表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

そして今日が昨日になり、明日が今日になる。

流行りに乗っかってみました。

 私は何処にでもいるような普通の高校生。


 これといった特技もなく、勉強や運動もよく出来るという訳でも全く出来ないという訳でもありません。

 「平凡」その言葉がよく似合います。


 もしアニメや漫画などで登場するキャラクターに例えるならば、主人公のクラスメイト、それも顔もしっかり描かれていないようなモブでしょうか。

 これはモブを登場人物として数えることを前提としていますが、私をモブと呼ばずして何と呼ぶ。


 そんなモブな私から平凡ではない、非凡な点を探すのはバンコクの正式名称を答えるのと同じくらい至難の技だと思います。


 ……ああ、でも一つだけとても平凡とは言い難いことがありました。

 それは、この世界が「乙女ゲーム」の世界だと知っていることです。



 突然何を言っているんだと思われるかもしれませんが、これは本当のことなんです。

 決して私が頭の可笑しい人という訳ではないです。


 ほら、よく小説なんかであるじゃないですか。

 交通事故や病によって死んでしまった人が、前世の記憶付きで別の存在に生まれ変わる。いわゆる転生ってやつです。

 それを私はしたんです。


 転生には様々なパターンがありますが、一番多いのはやはり乙女ゲームなどの悪役令嬢ですかね。

 死亡フラグ満載の悪役令嬢がバッドエンド回避を目指して奮闘し、主人公(ヒロイン)と恋に落ちる筈だった攻略キャラ達がいつの間にやら悪役令嬢の虜になる、あの最高なお話です。


 私の場合は、乙女ゲームの世界に転生したという点は同じですが、悪役ではありません。ゲームにはチラリとも出てこなかったモブキャラです。


 ですが、贅沢は言いません。

 生まれ変わることが出来た。それだけで私は十分なのです。神よ、感謝します!



 さて神に感謝を告げた所で、私の前世について少しお話したいと思います。


 平凡な私は、前世でも平凡な高校生でした。

 ああでも今世は前世の記憶を持っているので、前世の方が今よりもずっと平凡でした。


 代わり映えのしない日常を繰り返す日々。

 ひょっとしたら神様は、そんな私の日常に飽き飽きしていたのかもしれません。

 いつものように学校から帰宅していたある日、非日常が私を襲いました。


 最近よくニュースや新聞で報じられていた通り魔に殺害されてしまったのです。

 話したことも会ったこともない人物に突然刃物を向けられた時のあの驚き。どうして私なんだって思いましたね。解せぬ。


 人通りの多い場所ということもあり、近くにいた誰かが警察と救急車を呼んでくださったみたいですが、救助の甲斐むなしく私は死んでしまいました。

 死因は出血性ショックと臓器不全だそうです。実に呆気ない人生の幕切れでした。

 くそう、あの漫画の結末を見届けられないなんて!!


 まあ、そんなこんなで死んでしまった私ですが、今は元気に乙女ゲームのモブをやってます。


 因みにその乙女ゲームというのが、前世の私もプレイしていた「(かなで)」という女子高生を中心に結構な人気を博したものでした。


 確か「奏」というタイトルの後にはサブタイトルがあった筈ですが、長かったので忘れてしまいました。

 そんなサブタイトルも覚えていない私ですが、このゲームにはかなりハマっていました。

 絵がとても綺麗で、声優さんも超豪華。ストーリーも王道に沿っていて、乙女ゲーム初心者の私にも優しい仕様だったのです。


 攻略キャラには主人公(ヒロイン)の幼馴染み、ヤンデレな一面を隠し持つ学園の王子、女嫌いの女タラシ、不幸体質な先輩などがいます。

 他にもクールな学園一の秀才やツンデレと俺様の両方の属性を兼ね備えたキャラもいましたが、前世の私は攻略出来ぬまま死にました。

 ですので詳しいことは分かりませんが、きっとこのキャラ達も例に漏れずイケメンで少々面倒くさい何らかの事情を持っているのでしょう。


 出来る限り関わり合いたくないものです。


 普通なら前世の記憶を利用して、攻略キャラ達を攻略していくのでしょうが、私はただのモブ。

 学園中の女子を敵に回してまでして、イケメン達とお近づきになりたいとは思いません。

 私はまだ自分の命が惜しいんです。せっかくの第二の人生、もっともっと長生きしたい!


