるヴェスターさんにはきちんとしたお仕置きを受けていただかなければならない。その他の今度の反乱に関係した人物達にも。
そして、今回の事の元凶とも言えるグラオザームの姫巫女さんにも、そもそもの自分の責任をしっかり負ってもらわないと。
王弟殿下の了解も得ているので、今回の大元凶、帝国からの嫁問いの事も話した。
自分が嫁に行きたくないからと、嫁いで子供まで居て幸せに暮らしている姉を攫って自分の代わりに帝国にやるとか、そのためには幼い子供、血の繋がっている甥を殺してしまってもいいとか、話せば話すほど、どこが巫女様なのという気持ちが湧き上がる。
母親が違う異母姉妹である事や、姉の皇女殿下は今は亡き前正妃の子供で、こちらも既に亡くなっている前皇太子の同母妹になるとの事。流石グラオザームの貴族の一端であり、ギルドマスターだけはある、結構王族の出自について知っているものだ。
これにまた、王弟殿下に罪をおっかぶせるという事も重なって。一応家族なのにもうドロドロですね。
これらの事全て国策で、王が許可を出している事、自分の娘を攫い孫を殺そうとしているのは、国お抱えの騎士や魔術師である事。
ついでに、俺はその荷物持ちとしてここに連れて来られて、罠に嵌める気の王弟殿下と同じ運命を辿らせられるところであった事を話した。
「とにかく今回のあちらの計画を全部潰す事だけじゃ無く、何もなかったかの様になるのも駒にされた人間としては納得がいかないのでね」
十分痛い目は見てもらわないと。
ギルマスは犯人にされる王弟殿下の事を気にしていたが、その点は全く疑われる事がない、難癖のつけようのない方法で回避できる事を伝えた。どの様にするのかは冒険者としての手の内だから、と誤魔化した。バレるのは時間の問題だと思うけど……。
あちら側の思惑としては、皇女殿下とその子息を叔父である王弟殿下が攫い、結果として子息は事故で亡くなり、表向きそれに巻き込まれる形で母親の皇女殿下も……で、秘密裏にグラオザーム経由で姫巫女に帝国の好色皇帝にお嫁入り、優秀で見目もよく目の上のたんこぶの様な年の離れた異母兄妹を排除できる。
サイラス首領はその失意が元で自殺した事にして片付けて、ヴェスターが後傾についた息子が首領になる。
商業ギルドとしては、自分の言いなりになるトップが国を動かし、かつヤラセとはいえ戦争もどきをグラオザームとする事で戦時特需も目論める。
勇者達に関しては、もちろんレベルアップが大きな目的だったろうが、魅了魔法の本人が離れたところでどこまで効力があるか調べる事と、今回のこの後ろ暗い体験をさせる事で、本当の意味でグラオザームに隷属させようという思いも透けて見える。
そして、持て余した召喚者であり、なぜか女神の加護がないのに魔法が使える理解のできない存在の俺を、犯人の片割れとして始末できる。
それをね、全て潰して、何倍返しか、しないとね。
改めて、奴らのやろうとしている事を思い返していると、黒い何かが滲み出た様で、俺の何物にも怯える何て事ないギルマスは少し目を眇めたくらいでスルー。元々こう言う気配には疎そうな兄貴は手元無沙汰に何か食べようとしているのか、視線は厨房前のカウンターに。流石に魔術師寄りの姉さんは敏感に感じるものがあったのか、俺から距離を取る様に椅子の上で少し仰け反った。
直ぐに気が付いて殺気の様なものを抑えたが、逆に気分を害した姉さんに俺のものが可愛らしいくらい大きな殺気を当てられて、逢いたくもない女神の後ろ姿を垣間見た気がした……。
食べ物を物色しようとしていた兄貴は、カウンターの方に体を向けたまま気絶していた。
ギルマスは、何事も無くエールの追加を飲んだようだ。
相手方のこれからの動きはほぼ読めているので、その事もギルマス達に告げておく。
向こうとしては、皇女誘拐及び次期の殺害、そしてグラオザームへの宣戦布告の鍵になる王弟殿下の身柄確保が何よりも重要と考えているから、未だに殿下が居る宿の客室を攻撃し続けている。
しかし、わざわざ攫う所に姿を見せていた王弟殿下がその犯行現場から随分と離れた高級宿にいたままである事を、表立って知らせるような行為は取れないから、このまま手のものだけで破る事ができない結界をどうするのか見ものだ。
