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幻想世界の銃使い  作者: 月乃 綾
第一の遺跡
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第3話

「シャァァアアッ」

「うるさいなあもうっ」

 怒声とともに鉄の雨が撒き散らされ、蛇が脳漿にも似た霞と化して息絶える。

 長く尾を引く銃声は、刹那のうちに六度の引き金が引かれた証。システムアシストもなにもない、ただハルカ自身のプレイヤースキルで、超高速の連射が実現し敵の命を奪い去る。さらに、加わった《跳弾》により、影に隠れて射線が通らない位置にも死を振り撒く。

 20匹いた黒い蛇は、ハルカの撒く鉄の雨により、その体を霧散させた。

「タク!」

 そう叫んで振り向き、この場の最強種と戦っている仲間を探す。

 その目に飛び込んできたのは、

「がぁあっ!」

「ぐうっ」

 叫びながら吹き飛ばされ、血のように紅いエフェクトを散らすタクとクオンの姿だった。



 ◇◆◇



 濛々と立ち込める、黒蛇の口から漏れる蒸気。黒鱗におおわれた口が裂け、白亜の牙が光を反射する。タクに向けられる血のように赤い瞳は憎悪に満ちており、全身からの異様な威圧感をあまさず叩きつけていた。

「シャァアッ」

「ハアッ」

 襲いかかる牙を、盾スキルのアーツ《シールドバニッシュ》で撃ち返す。

 動きを見せた瞬間に合わせて強打を与え、出だしを抑えて攻撃を封じる技術。長年VRMMOに慣れ親しんだタクだからこそできる技術だ。後ろに下がった黒蛇を追撃するように、タクも白い霧に中に踏み込む。

(……クソっ)

 ピリピリと体を覆う感触に舌打ちする。

 タクの視線の先では、自身のHPバーがわずかずつ、減少していた。

 ジャイアントアシッドスネークの固有スキル、《酸の霧アシッド・ミスト》。触れたもののHPを徐々に減少させる厄介極まりないスキルだ。

 だが、このスキルの恐ろしいところはそこではない。

「クソがッ……。盾がもう持たない!」

「くっ……。《アクアキューブ》」

 タクの叫びにクオンが魔術を使い、黒蛇のいる場所に重ねるように水の立方体を作り出して蛇を閉じ込める。この液体は水よりも遥かに粘度が高い。黒蛇の動きがスローモーションのように遅くなる。

「大丈夫?」

「ああ、助かる。けど、クオンもMP大丈夫か?」

「……まずい、かも」

「だよねー……」

 先ほどクオンが使った《アクアキューブ》は水属性中位魔術。《ファイアーランス》と同じく、クオンのMPを四分の一近く消費する大魔術だ。そして、クオンはこれまでに大量のアロー系魔術を使っている。いくらMPを集中強化したとは言え、そろそろMPが尽きる頃合いだ。

 そして、行動遅延系統中位魔術アクアキューブといえど、その効果は無限ではない。あくまで遅延であってでは停止ではないのだ。

 つまりーー

「シャァアアアッ!」

 この場における最強者を留められるほど、この牢獄は堅くはなかったのだ。

 再び動き出した黒い衝撃がタクを襲う。

 ガォンッ! と鈍い音を立てて盾と牙が火花を散らした。

「ぐぅうっ……」

 結論から言えば、タクはその衝撃を受けきった。十倍以上の大きさの、巨大な黒蛇の体重を乗せた一撃を、タクの強化された腕力と脳からヘッドギアへと伝える意思の力が押し返したのだ。五メートル以上も押されながらも、タクのHPバーは依然として安全域にあった。

 が。


 ビシッ


 「……え?」


 不吉な音を聞いた気がしたタクは、視線を恐る恐る手元に向ける。

 そして見たのは、青い燐光を放ちながら消失ロストする、盾だった。

 確かに、タクは黒蛇の攻撃を防ぎきった。それは意思の力だ。あらん限りの意思の力を振り絞り、脳から発せられる生体電気をヘッドギアに流し込み、タク自身はダメージを負うことはなかった。

 が、システムに支配されたオブジェクトである盾は別だったのだ。

 幾度となく攻撃を受け続け、更には《酸の霧アシッド・ミスト》により耐久度が減少していた盾は、今の一撃で限界を迎えた。

 そしてそれは、タクが、タンクとしての役割を果たせなくなったことを示していた。

「シャァアッ!」

「しまっ」

 黒蛇の口元が裂けるように開かれ、白亜の牙が顔をのぞかせる。そして、タクの一瞬の硬直を見のがさず、黒蛇が襲いかかった。

「っ、《シールド》ッ!」

 慌てて間に割って入ったクオンが魔術を行使する。

 が、すでに枯渇寸前のMPでは大した魔術は使えない。基本三属性を使えることを条件として解放される無属性魔術のスペル、《シールド》。上位属性の魔術ではあるものの、初級魔術で防げるほど、第一階層最強種は甘くなかった。

