第 17 話 三の曲輪 北演習場 3
今日は何時まで掃討を続けるかきっちりと決めてはいなかった。色々と初経験の事が多いだろうから、疲れたらおしまいにしよう、とだけ決めていた。
朝からの魔獣とのエンカウントは想像していたものよりも随分と多かったが、時間的に活動時間が短いせいか身体の疲れはほとんど感じていない。
周辺に害獣がいない事を確認して、朝作ってもらった弁当を食べてからこれからどうするか決める事にした。広々と周りを見渡せる丘の上、ピクニック以外のなにものでもない気がする……。
少し冷たい北からの風に乗って、焦げ臭い匂いやザワザワした物音が微かに聞こえる。
俺もネルケも共に何となく音や匂いのする方に意識を向けていた。
さっきまでほぼ北の架け橋近くから動いていなかった奴らが、今までとは桁違いの速さでこちらと言うか演習場の中央方面に向かって近付いて来ている。
「……今日はもう帰ろうか……」
何となく面倒事が近づいてきている気がするし…俺が疲れた事にして帰ろう…。
サーチを使って様子を伺う。彼等の周りにいる騎士?達は基本手は出さず自分達の身のみ守っている様だ。奴等はスライムでも一角兎でもない何かに追いかけられている様子だ。バンバン火属性魔法が使われているのがわかる。
どんどん大きくなる喧騒にネルケも気付き俺の言葉に頷き返す。
奴らが何に追いかけられているか少し気にはなるが、君子危うきに近寄らず。途中足止めを喰らって追いつかれては目も当てられないので、サーチをバンバン使って何も居ないところを縫って東の石橋近くの入口を目指した。
全く何ににも会わない事に少し怪訝な様子を見せながらも、何も言わず着いてきてくれたネルケ。俺のことを信頼してくれている証のようでとても嬉しい。
演習場を急ぎ足で脱出すると、示し合わせた様に俺たちの口から深いため息が漏れた。
何となく可笑しくなって二人して腹を抱えて大笑いしてしまった。そんな俺たちの様子を見た入口を警護している騎士達が、怪訝な顔をしてこちらを見ている事が可笑しくて暫くその大笑いは止まらなかった。
冒険者になって暫く経ちこの演習場に慣れているネルケも、全く初めての俺を連れていつもと随分いつもと様子が違うがう演習場に緊張していたのだろう。俺に付いては言わずもがな。肩は凝っているしシャツは何となくしっとりしている気がする……。
(直ぐにでも風呂に入りたいけど……水浴びかな……)
寂しいけれど、まだネルケに俺の秘密の一端である風呂の事を告げる事の踏ん切りがつかない。
(今回の事がチャンスかもしれないけど…。)
今日の成果とたわいない話をしながら寮に向かうものの、心の中はそんな葛藤が渦巻いていた。
寮に着いたのは昼食も終わって暫く経った時間だったので、水場の近くにも寮にも人気が殆ど無かった。
二人共無言のまま水場に向う。
とりあえず、この世界で普通に行われている風呂に変わる沐浴をするためにいつもは浴槽としている大きな水桶に近付く。
「……」
手を入れてみると結構冷たい。そんなちょっと躊躇っている俺の横で、ネルケはスルスルと着ていた服を脱いで沐浴を始めていた。
「…エーイママヨ!」
「⁈」
すいません、都会育ちの日本人です。冷たい水を浴びる事なんて出着ませんでした…。
そうです、横で驚いているネルケ君は俺の気合の声に驚いたのではなく、その声の後にやってしまったお風呂魔法に驚いたのです。被っていた水がいきなり42度のお湯に変わったので…。
水を浴びるために使う小さな木桶を持ったまま固まっているネルケを横目に見ながらお湯を浴びる。さすがに水桶の中に浸かる事まではしないよ。
「説明は後でするから、湯が冷める前に済ませちゃおうぜ」
「…」
言葉もなくネルケは俺の言葉のままに湯浴び?を済ませた。
二人共サッパリして部屋に戻る、着替えを持って水場に行った訳ではないので腰にシャツを巻いただけのほぼ真っ裸に近い格好のまま部屋に急ぐ。
何時もなら部屋まで転移魔法なんだが流石にそれはね……。
誰も居なくて良かった。それぞれの部屋で着替えたのち俺の部屋で説明会だ…。
アイテムBOXの中身の処理ももの凄く気になっているのだが、まぁ先ずはさっきの風呂魔法の事だろうなぁ…。
ベッドに二人並ぶ形で座る。
どう言い訳をするか、それとも……。
言いまどんでいる俺に気を使ったのか、悩んでいる様子を見せながらもネルケが先に口を開いた。
「…ビックリしたけど…確かに水浴びなんて貴族だったらしないもんね…自分でお湯にしちゃうなんて凄いよ…誰にも言わない。言ったらみんなやってくれって言いそうだし」
直ぐ横にあるネルケの顔には苦笑いが浮かんでいる。途中聞き捨てならない単語が聞こえた気もしたが、俺の良い風に誤解してくれるのならば訂正するまい……。