このままだと埒が開かないだろうから、皇女殿下を攫ったヴェスターの方が見切り発車する事が唯一の懸念だ。しかし、これは俺が直接皇女殿下に接触を持ちこちらの意向を伝えた後、あいつらが手を出せないような処置を施す事で、直接的な命の危険は回避する。
サイラス首領にも同じような危険が考えられるが、こちらはギルマス達に言ってもらう事で守る事とともに、表立って犯行を行ってくる輩の捕縛もお願いする事にする。このリューグナーにはギルマスほどのレベルの冒険者はいないしね。
商業ギルドの長は、まぁただの頭の足りない守銭奴だからね。何でそんなのがギルドの長なのか疑問だけど……。そんなのが守銭奴にはとりあえず、思いっきり自分の懐を痛めてもらおう。自分の手で自分の大切な金儲けの元の宿を破壊してしまうとか、楽しそうだよな。
ギルマスと作戦会議を終わらせると、俺との通信専用魔道具、これは一般的なもの、を渡して早速行動を開始する事にした。
飯屋の払いは姉さんがしてくれた。飯屋を出る時になっても気を失ったままの兄貴は、飯屋から出るためには席を立ったギルマスに、通りすがりに頭を殴られて目を覚まし、何が何やらパニクっている間に首根っこをつかまれ引きずられていく。
ギルマスにはこれからこの街の中心、サイラス首領の居る城に向かってもらい、首領の身体を物理的に護ってもらう。
俺は目覚めている皇女殿下の元に飛び、これまでとこれからの経緯を話すとともに、皇女殿下の一番の憂慮の元を取り除く。
リンクしたままの黒猫の視界と、サーチの光点を確かめながら皇女殿下の元に直接飛ぶ。
面識の無い男がいきなり現れて、驚かないものはいないだろう。とくに、攫われていると言うとく異常にあるのだから。だから、ジャンプしたらすぐに防音結界を張って、王弟殿下から予め渡されている皇女殿下宛の書状をすぐに渡す様にしないといけない。
目の前に現れるより背後の部屋の隅に音もなく降り立つ。瞬間防音結界を張る。
皇女殿下は膝の上に抱え込んでいる子息の髪を優しく撫で続けている。今日の外出は子息の具合が悪くなった事からの通院だ。今だに目覚めない子息の事が心配で堪らないだろう。この様な状況の人を驚かすのは本意では無い。
このまま声をかければ驚く事は必至。ツイッと、この部屋の梁の上を見ると、目になってくれていた黒猫がこちらをじっと見つめているのに気がついた。
こちらに来る様に思うだけで黒猫は足音を立てる事なく足元までやってきた。
その黒猫に書簡を咥えさせて皇女殿下の元へ向かわせた。俺はその間も部屋の隅で気配を消したままにする。
黒猫は殿下に近づくと、その長い尻尾で息子の髪を撫でている手の甲をサラリと撫ぜた。
「……あら?」
心ここに在らずな様子で、腕を動かしていた皇女殿下は手の甲に感じた柔らかな感触に意識をこちらに取り戻した様だ。
「こんな所に猫が……貴方何処から迷い込んだの?あら?何を咥えているの?」
黒猫は皇女殿下の目を見つめながらその場に書簡を落とす。皇女殿下は落とされた書簡を拾うと目を通す。
黒猫はその様子を見つめながら動かない。
皇女殿下が書簡を読み終わり顔を上げた。そのタイミングに合わせて黒猫が背後、つまり俺の居る部屋の隅に向かって歩いて来る。殿下も猫の動きにつられる様に背後へと体を大きく捻った。
黒猫と共に視覚に入り込んだだろう俺に、一瞬体を全てが震える様に大きく上下したが、書簡を読んだ後であるからだろう、声を上げる程驚きを表す事はなかった。
まだその向けられる視線には警戒の色が濃く影を落としているが、流石は王族、自分の感情を抑え込んで、今一番重要な事にその意識はシフトして行くようだった。
「貴方がこの王弟殿下の書簡に書かれていたワタルね」
俺に話しかけながら、その細腕に抱く宝物を強く抱きしめ直しているのが見て取れる。そしてその腕が細かく震えている事も。
「この様な状況になり、私の方から何かを注文をつけるという事はありません。私の命が役に立つのならば、いつ使っていただいても構いません。私の望む事は……サイラスとアンリの命が助かる事だけです」
腕の中の子息、アンリを気にしながらきっぱりと言い切った。顔色は青いのを通り越して白く見えるほど……しかし、その凛とした姿は、あの妹の方より余程姫巫女と言える佇まいだと思った。




