第4話
短めです。今回はリアル編。
次回からは幻想世界に戻ります。
通学路を歩きながら、大きなあくびを一つ。
昨日、なんだかんだでながくWCOにログインしていた悠は寝不足だった。
「ふぁあ……。眠い……」
ちなみに、大学院生である姉の久遠は研究室からダイブしているため、まだ寝ていると思われる。うらやましい。オレも寝たい、と思った悠だった。
寝ぼけ眼を擦りながらゆったりと通学路を歩いていると、クラスメイト兼廃人ゲーム仲間である巧=タクに肩を叩かれる。
「よう、悠。寝不足か?」
「……巧か。お前は大丈夫なのかよ」
巧と悠がログアウトした時刻は同じ。遺跡の階層ボスに完敗し、酒場で反省会をした後、その異常な強さになんとなく重たくなった空気に耐えきれず、誰からともなく落ちたのだ。
その時、現実世界は丑三つ時。
なんだかんだ言っても楽しんでいたゲーム世界から帰還してすぐ、悠の興奮はすぐに醒めてしまって眠りに落ちた。
「3時だもんなー」
「正式サービス開始が午前0時だからなー。運営の悪意が感じられるぜ……」
実は、ゲーム内部で過ごした時間は3時間を軽く超えて9時間近い。広大なマップの捜索など、そう短時間で終わるものではないのだ。
時間の不足。
それは、VRMMOゲームをプレイする人全員が抱える悩みだ。それを解決するため、ヘッドギアのシステムには演算加速プログラムが実装されている。脳の演算能力を考慮に入れたうえで、民間の企業に許可が出た加速倍率は3倍。つまり、現実世界での1時間は幻想世界での3時間となるのだ。
このシステムにより、プレイヤーたちは今までよりも長時間ゲームに興じることができるようになった。
が、当然、便利なものには欠点も存在する。
「「……疲れた」」
そう。
いくらゲームをしている本人はベッドで寝ていると言っても、それはあくまで肉体面の話。思考が加速されているというだけでも脳に負担がかかるのに、そのうえ(精神的に)活動している時間は通常の3倍になるのだ。
いくら実際には動いていないと言っても、疲れるのだ。
そのこともあって方で加速倍率の規制があるのだが、廃人にとってはそんなものは関係ない。たとえ思考加速倍率が一千倍だろうが、ある時間すべてをゲームに注ぎ込むのがゲーマーだ。
「シーネ……陽菜は大丈夫だった?」
「さすがに疲れたって言ってたよ。けど、いつも通り俺を起こしたら先に学校行ったし、そこまで負担じゃなかったんじゃね?」
「そうか、なら良かった。もうやらない、とか言われたらスキル構成見直さなきゃだからなあ」
「言えてるな。ま、俺らみたいに連日徹夜してる訳じゃないから一日くらいは良いと思うけどな」
「それって今夜は誘えないってことか?」
「誘うだけ誘おう。今夜は遺跡攻略はしないし」
幼馴染である巧と陽菜の家は近い。というか隣だ。そして、几帳面でマメ(しかしドジっ子)な陽菜とずぼらで廃人ゲーマー(しかしスポーツ万能かつイケメン)な二人は、やはりというか陽菜が巧の世話をする、という関係に落ち着いている。
それは途中からこちらに引っ越してきた悠が加わっても変わらず、むしろ陽菜は同じく廃人ゲーマーの悠にまで世話を焼いている。
家が多少離れているために朝起こされるようなことはないが、虚弱体質(単なる運動不足)な悠にいつも陽菜はおろおろとさせられていた。そして盛大に空回っていた。マラソンの授業でわざとらしく息を乱す悠のことを気にし過ぎてずっこけ、残りの授業を見学するようなことばかりしていた。
そんな共通の友人のことを思って溜息をつきながら、悠と巧は教室に足を踏み入れる。
そして、
「巧くん、悠くん……。宿題、やったのに家に忘れちゃったよ……」
「「…………(はあ)」」
予想通りの展開に、再度溜息を吐いた。
◇◆◇
放課後。