「がぁあっ!」

「ぐぅっ」

 ガラスの割れるようなサウンドエフェクトとともに魔法陣が破られ、全身を強打されたタクとクオンは血のように紅いエフェクトをまき散らしながら吹き飛んだ。



 ◇◆◇



 爛とした紅い輝きを宿す一対の瞳が、憎悪の視線を倒れた二人に向ける。口元から覗く牙は、元の白色から血のような真紅へと変わっている。

 《怒り》状態だ。

 規定量以上の体力の低下に加えて、特定の条件を満たすことがきっかけとなって発動する。

 もちろん、体力の低下だけでも無視しえぬ量になれば発動するが……今回は、まだそこまで体力を削れてはいない。

 今回、《怒り》のきっかけとなったのは、《アクアキューブ》による行動阻害とクリティカルヒットによるウェポンブレイクの達成。最悪のタイミングでの《怒り》発生だった。

「シュァア……」

 黒蛇は牙の隙間から《酸の霧アシッド・ミスト》を量産する。部屋全体を白煙が覆い、武器防具の耐久度、そしてHPバーがゆっくりと減少を始めた。

「やばっ」

 強い衝撃を受けたタクとクオンは短時間の状態異常《気絶》が発生しているため動けない。初期装備のままエリアボスのクリーンヒットを受けた二人のHPは尽きる寸前だ。《酸の霧アシッド・ミスト》だけでも危険な状態なのに、ここから一撃でも食らえば全損は免れない。なんとかしてふたりから意識を逸らす必要があった。

「くそ、こっち向けよ!」

 ハルカは二人から離れる方向に走りながら拳銃を六連射する。閃光は全て、狙いたがわず紅い瞳に直撃する。

 が、やはり、通常弾レベル1ではボスに大したダメージは与えられない。

「やっぱり弾薬調合が必要かな……」

 あのスキルがあれば、もっと高威力の弾丸が生み出せる。貫通弾あたりであれば黒蛇の鱗を貫けるかもしれない。

 しかし、それはないものねだりだ。

 幸い、今の弾薬でも、急所に当たればダメージは通るし、剣の耐久度も今だ満タン。状態異常《気絶》の硬化時間は長くても一分。それだけなら、回避に徹すればハルカ一人でも持たせられる自身があった。


 しかし。

 この場にいるのは、戦いをゲームだと割り切れる熟練者だけではない。


「タク!? クオンさんっ!」

「シーネ!?」

 ボスの知覚エリアの範囲外にいたはずのシーネが、思わずと言った様子で飛び込んできたのだ。

 それは仕方のないこと。VRMMOの難易度の高さは、画面越しにプレイする従来のゲームに比べてリアリティが高過ぎることにある。

 目の前で、友人が、怪物に吹き飛ばされたのだ。

 これがゲーム・・・なのだ、とはっきり認識できていない人には強すぎる衝撃だろう。

 だが、そんな事情は関係なく、その行動はこの場において限りなく最悪に近かった。

「カハッ」

 ハルカの意識がそれた一瞬を、黒蛇は見のがさない。勢いよく振りぬかれた尾の一撃が脇腹にめり込みハルカを吹き飛ばす。《怒り》による攻撃力の強化もあり、ただ一撃でハルカのHPは五割近く減少して一気に注意域イエローゾーンに突入する。

 ハルカは壁に叩きつけられ、さらに悪いことにハルカにも状態異常《気絶》が発生した。

 そして、邪魔者ハルカが眼前から消えた今、黒蛇の意識が向かうのは大量のヘイトをため込んだタクだ。そこにいるのは、戦闘経験皆無の素人ニュービー、シーネ。

「ひっ」

「シャァアアアッ!」

 引き攣ったような悲鳴を上げるシーネ。が、当然、黒蛇が見のがす道理はない。

 己の敵タクの前に立ちはだかるさらなる邪魔者シーネ……蠅を払うかのようにぞんざいに振るわれた一撃。だが、シーネを吹き飛ばすには十分だ。三人とは違いHPを強化していないシーネは一瞬で八割近いHPが消え去った。

