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第 29 話 王弟殿下 3

「今日の茶番劇に君を出席させる予定は無かったようなのだよ彼らには……。只の道具として使い潰すつもりなのかな…。まぁ、そう言う私も今度の作戦には全く絡んでいないし、今日の事も全く知らされていなかったが……」


 殿下は背後の騎士に振り返り無言で一つ頷く。騎士はそれで理解したのか、頭を一回下げると彼の後ろの扉を開けて姿を消した。っと間も開けず書類の様なものを持って出てきた。それを恭しく殿下に渡す。受け取った殿下はその書類を俺の前のテーブルに滑らせる。


「この城に帰ってきたのも昨日でね、今日の茶番にも出席予定では無かったのだよ、姫巫女(あちら)の計画では」


 なにがおかしいのか殿下は口元に薄い笑いを浮かべて、俺に書類を手に取るように促す。


「リューグナーとの話し合いがこんなに早く終わるとは考えてなかったのだろうね、と言うか話し合いの途中で私が帰って来ただけだけど……。本当は私がリューグナーにいる間に行動を起こして、あわよくば諸共って考えていたみたいだよ……結構この国に貢献していたと思うのだけど……」


 指し示された所に目をやると、リューグナー共和国に於ける作戦上の自国民の扱いについて書かれている箇所に、『第一王女以外の王国民についてはその保護を考えない、貴族王族であってもその例外は認めないで良し』と書かれていた。つまり作戦決行時リューグナーに居る予定であった王弟殿下の生命は失われても構わない、保護するつもりはないという事で……。


 書類から目を上げるとこちらを見つめていた殿下と目が合った。


「国の上げている報告書は元々いい加減なものが多いのだが……君の事が書かれているこの報告書は全く信じないものとしよう」


(そう言えば召喚者は全てこっちの言葉すら話せない事になっていたな……)


 腕に嵌められている呪いの輪っかの事をすっかり忘れていたよ、文字なんか全く読めないはずなんだよね、勉強していたとしてこの短期間でこの様に難しいマル秘報告書をスラスラ読む事は……できないよなぁ……。


 なんか心の中のケイも呆れている様な気がする。


 人の悪い笑みを口の端に浮かべてこちらを見つめている殿下。


「今までのこの国の君に対する仕打ちを考えれば、同じ穴のムジナである私の事を信じてくれというのは烏滸がましい事であるし、私が君の立場であればとても頷ける事ではないとわかっているが……このままではお互いいい様に使い潰されるのが落ちだ」


 殿下の微笑みは益々黒さを増していく様な気がする。それに伴い部屋の温度も段々と下がっていく、これは気のせいではなくて殿下の体から魔力が滲み出ているからか……殿下は氷魔法が得意なのかな……思考がおかしな方向に逃げていくのは勘弁してほしな……なんか本当、この部屋から逃げ出したい……。


「今回の事が決定打だな……私は今のままの玉座の維持をもう望まないよ……」


「シャルク殿下……‼︎」


 扉近くに控える様に気配を消して立っていた騎士が思わずといった感じで声を上げた、居るのはわかっていたけどいきなりの声に驚いて肩がびくりと震えてしまった。


「大丈夫。この部屋の防音はこの城の中で一番硬い、知っているだろう?」


「そう言う事を言っているわけではなく!」


「わかっているよ。彼方は神憑りだからな、幾ら防音の魔法を掛けていてもどこで聞かれているかもわからないと言いたいのだろう。……しかし、いくら当代巫女姫が女神に愛された存在だとしても、この世の全ての事象を把握できるほどこの世界の女神様が優れていらっしゃるとはとても思えないしねぇ……。もし仮に女神様にそれほどの力があるとして、受け取る方の巫女様があの出来だよ。気にする事もない」


「……」


 俺の存在は無視して、主従?の会話は続いていく。


 しかし、地球とは違ってこの箱庭世界は神の存在も神託という形で顕現しているので、神は確かに居る者として捉えられているらしい。実際色々と口だけでなく手も出しているみたいだしね、ここの女神様(お嬢さん)は授業のポイント稼ぎで……。


 とくにこの箱庭は過去に色々やらかしていると天使様(オネット)は言っていた。約一千年に一度、この箱庭世界の文明社会はその歴史を途切れさせているらしいし、特にこの代の一つ前はこの大陸を三等分するほどの文明の崩壊を起こしているのだから……。


(今の時代の人達はこの箱庭世界の歴史を知っているのかな?)


