挿話 4 志津野 雅
主人公以外の視点から。志津野雅、彼女視点の2本目です。
今回文字数がいつもの2倍以上になってしまいました。
この世界に攫われてから、王城の外に出たことが全くなかったことに気がついていなかった。レベル上げのための演習場も王城の堀の中にあるものなのだし。
『第一皇女救出作戦』と綾芽が勝手に命名したそれは、勿論秘匿された行動であるから、それに参加する私たちの行動も隠密行動になることは理解できていた。しかし、隣の国における作戦であると聞いた時には、この王城から出て、この世界の人々の営みをこの街から出る移動中だけでも垣間見ることができることを、全く期待していなかったと言えば嘘だ。
特に綾芽は何日も前から行動と言葉で期待感を隠しもしていなかった。
「門から街の外に出るまでの間に市場でも開いていないかな。寄ることは無理でもその様子ぐらい見てみたいよね。まるで中世の頃の映画で見たことがあるような世界なのかな?ファンタジー系?」
この半年間で結構増えた洋服や身の回りの小物を、何度もカバンの中から出したり入れたりを繰り返すその様子は、『まるで中学校の時の修学旅行に行く前のはしゃぎ方と変わらない』、とは恭子ちゃんが私にそっと耳打ちした言葉だ。
今度の作戦については、殆ど信じることのできないこの国のトップからのみの情報によるものなので、私としては積極的に参加する気持ちは湧いてこない。
『私たちの気持ちや立場など何も考慮することなく攫ってきた癖して、自分の娘は意に沿わない形の婚姻になったから攫ってっこいなんて、なんて勝手な物言いなのだろうか』
彼らは私たちがこちらの言語を読むことができないと高を括っているけれど、この半年間で私は彼らの目を盗んでこちらの言葉を勉強し、そう難しくない本ならば時間をかければ読み解くことができるまでにはなっているのだ。
巫女姫やエドゥアルドさんたちは、私たちに接する人たちをやたらと制限をし、私的な会話を禁止すらする様子であったけど、そこは綾芽の対人能力を駆使して下働きの同じ年くらいの娘さんたちと好を通じたりして、こちらの生の情報をもらったりしていたのだ。
そのこちらにもあったゴシップ誌のようなものや、ファッション誌のようなものを見せてもらった限り、この国の第一皇女は結果、恋愛結婚のようなものであり、お子さんも生まれていて仲は円満であるらしい。
それよりも気になったのが、もう一つの大国である『帝国』と呼ばれる国の皇帝が、巫女姫に求愛しているとかいないとか、の記事の方だ。
どこの世界でもセレブの恋愛事情は格好のネタになるようで、あまり褒められた雑誌ではないそれを綾芽が持ってきた時には、呆れた感想を持ったものだが、一概に火の無い所に煙は立たないものだ。
その本には、巫女姫と筆頭護衛騎士の話もいろいろと書かれていて、私が確認してしまったステータスの情報からもまるきり嘘でもないことがわかったので、その雑誌の記事が全て眉唾物であるとは言えないのだ。
「……性騎士とか……」
こちらの世界の文字が読めるようになって、一番がっかりした瞬間だった……。
まだ怖くて勇刀のステータスの詳しいところまで読み込んでいない、勇者の前に『性』が付いていたら目も当てられない。
結局、正確な情報を得る方法を持たない私たちはこの国の言う通りにしか動くことはできないのだから仕方がない。
初めての王城からの外出は、転移陣を使っての隠密行動であったから、この街の姿を一目も見ることなく、大きな壁の外側に直接送られ、リューグナー共和国への道行も、道無き道を行くというもので、この世界の一般の人々と触れ合うどころか、目にすることなく進むものになったのだった。
「リューグナーに潜ませている密偵によると、皇女殿下の状況に今のところ差し迫ったものはないと言うことと、皇女殿下の奪還については慎重な下準備も必要なので、日程調整をしながら、街道ではない人目につかない所を通り、転移陣は使わずに馬車でリューグナーまで参ります。途中出会う魔獣の数は街道の比にならない多いでしょうが、それは勇者様方のレベルを上げる贄にはもってこいの相手。演習場にはいないレベルの魔獣や亜人も居るかもしれませんね」