 四人全員、戦闘不能。

 絶対普遍の法則システムに縛られた世界で、この状態から逆転できるような奇跡は、起こるはずもなかった。



 ◇◆◇



「うん。散々だったな」

 オルベールの広場の中心に存在する、噴水の脇に立てられたポータル。他の街との中継ポイントとして使われるほかにも蘇生地点としての役割を持つ水晶柱のなかでハルカたちは意識を取り戻した。

 そして今、サービス開始後に集合場所として利用した酒場の中で反省会中だ。

「ま、金と素材は手に入ったし、クエストも無事クリア。悪い結果じゃないんじゃない?」

「でもボスには完敗だったからなー」

 《怒り》状態を引き出せたとはいえ、HPを半分も削ることはできなかった。

 これを完敗と言わずしてなんというのか。

「ごめん……」

 そして、その状態を作り出してしまった(と思い込んでいる)シーネは完全にしょげていた。

 せっかく頼んだ料理にも手を付けずにうつむいている。

 そんなシーネに、クオンがぽんぽんと頭を叩いた。

「へっ」

「シーネは関係ない」

「そうそう。そもそも、初期装備で遺跡攻略をする方がおかしいんだから。ガチで行ったとはいえ、負けて当たり前の戦いだったんだよ」

「それに、シーネが手を出さなくても負けてたさ。俺も《気絶》が解けたら撤退の指示出そうと思ってたし」

 シーネが手を出す前の状態であっても、ボスを相手にしていたタクとクオンは気絶のうえにMP枯渇。残ったハルカの銃撃は通らず、剣だけではハルカは真価を発揮できない。接近戦では敵をあしらい、引き剥がしたうえでの精密射撃で弱点を集中狙撃。それがハルカの戦い方だ。剣はあまり得意ではないのだ。

「つーか戦った感じ、ありゃレイド向けのエネミーだな。もしくは、中盤以降に攻略するような敵だ」

「うん、そう思う」

「同感」

 タクのぼやきに戦闘職二人も同意する。

「えと、レイドって?」

「あー。複数のパーティ、それこそ二十人とか三十人で挑むような戦いのこと」

「え、そんなに強かったの!?」

 直に戦っていないシーネは三人の評価に目を見開いている。

 が、その評価もあながち間違いではない。

 ゲーマーとしては最高峰ともいえる実力を持つ三人が、初期装備とは言ってもHPを半分も削れなかったのだ。さらに、《怒り》状態の黒蛇の攻撃には反応すらできなかった。ハルカから見ると、気が付いたら体が宙を飛んでいた、という認識なのだ。まず、今の段階では絶対的にレベルが足りない。

 もっと言えば、《怒り》状態には更に上の《激怒》状態がある。これはHPが危険域レッドゾーンに突入した時になる状態だ。解けたときに《疲労》になる代わりに三分間、HPを除く全パラメータが二倍に上昇すると言うトンデモ状態である。

 少なくとも、普通の《怒り》に対応できない現状で勝てる相手ではないのだ。

「あと、これは多分だけど」

 ハルカが言うと三人が視線を向ける。

「あのジャイアントアシッドスネーク、《怒り》状態の時は《気絶》発生率が跳ね上がるんだと思う。いくらなんでも、クオン、タク、ボクの三連続はおかしい」

「……そうだな。いや、《気絶》の発生率というよりもクリティカル率じゃないか?」

「両方かも」

 三人はその話をして、同時に顔を青ざめさせた。

「「「これはヤバい」」」

 《気絶》はクリティカル発生時に起こる状態異常で、一定時間キャラ操作不可能という凶悪な状態異常だ。その分発生確率はかなり低い。もっともクリティカル率が高いと言われる魔物であっても五パーセントが精々という低確率で発生するクリティカルヒット。その、更に一パーセント未満という、ごくごく低下確率……もはやレジェンとウェポンのドロップ率のほうが高いのでは、と言いたくなるような極小確率で発生するのが《気絶》だ。

 そして、ジャイアントアシッドスネークを相手にするとき、《怒り》状態限定とはいえ敵地の真っただ中で十秒以上行動不能という重すぎるペナルティがたびたび発生するというのだ。凶悪仕様にもほどがあるというものだ。

 それこそ、《気絶》の陥った者を片っ端から下げて交代させる人海戦術以外に攻略法が思い浮かばない。

「勘弁してくれよ……。どう勝てってんだ」

「……とりあえずクエスト進めない?」

「…………………………不本意。でも同意せざるを得ない」

「え、えっと……そうだね」

 四人は誰からともなく視線を合わせ、

「「「「はあ……」」」」

 深い溜息を吐いた。

 こうして、第一回遺跡攻略は、その壁の高さを示しただけで終わった。

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