 殿下たちの会話に気を回しつつ、心の中でケイに問い掛ける。


『コノ世界ニハ長命種ト言ワレルエルフヤハイエルフガ居マスカラ、彼ラハ時代ヲ超エテソノ歴史ヲ知ッテイル思ワレマスガ、60年程シカ寿命ヲ持ッテイナイ人間ハソノ自分達

 ニ不利ニナルコトハ無イ事ニスルトイウ性質上、詳シク本当ノ事ハ知ラ無イト思ワレマス』


 何気に随分とケイの言葉がスムーズになってきているな、スラスラ話せる様に成るのはもう一歩という所か……って、そんな事じゃなく、この世界を動かしている人間の王族達の歴史観とか世界観とかその様な事も知っておくことも大切かもしれない。目の前の人に今すぐ聞く勇気は無いけれども……。


 俺が色々心を巡らせているうちに、主従の話し合い?も終わった様で、騎士殿は扉の近く定位置に戻っていった。


「君には何も情報を話すことなくこちらの要求を受けさせる事ができる立場に一応私は居るわけであるが、それは私が全く持って認めたく無い奴らと同じ所に堕ちることだから、対等な立場として君と対峙したい今、私の持っている情報を全て晒した上で君の力を貸して欲しいと思う」


 口の端からあの黒い笑みを消して、イケメンぶりが二段階程上がった気がする表情で、幾分姿勢も正して王弟殿下が俺の正面で対峙する。


 それから、殿下は自分がリューグナーでどの様な交渉をして来たのかの詳しい内容と、今回の侵攻〜少人数ではあるがこの世界で並ぶ者が無い力を持つ(かもしれない)異世界からの勇者が敵対する立場でその国に侵入するのであえてその言葉を殿下は用いた〜の原因であるとされている第一皇女とは、この国に引返す前日まで顔を合わせ、その折には夫君であるリューグナーの首領も一緒に会話し、傍目にも仲睦まじい様子であった事。勿論第一皇女も王族であるのだからその結婚は政略であったけれど、一目会った時からお互い一目惚れであることを隠すことなく、結婚5年目にして子供が四人いることからもオシドリ夫婦が事実である事を世間に知らしめているのだとか。


 だから、先ほどの宰相が侵攻理由に挙げた事柄が嘘である事は、この国の平民であっても分かるのだ。


「あの茶番劇の中でその事を知らなかったのは、君とあの壇上に上げられた勇者達だけであろうよ」


 悲劇のヒロインである第一皇女をたすける勇者達。


 今や三文小説のストーリーでも見る事の無いベタなネタ。


「今頃、姫巫女を筆頭にあらゆる者達からおだてられ、頼まれ、持ち上げられてその気になっているのだろうから、周りを王族(上の者)の意を十二分に汲める少数の者達で固めて速やかにリューグナー共和国に送り込まれ、第一皇女(ヒロイン)の気持ちを聞く事なくこの国に連れ返り、そしてあっという間もなく彼女はムーティヒ皇国に人身御供の如く嫁入りさせられるのだろうなぁ」


 ムーティヒ皇国の皇帝は御歳70歳のご老人で、その息子も既に50歳近く、両方とも後宮と幾十名の妾妃を持つ専制君主の国で、第二皇女に随分とご執心である事が、この城のものであるなら誰にでも知られている人物であるらしい。