亜人にはまだ遭遇していませんでしたから、その機会は無駄にすることなく討伐することにしましょう。この国では奴隷登録のなされていない亜人は存在が認められていないものですから、魔獣と同じ扱いで結構ですからね。なんて、微笑みながら伝えてくる、姫巫女の護衛筆頭騎士。
袖が長い服を着ている時には大抵腕輪を外すことにしている私には、笑顔を浮かべるそれが醜悪なものにしか感じ取れなくなっているのだが、勇刀は別にしても、綾芽も恭子も腕輪をはめている間は魅了の魔力に抗うことはできていないみたいだ。
これからの帯同行動中は腕輪を外すことは今まで以上に難しいかもしれない。魅了に取り込まれることに気をつけることはもちろんであるが、今の私たちには自分のレベルを上げることでしか対抗する手段は持ち得ていない。スキルでステータスを詳しく見ることができるようになったのも、レベルが上がったからなのだから、もしかしたらこのまま成長を続ければ対抗する手段を手に入れることができるかもしれないのだから。
20人に満たない作戦参加者は2台の馬車と6頭の馬でこの国を出発する。途中人の住む村や街、街道などは一切通らず、であるから勿論野宿で20日近くをかけてリューグナーに行くらしい。この行程が常識的であるのかそうでないのか私たちには全くわからない。勇者といえどもまだまだ半人前以下の私たちを伴っていく騎士が6名程度であることも多いのか少ないのか。魔術師が2名着くそうだが見たところ私たちとそう年齢に変わりなく、とても使えるような雰囲気を一切醸し出していないように見えるのだが、そんなこと本人に『あなたは魔術師としてのランクは如何程?』なんて聞けない。
もうそろそろ腕輪をはめなければいけないかなと、配給された服の裏に自分で取り付けたポケットの上から腕輪を撫でている時に、集まった我々から少し離れたところに立っていた魔術師とよく似た格好の2人に目がいった。きっと腕輪をしていたら気がつかなかっただろう人物達。
……2人のうちの1人。私たちと一緒に攫われた彼がそこにいた……。
記憶すら改竄する力が状態異常にはあるのか、腕輪をしていた期間の記憶は曖昧で、嵌めた人物たちに不利益になるようなことは魅了の障害になると判断されて改竄されているのかもしれない。最近の勇刀の状況を見ると結構気持ちが悪いような様子が多く見受けられるのだ。私たちも腕輪をはめている時の状態がそうであったならば、我々の周りにいる人たち全てが私たちの状態、魅了と隷属状態にあることを疑問に思っていないことになるわけで……信じられる人物なんて全くいないことを如実に表しているのだ。
勇刀は気がついていないと言うか思考に入っていないのだろう、それは今朝から腕輪をはめている綾芽と恭子ちゃんにも言えることであるけれど。
『初めてステータスを確認した時に、アイテムBOXが何とかと聞いた気がする……。彼のことは誰も何も教えてくれなかったから……、いえ、私たちの誰もが彼のことについて疑問すら抱かず、問うこともしなかったからだわ』
出発にあたっての自己紹介のようなものはなく、我々の元に挨拶に来た騎士のみに短い言葉を交わしただけで、2台の馬車の周りを騎士たちの馬が囲うようにして静々と出発していく。
私たちが乗った方の馬車が前を行く。乗り込んだのは我々四人と転移陣を起動していた魔術師の内の一人。彼とはこのままずっと目的地に着くまで同行の人となるのだろう。深くフードを被ったその顔色は一切見ることはできなし、声すら出すことがなさそうなのだけれど。
勇刀は自分も馬車ではなくて馬に乗りたいようなことを言っていたが、警備上それはできないとこの旅程の責任者であるエドゥアルドにはっきりと釘を刺されていた。
野営はしたことがない。私たちの身近な体験としては強いて言えばキャンプが似た様なものなのかもしれないが、私はそれすらもしたことがない。
行程初日は野営の仕方を演練する意味もあり、比較的早い時間に近くに水場のある平らな土地に大きめな天幕を張った。馬車にも積み込まれている様子のなかった大きな天幕が、どこからともなく積み重ねられていて、騎士達がそれを手際よく組み立てていく。
