第 9 話 図書館と魔法
俺は 無駄に立派な防音結界と偽装を施した水浴び場の水桶浴槽の中で、ゆったりとお湯に浸かりながらこれからの行動についてシミュレートしてみる。
まず考えたのは全く噂は聞かないが、わざわざ召喚までして送り込んだ勇者をこのまま何にも使わずに置くはずは無いという事に付いてだ。
女神の神託はまだ暫くの間下る事は無いだろうが、抜目の無さそうな王族の様子を見ると、このまま神託を待つ事無く何がしかの行動を起こす事は間違いないだろう。
もしもこのまま表に勇者の存在を認める事が無いまま彼らの利になる事をやらされるのであれば、余り褒められた事をやらされるとは思えない……。
とにかく監視の目が薄れた今、時間のある内にできるだけの準備はしておかなければ幾ら高スペックの身体をもらったといえ、いつ何があるかわからないのだから……。
そう容易く自由行動を取れる身ではないが、休みである明日と言うか今日の朝には、街中の様子に詳しいネルケに聞いて王城の西にある入館料さえ払えば誰もが使えるという図書館と、中央広場の近くに在ると言う冒険者ギルドの支部長に冒険者登録をする事を目標に置いて行動する事にする。
余りにもこちらの常識に疎すぎて、『何処かに監禁されて育てられた貴族の落とし胤』という説がまことしやかに囁かれ、遠巻きに見られているのを実感するに至って、周りの人達からの情報収集だけでは間に合わないと感じたからだ。
この前、別に意識もせず何気無く「ここには雪が降るのか」と訪ねた事が俺の落とし胤説に拍車を掛けてしまった。
こちらの世界に攫われて一ヶ月。
1日24時間である事や1年間が360日である事を知り、地球とほぼ変わらない事からすっかり忘れていた。
ここは太陽の周りを公転している訳でも、自らが自転をしている訳でも無く、ましてや球体でも無い神が完全に管理するシステムの元存在する箱庭の様なものである事を……。
「雪」の質問をした時の、全くかわいそうなものを見る様な表情を浮かべたネルケの顔と、優しくたたかれた俺の肩……。
「雪ってあれだろ?白くて冷たくて雨みたいに空から降ってくる、っていうやつ。……あれは悪魔大陸だけに見られる自然現象だろ。物語でしか知らないけど……。ここで降るはず無いじゃないか」
そんな事すら知らないのか?と言う追い打ちまではかけられなかったけれど、ネルケの顔は間違いなくそう言っていた。
この質問以前にも、この世界の常識をまるきり知らない俺は随分とヘンテコな質問を繰り返していたと見えて、初めの格好(ゼル◯のリ◯クもどき)や、ここに連れて来たのが近衛の騎士だった事、庶民にはあまり見られない髪の色や目の色も相まって、『結構上級の貴族の表に出せない落とし胤で、隔離監禁され育てられたため常識を知らないアホな子』と思われているようで、最近はそれに、枕詞として『その監禁場所から逃げてきた』と言うのまでつき始めた。
その噂のお陰か、貴族や三の曲輪以外の人物が関わる場所には顔を出さ無くてもいい様に気を使ってくれているのは逆に今の俺には助かっているが……。
そんなこんなで、随分と普段の生活が落ち着いてきて尚更、この世界の常識や今まで触る事が無かった魔法についても考える時期が来たのだと思う。特に魔法についてはこの三の曲輪には魔法を使えると人がほとんど居ない事もあり、誰にも見られ無い気づかれ無い事前提で勝手に作り出し使っている状態だ。
今自分が使っているこの魔法が非常識な事は流石にわかっているつもりだ。
表向きにも俺が何故か(女神(笑)の加護が無いのに)魔法を使う事ができるのは知られているので、簡単な空間魔法であれば使った所で問題は無いが、使い方がよくわからない……。この使い方というのは、つまりどんな詠唱が必要とか、必ず杖の様な魔法媒体が必要かどうかと言う、この世界なら常識である魔法についてのあれこれだ。
もうすでにやらかしている感が充分な気もするが、事魔法に関しては下手に利用されるのも面倒で、そのために態々偽装隠蔽しているのだから魔法の常識を知る事ができる手段があるのだったらそれ(図書館)を利用したい。
それと、まだ持っていない攻撃魔法を習得するには剥奪を使う事が一番手っ取り早い。ただし剥奪は倒した相手からランダムにスキルを奪うものであるから倒さない事には始まらない……。
人間から奪う、つまり人を倒すと言う事は殺す事になる。
魔王でも鬼畜でも無い俺が、流石に全く利害関係の無い罪も無い相手からスキルを奪うためだけに殺人を犯す訳にはいかないし、そんな事したくも無い。
それだからこそ『冒険者ギルド』に登録し、正規の手段で魔物からスキルを奪う事が理想的な方法と思えた。
「まあそのうちそんな事も言っていられない、えげつない事をやらされるのかも知れないが……」
自分たちと同じ種族『人間』以外全て『亜人』と言う括りで差別をする奴らからすれば、『亜人』である俺たちに『亜人』を殺させるのに何の戸惑いも無いだろう。
俺の好きな少し高めの42度に保たれた浴槽の中に、一度頭の天辺まで沈んでから立ち上がった。