 ラッキーなことにこのゲームは「奏」というタイトルの通り、音楽を題材としていて主な登場人物は皆、吹奏楽部に所属しています。

 つまり吹奏楽部に入りさえしなければ主人公(ヒロイン)や攻略キャラ達と関わらずに済むということなのです。


 よって私は吹奏楽と無縁な放送部に入部し、イケメンに関わらないよう細心の注意を払いながら日々生活しているのですが、最近困ったことが起こりました。



「はぁ……またか」


 思わず深い深い溜め息を吐きます。

 私の視線の先にあるのは出席番号順に一人一人割り振られている靴箱で、私の靴箱には手紙が一通入っていました。

 真っ白な封筒には達筆な文字で「神崎鈴音(かんざきすずね)さんへ」と書かれていて、私宛ての手紙で間違いないことを示しています。


 きっと封筒の中に入っている手紙にも達筆な文字で、「いつも貴女を見ています」とか「初めて会った時から貴女のことが気になって仕方ありません」と書かれているのでしょう。

 いや、絶対そうです。

 前回もそのまた前回も毎度毎度書かれていたのですから。


 ……そうです。この手紙を貰ったのは今日が初めてではありません。

 一ヶ月程前からほぼ毎日ように似た内容の手紙が送られているのです。


 一見するとラブレターように感じるこの手紙。

 けれど本当はそんな甘酸っぱい代物ではございません。


 これは私を転生者だと知る何者かが「いつもお前を監視しているぞ」「初めて会った時からお前が転生者だということは分かってたんだ」と脅すために書かれたものなのです。


 その証拠にこの手紙には、差出人の名前がありません。

 これがラブレターだと言うならば差出人を記しておかないというのは可笑しいと私は推理しました。


 では一体誰がどんな目的でこの手紙を書いたのでしょうか。

 そろそろ無理難題を要求されるのではないかとビクビクしているのですが、手紙の差出人からはこれといった動きはありません。

 どうやってこの手紙を対処すれば良いのか。それが私の最近の悩みです。



「どうしたの?」


 と声が聞こえ振り返ると、そこには端正な顔立ちをしたクラスメイトがいました。

 彼の名前は寺島光(てらしまひかる)と言い、なんとヤンデレ属性を持つ学園の王子として乙女ゲームの攻略キャラとして登場しています。


 イケメン達とは関わらないと決めていたのに何故声を掛けられてしまっているのか。

 それは私と王子が同じクラスだからです。ついでに言うと同じ委員会に所属しています。


 これは不可抗力というやつです。

 関わらないようにすると心に決めたとしてもクラスまではどうにも出来ません。

 委員会も同じです。誰も希望者がいなかったので図書委員に立候補したら、王子も図書委員にと手を挙げたのですから。


 私は何もしてません。

 だから女子の皆さん、いじめないで!!


「鈴音ちゃん?」


 王子に名前を呼ばれてハッとします。考え込むと自分の世界に入ってしまうのが私の悪い癖です。

 彼は心配そうに私を見ていました。

 ボーッとしていたことを慌てて謝ると、王子は「気にしないで」と誰もがうっとりするような笑みを浮かべました。


 なんと優しいのでしょう。


 しかもこんなモブな私を鈴音ちゃんと呼んでくださる。嬉しいのですが、周りの目が気になります。

 いつ背後を狙われるような事態になっても大丈夫なように、背中は安心安全の壁に守ってもらっています。


 王子は自分のことも光と呼んでくれて良いとおっしゃいますが、そんなこと私には到底出来ません。

 王子の下の名前を呼んでしまった日には私なんて簡単に闇に葬られてしまうので、丁重にお断りさせていただきました。


「あ、そうそう。

鈴音ちゃん今週の土曜日って暇?」


「うん、特には何も予定はなかったと思うけど」


「ホント!?