部活動をしている生徒は皆、帰りのHRが終わるとすぐに教室を出ていく。そのため、夕日の差し込むこの時間まで教室にいるのは「帰宅」という簡単な活動に従事しない不真面目な帰宅部部員だけだ。
そんな不真面目部員である巧と悠は、同じく帰宅部であるにもかかわらず、理由は毎回異なるが何故かすぐに帰れない陽菜を待って教室にいた。
今日の理由は確か、先生に書類の整理を頼まれた、だった。
ちなみに、家に忘れたという宿題は悠が見せて写させた。が、時間が足りなかったので結局悠がやった。
運動関係なら巧、勉強関係なら悠。陽菜の中でそれは決定事項らしい。そして陽菜の担当は家事関係だ。
そんな二人が教室にいて、何をするかと言えば、当然のようにゲームの作戦会議だ。
昨日、圧倒的な力で彼らを蹂躙した遺跡の第一階層のボスに対抗するための手段を、あーでもないこーでもないと話しあっていた。
今までにかなり多くの案が出たが、検証の結果はどれもかわらない。--つまり、決め手がない。
あの黒蛇の特徴は、堅い防御力、一撃でHPを半分持っていく攻撃力、避けるのがぎりぎりという敏捷力、そして持久戦を許されない固有スキル《酸の霧》。
まず、攻略の基本的な方針は二つに分かれる。一つは体力が全損する前に火力で以って片を付ける電撃戦。
そして、回復手段を用意して、一撃離脱を繰り返して倒す持久戦。
が、基本的にMP消費のある魔術のほうが剣よりも高い火力を有するWCOで、シーネの中位魔術が決め手にならない以上四人に電撃戦は挑めない。持久戦を選ぶしかないのだ。
もちろん、他のメンバーを加えて多パーティで挑めば別だ。中位魔術はダメージをある程度通すことができる。シーネと同格の魔術師を十人程度用意して一斉に打ち込めば十分火力になるだろう。
だが、どこにも「レイド推奨」の文字がない以上、1パーティで攻略したくなるのがゲーマーだ。他のパーティに救援を依頼するのは最終手段だった。
そんなことを話していると、教室のドアが音を立てて開く。今までの経験から、(陽菜にしては早いな……)と思って視線を向けると入ってきたのは陽菜ではなく数人の男子だった。
彼らは巧と悠を視界に入れると、唇の端を歪めてあざけるような声音で話し出した。
「まだいたのか、帰宅部。用がないなら帰ったらどうだ?」
「お前に関係ないだろ、修哉。それとも、俺たちがいて不都合があるのか?」
男子生徒……藤林修哉は鼻で笑うと二人の生徒を従えて教師の机に歩み寄り、中から鍵を取り出すと二人に背を向ける。用事はそれだけのようだ。
「この学校入って帰宅部とか、馬鹿だろ。時間の無駄遣いじゃねえの」
「お前には関係ないな」
「はっ。そうかよ」
二人が通う高校では、全体的に運動部がかなり強い。そのため、ほとんどの生徒が部活動に参加していることもあり、帰宅部への風当たりが強い。とくに二人のように、廃人ゲーマーだと知られている生徒に対しては。
そして、悠と巧は、そんな帰宅部ゲーマーにもかかわらず巧は運動、悠は勉強と得意分野の成績がかなり良い。妬みもあるのだろう。
悠も巧もそんなことは気にしないのだが……それでも、あそこまで露骨に悪意を向けられれば気分は良くない。二人とも顔をしかめている。
「何、あいつら。毎度のことだけどうざい」
「そうだな……。何がしたいんだか」
なんとなく、陽菜が教室に戻るまで、会話は弾まなかった。
「巧くん、悠くん、遅くなってごめん……きゃあっ」
「「……おい、大丈夫か?」」
そしてお約束のようにドアに片足をひっかけ転ぶ陽菜に、巧と悠は呆れたような声をかけた。
「えへへ……。大丈夫だよ、ありがとうっ」
恥ずかしそうに笑う陽菜に、二人は安堵とも呆れとも取れる溜息を吐く。
居心地の悪さは、どこかに消えていた。
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