一瞬で全ての水分、身体に纏わりついているものも、浴槽の中に入っていたお湯も、人の居そうにない三の曲輪外の堀に転移させて、水桶にクリーンを掛けた後水を満たして、証拠隠滅。結界等全ての魔法を解いて、転移で部屋に戻る。
真っ裸から、簡素な夜着を身につけて堅いベットに横たわりながら思った。
「こんなに長い時間浸かっていても湯当たりしない状態異常無効と精神攻撃耐性が守ってるくれる事に期待して……」
5時間位は眠れるかな、と思いながら目を閉じた。
朝、食事を終わらせるのももどかしく図書館に行くように迫った俺に、ネルケは又あの可哀想なものを見るような表情を浮かべて、
「こんなに朝早くからやっている店もお役所も無えよ……乗り合いも動いて無いだろう」
ゆっくりと硬いパンを咀嚼しながら、まだ半分眠っているような調子で俺の相手をする。
言われてみれば御尤もな事で、無意識に腕時計がはまっていた左腕を確かめて、そこに腕時計ではなく胸糞悪い例の腕輪を見つけて顔を顰めた。
そんな俺の表情を不思議そうに見上げながら、ネルケは首を傾げている。
腕輪外そうと思えば容易いが、奴らの目を欺くためにも暫くの間付けておかなければならない。そんな事よりも、時間を有意義に過ごすためにもネルケを説得しなければ……。
ネルケは乗り合い馬車でゆっくりと出発し、昼前くらいに図書館に着けばいいと言っている。
しかし……乗り合いを待っていてパルメが出勤して来たら下手すると仕事を振られるかもしれないと呟くと、ネルケは慌てたように立ち上がり、
「すぐ準備して来るから!」
と、言い置いて食堂から急ぎ足で出て行った。
俺は準備する事なく(何時も全て持ち物はBOXに入れてあるので)、一杯茶を飲んでから寮の出入り口に向かった。
待つ事なくやって来たネルケと共に、まだ乗り合いも無い事から歩きで東の橋に向かった。
「西の図書館に行くには中央に向えば楽なんだけど、特に俺たちは中から中央の大橋に近付く事が禁止されているし、今から登城して来る上流貴族も多いから面倒だしな」
堀を渡ってぐるりと王城を半周する長い距離を、普段は馬車の速さで見えなかったり気付かなかった事に目を留めながら歩く。
何時もは右折し中央広場に向かう東西を分ける大通りに差し掛かる。
これがこの世界の渋滞か?
長々と連なる小さめな馬車の横を、大きく豪奢な馬車が悠々と誰何される事なく王城内に吸い込まれて行く。
大きな馬車の足が途絶えたところで王門の前を横切った。
馬車が入るために大きく開かれた門の横には人が通る為の通用門もあって、歩きで登城して来た人がステータスカードを翳しながら入って行く。
自分達はその流れに乗る事なくそのまま通り過ぎると、建物の造りの一つ一つが大きくなった西の貴族地区を抜けて行く。
出会って少ししてから話してくれた彼の出身の孤児院はこの地区を抜けた先、神殿の足元にある結構大きな施設であるらしい。
今日は西地区が初めてで全く知ら無い俺を図書館まで連れて行って貰った後は、調べ物でどの位時間がかかるかわからない事を理由に自由行動にして貰った。
寮に帰るのをが遅くならない事を約束して図書館前で別れる。
折角ここまで来たので、ネルケは今日1日孤児院で過ごす事にするらしい。
図書館は、西側三の曲輪内の行政庁地区入り口に掛かる橋の手前に建つ大きな建物で、神殿と外装が良く似ている。
小一時間位入り口辺りで待った後、図書館が開館すると同時にてステータスカードを見せ保証金小銀貨二枚(200GZ)払うと、司書(?)のような人に魔法書の置いてあるところを尋ねた。初めて図書館を使用する者に限って案内が付くという事で、少し待たされた後入り口にいた人より随分と若い中学生に見えるかどうか位の神官見習いらしき少年が案内をしてくれた。
ここを利用するのは隣に併設されている神学校の生徒か、これも併設と言うのか王城二の曲輪内にある魔法学校の生徒が使うくらいで、一般人や冒険者などで使う人はほぼ居ないらしい。(学生は何処の学生でも使用料は取られないそうだ)
今日の俺の格好はフード付きの長いローブなので、傍目からは珍しい冒険者の魔法使いに見えるようだ。
神官見習いの坊やからはキラキラとした瞳を向けられ、魔法書の背を撫で探すその横で質問したくてしょうがないオーラを当てられ、あまりにも簡単な入門書は手に取る事が躊躇われて困った。
1時間近くそうしていただろうかもうそろそろなんとかしないとな、と言う思いを強くしたところで少し上級生っぽい少年が呼びに来た。
小さい方は随分と後ろ髪を引かれている様子だったが、
「助かりました、ありがとう」
と、微笑みを浮かべながら頭を下げると、何故か呼びに来た上級生と共に顔を真っ赤にしながら書庫から出て行った。
何冊か抱え込んだ本を持って、テーブルの設置されているスペースに向かう。
薄暗い書庫の中魔導ランプが手元を照らす。
集中して文字を目で追う。
以前では考えられない速さで本を読み進める。
内容もスルスルと頭の中に入ってくる。
「……よし、大体はわかった……」
俺は絶対無詠唱だな。まず、本当にこの言葉いるの?