じゃ、じゃあもし良かったら__」


 王子が何かを言おうとしたその瞬間、それを見計らっていたかのように物凄いスピードで此方に向かってくる影がありました。

 あ、ぶつかる。そう思う暇もなく、影はそのままの勢いで私にたいあたりをしてきました。


「鈴先輩、おっはよーございます!!」


 私に大ダメージを与えた影は、私の腰に腕を巻き付けた体勢のままそんなことを宣います。


「お、はよう。唯くん」


 吐血しそうになるのを必死に堪えながら私も挨拶を返せば、彼はバックに花でも飛ばしていそうな可愛らしい笑顔を浮かべました。

 男の子だということを忘れてしまいそうなくらい可愛いです。


 彼は私や王子の二つ年下の後輩で、名前を犬飼唯(いぬかいゆい)と言います。

 実は彼もまた「奏」に登場する攻略キャラの一人なのです。


 彼と関わってしまったのは偶然に偶然が重なった結果です。これもまた不可抗力です。

 唯くんとは小学校が同じで、家も近所でした。

 小学校には不審者対策などから近所の子供たちで固まって登校する登校班なるものがあって、私と唯くんは同じ班だったんです。


 それでまあ、私達の近所には子供が少なかったこともあり、唯くんに懐かれたのです。

 しょうがないじゃないですか。可愛い弟分の好意を無下にする勇気なんて私は持っていなかったんですから。


  それに唯くんはゲームの設定とは全く違う性格でした。

 彼は本来女嫌いの女タラシという矛盾したゲーム設定の持ち主の筈なのですが、現実(リアル)では順従な後輩キャラだったのです。


「犬飼、早く鈴音ちゃんから離れなよ」


「えー、何で寺島先輩に指図されなきゃならないんですか」


 何故だかバチバチと火花を散らす王子と後輩。

 そういえばゲームでも二人は犬猿の仲でした。


 そして、ふと気が付きます。

 いつの間にやら私達は注目の的となっていました。そりゃあ、そうですよね。学園のモテ男が二人も居るんですから。


 申し訳ないと思いつつも目立つことが苦手な私は二人を置いて、教室に入ることにしました。



 鞄を机の上に置き、席に着きます。そうして見るのは先程靴箱で見付けたラブレターに見せかけた脅迫状。

 だいたいの内容は予想出来ますが、わざわざ文にしたためてくれたものを見ずに捨てるのは面目ないというか、怖いもの見たさといいますか。

 見ないということは、どうしても出来ませんでした。


「何を見ているんだ?」


「あ、見たら駄目ー!!」


 ひょいと手紙を取られ、慌てて取り返します。

 なんとか中身を見られずに済みましたが、目の前の彼はニヤニヤと笑います。


「抱き付いてくるなんて、鈴音さんだいたーん」


「……何言ってるの」


 つい蔑むような目で見ていると、彼は「悪ぃ悪ぃ」と更に口角を上げました。

 こんな人がクールな学園一の秀才として「奏」に登場する攻略キャラだなんて信じられません。

 眼鏡を掛けていて、確かに見た目はクールそうですが実際は間逆です。


 ゲームには一切出てこなかった設定なのですが、私と彼は従兄妹同士です。

 モブな私と攻略対象の彼。

 全く接点なんてなさそうな私達なのに人生何があるか分かりませんね。


「で、何見てたんだ?