一緒に乗っていた魔術師は、天幕を建てる手伝いはする必要が無いことを我々に言うと、もう1人の魔術師と何やら相談しながら、どこからともなく取り出したそれこそ『ザ・魔法使いの杖』を持ち地面の上に線を引きだした。
しばらくそんな様子の魔術師の後ろをカルガモの子供のようについて歩いていた綾芽は、飛ぶように我々の元に戻ってくると、
「あの線の内側に結界を引くんだって。この辺りは夜になると結構強い魔獣も出てくるらしいよ」
そう言い置くと、また作業途中の魔術師の元へ駆けてゆく。
おどけているように見えて、その実使われる結界魔法を盗み学ぶ気でいるのだろう。
しかし、彼らが使った魔法は『結界魔法』そのものではなく、結界の魔道具で、決められた範囲に結界を張るもので、その張れる範囲をきっちりと見極めなくてはならないのが、広範囲であればあるほど難しいようだ。
1人が決めた結界範囲の線の上に等間隔で結界の魔道具を地面に埋めて行く。そして一定量の魔力をその魔道具に送り込んで行く。
その様子をしばらくは見ていた綾芽も半分も終わらない間に飽きたのかこちらに戻ってきた。
何もしないで馬車の扉の前で突っ立っているのも気がひける。馬車が置かれているところとは反対側の結界の中に土魔法で簡単な竃のようなものを作っている魔術師を見つけた。その横では、例の彼が何も無い空間から鍋や釜のようなものを取り出している。食材を持っているのは竈を作っていた魔術師のようで、御者をしていた騎士?とともに食事の準備にかかっているようだ。
彼は、天幕を張っている騎士に何か呼びつけられたようで、走ってそちらに向かって行った。
「一応私たちも女の子だし、料理作るの手伝おうか?」
好奇心があちらこちらに向かう綾芽は、体半分すでに竃の方に向かいながら私たちの方を見つめてくる。静かに恭子ちゃnは頷いているが、はっきり言って私は包丁とか一度も持ったことも無い。迷っていると、その場に今回一緒に行動をともにする王の弟に当たる殿下が我々を呼んでいる、と殿下の従者?のイケメンが伝えに来た。
綾芽は数歩竃の方に向かっていたその体を殿下の座っている方向に修正すると、呼びに来たイケメンを追い越す勢いで優雅にお茶をしているその殿下の元へ走って行った。
話をしているのは9割がた綾芽で、その話に律儀に笑顔で反応を返している殿下と、その後ろで微動だにしないイケメン従者。私はその様子をぼんやりと眺めながら、視界の隅の方でずっと動きっぱなしの彼がどうにも気になって仕方がなかった。
久し振りにきちんと顔を見た感じのする勇刀は、私と違った意味でボーッとしている感じがして心配していた魅了の悪影響が出ているのかもしれない。
調べた限り、魅了はその進行具合が進むと思考力の低下とともに、魅了相手への依存度の上昇と、まるで前の世界の麻薬中毒と同じような症状が現れてくるらしい。
「何それ!恐ろしい……」
調べた結果を2人に知らせた時の正直な感想。もちろん私も同じ。
言葉がわからなくなることはとても怖いことだったけれど、麻薬中毒のようになって、姫巫女やその周り、この世界の人々の言いなりになることの方がよっぽど怖い。それまで余り言葉の習得に対して積極的になっていなかった2人も、危機感をもったみたいだ。
勇刀にも勿論知らせたかったけれど、聖剣の担い手たる勇刀は、彼ら曰く正統な勇者と言うことで、お付きの人が居ない行動をとることが禁止されていたこともあり、彼らに気付かれずに会話をすることがほぼ困難な形になっていた。
私はこの半年あまりで聞くこと、話すこと、書くこと、読むことが、腕輪をしなくてもほぼ遜色なしにできるようになった。
恭子ちゃんは元から話すことが少なかったことと腕輪をしなくても聞き取りはできるようなので、話さなくてもOKな彼女も腕輪をしなくても支障はなさそうだ。
ただ、話すことが大好きな綾芽は、どうも語学自信が苦手であったようで、その先入観も伴って特に話すことが難しいようだ。今までとあまりにも態度を変えることは得策とも言えず、さりとて腕輪がないと話せない。私たちの3人の中で一番長く腕輪をする羽目になっているわけだが、1日の終わりには私が気休めかもしれない回復魔法で癒すことで、心の均衡を保っているのが現状だ。