本を書架に戻しながら、今得た知識について反芻する。
どの属性魔法にも必ず『信愛なる女神リュゼに捧げる我が信仰を〜』が枕詞のようになって付き、その後それぞれの属性の『燃え盛れ〜』火属性、『湧き上がれ〜』水属性、『吹き荒べ〜』風属性、『山となれ〜』土魔法、と続きその後実際の技の名を唱えるらしい。
こちらの魔法は女神の祝福や加護が無いと使えないと言っていた。(が、俺は加護無しで使えるんだなぁ……)
人間以外嫌いな女神様は、亜人たちに祝福等を与えるはずが無いので人間以外魔法は使え無いはずなのだが、魔族やエルフ達は人間より余程魔力量が多く、魔法も得意な種族として本にも書かれていた。
詰まる所、人間の使う魔法と彼らが使うそれは違う物で、彼らが使う魔法のような物は劣った技術と効率の悪い大量の魔力量が必要な物であると書かれていた。
「……無理があるな……それに詠唱の初めの部分…ポイント稼ぎだな……」
天使様が教えてくれた、女神の亜人撲滅計画。つまり、加護が無い物は魔法が使えず、使うためには女神を褒め称えないといけない。これがポイント稼ぎの一番初め。あざと過ぎて天使様の苦笑いが目に浮かぶ……。
魔法書以外の本、神殿絡みで余り読みたくはないが、この世界の神話と季節の歳時記が書かれているような物にも目を通す。
簡単な王都のガイドマップのようなものや、携帯用の地図もあった。
自分の腹の音で時間の経過を知った。暗い書庫から日差しのある窓辺まで来ると太陽は中天から少し下がった所で輝いている。
腹も減ったし、当初の計画通り中央広場に近くの屋台で食事を取った後、その近くの冒険者ギルドの支部にもで登録を済まそう。
計画を立てた時より時間を食っていたので、急いで移動することにする。
半分戻ってきた入館料で丁度この後の少し遅い昼飯代は賄えるだろう。
ここから歩けば中央広場までは結構な距離があり時間が掛かりそうだ。乗合馬車の乗り場もどこにあるかわからない。
「少し楽したいな……腹減ったし……」
突っ立っていてもおかしくない所に移動し、空間魔法の応用、索敵を創造する。
自分を中心にレーダーの波を思い描く。
さすがに広い王都のの中心までは届かない。
建物の中の人までもわからないし、外にいる人もそれが大人なのか子供なのか、女なのか男なのかもわからない。
索敵に解析を重ね掛けしサーチを創造する。
頭の中に浮かび上がったこの周りの立体的な地図に色々な情報が映し出される。
最適化を掛ける。今必要と思われるもの以外の情報を削除させた。
「……グウ……」
また、腹が鳴った。
早く飯が食いたいからか集中力がハンパない。
人のいない路地を見つける。そこまでは歩いて移動。
中央広場にの近くは一応行ったことがあるので、その時の記憶から立体的な地図を作成。
サーチの範囲外であるから、自身に偽装の不可視化を掛けて、一か八か人の居なさそうな路地裏に転移を使う。
「……すごいな俺!これからは腹が減っている時に魔法作成しようかな!」
俺は少し浮かれた気分で、サーチを掛けてこの近くに誰も居ないことを確かめてから、表通りへ体を躍らせた。
間が空いてしまってすみませんでした……
いつものほぼ倍の長さになってしまいました……
今年のインフルエンザ早く処置すればなんとかなるかも……
イナビルよく効きますよ‼︎