ほぼ毎晩皆んなが寝静まった後に風呂に入っている事を自供した俺は、タイミングが合えばネルケもその湯浴びに参加する事を快諾してもらうのであった。
今までも俺が魔術的に色々とやらかしている事を何となく察知していたようだ。例えばこの風呂魔法だとかちょとした寮内の転移だとか、部屋の中でサーチを使っている時とか、何の魔法かは今でもわかっていないみたいだが魔力の感知?というのかそんなもので魔法を使っている事を感じていたらしい。それが今日の出来事で、もしかしてが、やはりそうか、になったそうだ。
確かに今日、俺が何かに違和感を感じた時、少し遅れてネルケも何かに感じたみたいな様子は何度も伺えた。
俺もこの世界で暮らしてみて初めて、どれだけこの世界の種族や階級が生活する上でものを言うかがわかった。
つまり人間至上主義の大本山と言えるこの王城の中で働くと言うことは、いくら平民扱いの三の曲輪の住人といえども本当の普通の平民では無理ということだ。
全然使えない準騎士爵のおっさんが頭をしていることは置いておくとして、この三の曲輪で働いている全ての人が、何かしら貴族に関係する人々である。という事。
たとえば、女人足頭であるパルメも、まるで下町のおかみさんみたいな姿からは想像ができない王太后様の侍女であったとか…。(商人である旦那さんと結婚した事を期に侍女をやめたが、お子さんの手が離れたので、請われてここで働き始めたとか。)
例の勇者たちが来た後行われた歓迎会の時、いきなりの実施で王城の侍女の手が足りずパルメもかりだされた、その歓迎会での侍女姿を偶々見かけて、その時点では全く彼女であると気が付かなかった。服装が変わるだけで周りからの扱われ方もコロッと変わるものなのだ。物腰もいつもの大阪のおばちゃんチックとは真反対の淑女だったし…。
パルメの例は極端としても、解析の結果が真実であるとすれば、平民であっても難しいのに、孤児院の出身であるネルケがなんのコネや後ろ盾も無しにこの三の曲輪で働く事は無理な事である。つまりネルケはただの平民の孤児ではないという事なのだ。
そんな前提が、ただの平民ではこの三の曲輪で勤めることができないと言う暗黙の了解があるからか尚更、俺はとある貴族の落とし胤説が真実味を持って囁かれてるのだし…。
意識して見れば、ネルケの所作もそう粗野では無い。しかし、ネルケが出身孤児院とされている所にちょくちょく顔を出している事も真実だ。
俺は、隠しているかもしれない真実を暴き出す手段を持っている。
今この瞬間にも、魔術を使ったという違和感をネルケに与えるかもしれないが、いつの間にいかレベルアップした解析を使えば、以前サラッと覗き見した時のステータスと全然違うものを見る事ができるかもしれない。だけど……誰だって隠していたい秘密の一つや二つあるものだ。
たいして知らない間柄だから伝えない事、よく知っている者だからこそ伝えられない事。
俺だって教えていないでっかい秘密が有るじゃないか。
秘密を知りたかったら自分から話す事が筋だろう。それを進んでできない俺は、たとえ知る手段が有るとしても、それを使ってはいけないのだ。
友人関係で大怪我どころか、殺される位の経験をした事がある俺は、友人という繋がりに必要以上に神経質に、そして臆病になっていることを自覚している。
だから、ネルケの方からその秘密を話してくれるまでは、俺もこちらから進んで話す事は勘弁して欲しいと思っている。一つの逃げだとわかっていても……。
不自然に開いてしまった会話に、どうにか軌道修正しようとして尚更挙動不審になってしまった俺は、無意識にアイテムBOXの中から熱々のお茶と、随分前、ネルケと初めて一緒に行った時に買ったホーンラビットの串焼きを取り出していた。焼きたてを直ぐアイテムBOXに突っ込んだのでこちらもまだ湯気がたつほどの状態のままだ。
「何度見ても思うけど、不思議だよね〜。何にもない空間にいきなり物が出現するのが」
いつもならばもう少し気を付けてさりげなく袋などから取り出す形を取るのだが、心ここに在らずの状態だったためか、魔法のごとく(魔法だけど…)いきなりその場に浮かぶように存在させていた。
そんなことを全く気にすることもなく、美味そうに肉串を完食したネルケに
「そういえばあの時甘い物も買ったよね」
と、デザートまで催促され、先程までの微妙な空気を全くなかった事のようにより現実的な話題へと話を進められた。
「お腹の方も人心地ついたし、今日の戦利品の確認に行こうか」
何時もはこんなにたくさんの獲物を持って帰ることはないので後始末も簡単に済ませる事ができるらしいが、今日はそうにもいかないくらいの大量だから、とりあえず人目のない作業の出来る場所と言う事で、さっきの水場(風呂場?)にUターンする事になった。
間隔が開いてしまってごめんなさい。m(_ _)m
頑張ります!