今回の作戦中は不足の事態もあるかもしれないので基本は腕輪を装着することにしている。
袖が長ければ腕輪は確認することはできないが、寝る時もしっかりとした壁や扉があるわけでもないので仕方がない。ただ、魅了の元、魔法を掛けている大元と思われる姫巫女様がこの場に居ないことが、まぁ気休めに過ぎないかもしれないが、救いと言えば救いかもしれない。
勇刀のぼんやり具合はとても心配で、これは魅了の進度が我々よりも進んでいることが窺える。
私たちも腕輪を外して自分の行動を思い返してみると、姫巫女側の意向にそった、そして正常ならば決してしないような行動もとることが段々と増えてきている気がして、どんよりと落ち込むことも度々だ。
今の勇刀は自分の意志で判断することが極端に減ってきている段階で、今も直接行動について指示できる姫巫女が居ないことで、行動が散漫になっているのだろう。今回の行動中は我々全てに対してエドゥアルドが指示を出すことになっているが、二次的な指示になることからぼんやりとした人形がそこにいるかのような状態になっているのだ。
どうも巫女姫側は我々に隷属と魅了の腕輪を付けていることを関係者以外には知られたくないようで、公の場に出るときなどには隠蔽の魔法を腕輪に上掛けさせられている事を最近知った。今回は、常にそのような魔法を掛ける余裕も無いようで、自分から腕輪を隠すように命令されていたりする、出発時に姫巫女から。
王弟殿下の事は、今回の事が有るまで全く知らなかったのだが、感じられる魔力量は増大で、ここにいる魔術師たちなど足元にも及ばないことが窺える。しかし、それもこの場に来てから感じたことで、姫巫女たちからはそのようなことを全く聞かされることもなかった。
そもそも、ここまでのイケメンで王族であるならば、例の綾芽がもらってきたゴシップ誌に何かしらの情報が載っていても不思議では無いのに、全く載っていなかったことが逆に不思議だ。そもそも王弟と言うくらいなのだから、あの王の弟なのだろう。年が離れ過ぎている気もするが、そもそも何人も奥さんを持てる王族にしたらそう不自然なことは無いのかもしれないが……。
野営を行うときや、何かしらの準備を行う上で、召使いたちが忙しく働いている時には、上に立つものはその準備の足手まといにならないように、邪魔にならない場所で静かにこのようにお茶でもしていることが常識である事をおしえてくれた。
今度のこのパーティーの中で上位者に当たるのは、勿論この目の前にいる王弟殿下であるのだが、私たち勇者も、この国の身分制度の上でも王族と準ずる扱いをするものと位置付けられているらしく、ウロウロと手伝いをしようなどとうろついてはいけない立場の者になるらしい。
我々のお茶会?は野営の準備が完了し、夕食の準備ができるまで続いた。
何を見ているわけでも無いが、思わず例の彼に視線が向かってしまう私に、いつから気がついていたのか、さり気なく他の3人の注意が向いていない時に王弟殿下が小さな声で私だけに問うて来た。
「彼の事が気になりますか?」
いきなり意識を剥ぎ取るように向けられた小さな問いかけの声に、体が過剰に反応し大きく肩がはずんだが、問うた本人はそのことに全く気もつかなかったように、静かにお茶のカップを傾けているだけで、私の方を向いてもいなかった。先ほどの声も直接殿下の口から発せられたものではなく、何かの魔法だったのかもしれない。
それに……私からの答えも特に求めていないのかもしれない。
相変わらず、弾丸のように言葉を吐き出している綾芽に、うっすらと微笑を浮かべたまま小さな頷きを返している殿下の姿に、私はただ殿下が何の意図を持って、態々私にその問いかけを送ってきたのかを、唯グルグルと考えていた。
いつの間にか3月も終わりです。
今回は文字数が多い上に、行きたい場面まで書ききれませんでした。
次も挿話で、視点を雅のままで行くか、他の人物で行くか迷っています。