 人間や亜人が住むゲッティン大陸にある三大国家の一つである実力第一の軍事国家であり、人間が治める国ではあるが力を持つ獣人をその軍の配下に置いていることで、一応人間以外の存在も一定の条件下で認めている国であるらしい。因みにもう一つの大国であるリューグナー共和国は、周りの様々な国や他の大陸の国々と商売交易を行うために、人間以外を認めないリュゼ神を国教としているものの、表立って他の人種に対しての迫害を行ってはいない。それが第二皇女達には我慢ができなかったのではないかと王弟殿下は言う。


「5年前は政治上リューグナーと手を結ぶ必要があり第一皇女を駒としてそこに送ったが、今異世界の勇者をその手にした事でリューグナーは元よりムーティヒの力さえ脅威ではないと考えたのだろう。求めるのはゲッティン大陸の統一を超えた上でのトイフェル、ガイスト両大陸の侵略。手始めにリューグナーから第一皇女()を取り戻し、第二皇女(自分)の代わりに与える事で油断を誘い、間を置かずに全ての国を手に入れる。そんな野望を神託と言う形を取ってこの国に行なわそうとしているのだ」


 王弟殿下は、これまでの自身の入手した情報からあくまでも推測である事を前提として、俺にこれまでの神殿側の動きとこれからの行動予測を聞かせた。


 ここまで話していいのだろうかと、聞かせられた俺が思うほど仔細にそして大胆に。それはとても王弟殿下にとって危ない事なのだと、お付きの騎士の様子を見ればわかる程に……。


 そんな俺の心持ちが知れたのか。


「私はこれでも人を見る目には絶対の自信を持っているのですよ。でなければこの伏魔殿で22年間も命を繋いで置ける事はなかった筈なのだから」


 自嘲したような笑みをうっすらと浮かべて、最後の方はまるで独り言を呟いたような声音で、その視線は俺の顔を通り過ぎ、遠いどこかを探しているようなそんな風に感じられるものだった。


 殿下の後ろに影のように控えていた戦闘侍女さんの、今までは能面のように動かなかった表情が辛い何かを噛みしめるような色を浮かべた事に気が付いた、そしてその事に驚いて目を瞠ってしまった事は(ケイには勿論ばれたが)内緒だ……。


 あえてそれ以上は語らないようで、俺も聞きはしないが、ケイがどこからか仕入れてきた殿下の家系図やその他諸々からの粗推測ではない事実に、心の奥底で殿下が確かにこの歳まで生きてこられた奇跡と、この程度の腹黒さでいられたことの二重の奇跡に無条件で味方になってしまうかも知れない自分の甘さも思い知るのだった。


『ケイの情報能力のチートさに味方なのにひいてしまう思いが湧き上がるのはなぜかなぁ……。俺なんて考えている事の全てまでも天使様(オネット)には丸裸にされている事を実感させられたからかなぁ』


 ケイはオネットからのギフトであるユニークスキルの賜物だし、彼女?の力がないととても俺はこの右も左もわからない敵だらけの世界を生きていく事はとても難しいものだろう。納得しているが、なんだろう心の底まで見られるのは…そう恥ずかしいのだ。きっと自分だけであったら気づきもしない心の奥の真実まで覗かれているかも知れない、いや、かも知れないではなくここまで仔細な情報が得られる事は、ケイが上位の存在であるオネットとリンクしている事を表している事に他ならないのだから。


 小さい人間である俺1人と等価交換とは全く言えないぐらいの恩恵を受けているこの身とすれば、ナニオカイワンヤ、なのだから、割り切るしかないのだけど……。


 とてもシリアスな空気が漂う中、そんなこの場には全くそぐわない事を考え落ち込んでいる事を素振りにも見せず、神妙な面持ちで殿下の次の言葉を待っている俺がいた。



腹黒眼鏡副宰相にするはずだったのに、なんか良い人になってしまった王弟殿下!

でも、誰しも人間自分が一番大切だよね、ってことで……。

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