ひょっとしてさっきのがお前の悩みの原因か」


 彼は私の前の席に後ろ向きに座り、「ほれほれ、この都築雪斗(つづきゆきと)様に相談してみろ」と言います。


「結構でーす。

あ、予鈴が鳴るから座った方が良いよ」


「はいはい、分かったよ。お母さん」


「誰がお母さんよ!!」




* * * * * * * * *




 そして長い長い授業を終え、放課後になりました。

 今日は放送部の活動はないので、そのまま帰宅しようとしていると、王子が私を呼び止めました。

 何でも委員の仕事があるそうなのです。


 先に行っておいてと言ったのですが、王子が「せっかくだから一緒に行こうよ」とおっしゃったので、お供させていただくことになりました。


 図書室を目指して二人で廊下を歩きます。その間に会話はありません。無言です。物凄く気まずいです。


 出来る限り関わり合いたくないとは思っていましたが、こんな風になるのは流石に困ります。


 結局無言のまま図書室に辿り着いてしまいました。……委員の仕事中もこんな感じになるのでしょうか。

 終始無言で作業を進める私達。容易に想像出来てしまうのが辛いです。

 確かにその方が効率的には良いのでしょうが、気まずいままでいるのは私の精神状態が持つ自信がありません。


 そんなことを思いながら図書室の扉を開けます。

 不思議なことにいつもカウンターなど図書室の何処かにいる司書の先生がいません。


 一体何処に?と辺りを見渡していると、王子がスタスタと歩いていってしまいました。

 暫くして戻ってきた彼の手には数冊の本がありました。


「この本を直すのが今日の僕達の仕事」


 見れば確かにそれらの本はカバーやページが破損していました。

 カウンター内にある椅子に座り、作業を始めます。

 隣に座る王子はというと、私の手元を見つめるだけで全く動きません。仕事をサボるような人じゃないのに。もしやお腹を壊してしまったのでは?


 そんな心配が杞憂だったと知るのにそう時間は要りませんでした。



「凄く馬鹿らしい質問をするんだけどさ、鈴音ちゃんと都築って付き合ってるの?」


「えっ?」


 王子の思わぬ質問に思考が一旦フリーズしてしまいました。

 私とあの従兄が付き合う?

 何かの冗談ですか。そんなことある訳ないです。


 そう王子に本の修繕をしながら言うと、彼は「そっか!そうだよね!!」と一人頷き始めました。


「最近鈴音ちゃんと都築が付き合ってるっていう、可笑しな噂が校内に出回っててね。

あ、勿論僕は信じてなかったよ!!」


「はあ……」


 どう反応すれば良いか分からず、とりあえずと適当な相槌を打ちます。

 王子のファンの子に見つかったら確実に叱られますね。


 それから数分間、いつもより饒舌な王子の言葉を軽く聞き流していた私でしたが、ある王子の言葉に本を修繕する手を止めました。


「デマだと分かっていたとはいえ、こんな噂が広まったなんて許せないな。

鈴音ちゃんは、都築じゃなくて僕と付き合ってるのに」


 私が王子と恋人関係?私の従兄と王子の間違いでは?

 いや、それはそれで大問題に発展してしまうから違うか。


 私が王子に告白してOKをもらったなんてことはありません。ましてや私が王子に告白されたなんてこともないので、付き合うなんてことにはならない筈です。

 仮にあったとしても私には恋とか愛とかがよく分かりません。ですので付き合うなんてことには絶対にならないのに……。


「えっと、付き合ってるって一体いつから?」


 一応聞いてます。すると王子は素晴らしい笑顔で答えて下さいました。


「僕達が出会って一年半年目の時で、今から約一ヶ月前だよね。僕が鈴音ちゃんにラブレターを出して、君はそれに応えてくれた!

まあ、それからも毎日のようにラブレターを送ったのは鈴音ちゃんへの愛を伝えるためさ」


 え?ちょ、ちょっと待って下さい!!

 ラブレターなんて私もらったことなんてないんですけど。それに見せかけたものなら何通もいただきましたが。

 ……まさか、あれが王子が送ったというラブレターなんですか!?


 そうだとしても、私が告白に応えた?

 そんな訳ないです。だってだってだって……!!


「出来る限り鈴音ちゃんの自由にしたいんだけれど、僕は心が狭いからね。

今回はデマでも浮気なんてしたら僕は君を監禁してしちゃうよ?なーんてね」


 ヤンデレ系学園の王子。

 そんな言葉が脳裏に浮かびました。


「そういえばハッキリとは直接言ってなかったね。

――――愛してるよ、鈴音ちゃん。ずっと一緒にいようね」


 そんな重い愛なんて要りません。

 そう言いたかったのに口が思うように動きません。

 彼が怖くて、私は首を縦に振ることしか出来ませんでした。


 どうやら私は攻略キャラに攻略されてしまったようです。



 私にとっては世界がひっくり返るのではないかと思うほど非日常な今日も数時間後には昨日になって、明日が今日になる。


 そんな当たり前のことを考えてしまうほど今の私は、現実逃避をしていたかった。

こんな結末にするつもりなんてなかったのに、どうしてこうなった。


ヤンデレ王子が暴走してしまったせいですね。

ちゃんと叱っておきます。


そして不幸体質な先輩とツンデレで俺様なイケメンを登場させることが出来ませんでした。あ、主人公とその幼馴染みもですね。不覚でした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