第2話
「一旦休憩だ。ポイント割り振っとくか」
タクの一声で3人は地面に腰を下ろして大きく息を吐く。
このゲームでは各種パラメータは見ることはできないが、当然ながら存在している。体力のパラメータも存在するらしく、長時間活動すれば疲労の感覚もあるのだ。
「レベルはなんとか3まで上がったか。ってことは、今あるのは6ポイント。……どう割り振る?」
「ボクは銃に全振りかな。特殊スキルだけあって、現状一番の戦力は拳銃でしょ」
ハルカは銃スキルを3まで上げ、残った1ポイントで体力強化を取る。銃スキルが手に入ったことで《弾道予測》と《跳弾》が手に入った。この辺りはLCOと変わらない。
「魔術のレベル上げ」
クオンは3種の魔術スキルをレベル2に上げたようだ。レベル3になったことで光、闇の二属性も所得できるようになったが、今回は見送った。
「私はあまり戦えないから、剣と探知を2に上げるのと、オートマッピングと夜目を取ろうかと……」
「お、良いね。遺跡攻略にはもってこいのスキルだ。お願いね」
「う、うんっ」
シーネは戦闘はできないと割り切って、索敵系のスキルを伸ばすつもりのようだ。
初心者でここまで割り切れるのは凄い、とハルカは思った。ソロでの攻略が難しくなることを除けば遺跡攻略に必須と言われるスキルを軒並み揃えた素晴らしい構成だ。
……ただし、単独では楽しみづらくなるのでハルカとしてはやろうとは思わないが。
「タクは?」
「んー、そうだな。剣の耐久度が下がってるから、今回は剣スキルの強化は見送る。代わりに盾を3まで上げて残りの1ポイントで指揮を取ろうかと思ってる」
「指揮かあ」
指揮スキル。βでは圧倒的不人気を誇ったそのスキルは、レベルが低いうちはただ声をパーティメンバーに届かせる効果しかない。
が、物好きがテスト時のキャラを犠牲にする覚悟で検証した結果、レベルを10まで上げるとパーティメンバーと敵対存在の位置がマップと連動して分かるようになることが判明した。10まで上げるのに必要なポイントを考えれば手を出す必要はないのだが、このパーティでは遺跡攻略に必要なスキルを揃えてくれている仲間がいる。リアルでの関係も含めてほぼ固定パーティになるだろうし、取る余裕はあるとの判断だ。あと、これがあると大規模戦闘のときにすばらしく便利だからメンバー入りしやすいかも、という打算もある。
ハルカとしても、ゲームのときのみすばらしい頭の回転を見せるタクが指揮しやすくなるのなら文句はない。というか他人のスキル構成に口を出すのはマナー違反だ。
そういうわけで、特に反対はでなかった。
スキルの所得が完了したところで四人は立ち上がり、遺跡に向き直る。
その外見は神殿のようだった。
白い大理石で造られた、白亜の神殿。年季が入っているらしく全体的にくすんでいるが、それでもその輝きは色褪せない。建物の高さは大したことはなく、周囲の密林に簡単に埋もれてしまう。これほどの美しさを持ちながらなかなか発見できないのは、ひとえに密林の魔物の強さと神殿を覆い隠してしまう木々の密度故だろう。
「ゾーンが変わるよ」
警告に頷きを返し、《遺跡》エリアに足を踏み入れる四人。シーネ以外の三人には、慣れ親しんだ感覚が体を走り抜けるのが分かった。
遺跡エリアは、基本的に遺跡内部以外に魔物はいない。更に言えば入口、そして階層を行き来する階段の周囲はセーフティーゾーンになっており、毒などの状態異常がかけられていても効力が停止する。
もっとも治るわけではないので、エリアを出れば再び効力を発揮する上に停止なので自然消滅もないのだが。
遺跡の内部に入ると、何もない部屋の真ん中にぽつりと二つの松明が焚かれている。そして、その足元には、地下へと続く階段。
恐る恐る覗きこむと、そこに広がるのは漆黒の闇。最低限の足場を照らす程度の松明も、闇の中では煌々と輝いて見える。
「……雰囲気出てるなあ」
ハルカの乾いた声に、三人もぎこちなく頷く。
これがゲームだ、という認識はすでに吹き飛んでいる。脳に叩きこまれる圧倒的な情報量に魅了され、触れられそうなほどに濃密な闇に酔う。
現実よりも現実味のある圧倒的な質感を見せつけられ、しばらく彼らは呆然としていた。
そう、まるでーー魂を抜きとられたかのように。
十秒ほど経って、初めに我に返ったのはβで一度類似の光景を見ているタクだった。目に光が戻ると軽く頭を振り、もう一度その光景を見直して感嘆の息を漏らす。
が、もう呆然とすることはない。
数秒見入った後、残りの三人の頭をがくがくと音が出そうな勢いで振って強制的に現実に戻した。
「はにゃっ」
「「はっ」」
タクが頭を揺さぶったのは当然のようにシーネ。彼女は舌を噛んで悶えた。そしてハルカとクオンの姉妹(?)は生存本能に従って現実に回帰した。
「意識戻った? ほら行くぞ」
「うぅ、待ってよタクくん!」
さっさと先を進むタクに、小動物のように小走りでついて行くシーネ。ハルカとクオンはそんな二人を生暖かく見つめ、少し苦笑いしながら階段へと足を踏み入れた。
◇◆◇
階段を下りた先にあったのは、薄暗い部屋と青とも緑ともとれる色に輝く水晶の柱だった。水晶柱の中心に光源があり、そのからの光が部屋をぼんやりと照らしている。
ポータルだ。
「このゲームのポータルはちょっと変わっててな。きまった場所にあるんじゃなくて、階層ごとに隠し場所が違うんだ」
「つまり、ポータル探しから始めないといけないってこと?」
「うんにゃ。階段までのマッピングはどうせ出来るわけだろ? だから、わざわざ探す必要はない。けど、やっぱり見つかれば便利だろうな」
「面倒だなあ」
階段探しとポータル探し、両方やろうと思うと手間が二重にかかるわけだ。
「あまり変わらない」
が、クオンはそうは思わなかったようだ。
「全部見つける必要はない」
「まあな。ポータル探しはついででいい。ずっと見つからなくても、最前線で一個見つければそれでいいんだから」
「確かにそうだね」
頭の上に"?"を浮かべているシーネ以外は頷いて肯定を示す。それを見て、なら良いのかな〜なんて思ったシーネだった。
「じゃあ、さっさとゴブリン討伐をクリアしちゃおうか」
そして、四人は遺跡攻略に乗り出した。
VRMMOにおいて、最初の関門と言われる一対多の戦闘行為。それはひとえに、現代社会で生活するプレイヤーの戦闘経験のなさに起因する。喧嘩さえしたことのない日本人が、ヴァーチャルとはいえ直に敵意を向けられる。その経験の少なさが身をすくませ、更にはいつもと違う体の感覚。一対一であればスキルのごり押しでなんとかなるかもしれないが、一対多となるとそうはいかない。
これが関門となる理由なのだが……このパーティのうち三人は当然のようにその関門を突破し、前のゲームでトッププレイヤーと呼ばれた者たちだ。一人足手まといが加わり能力が初期化された程度ではその戦力差はひっくりかえらない。洞窟の通路を出てくる敵を鎧袖一触に薙ぎ払い、撃ち抜き、燃やしつくして先へと進む。βで多数のプレイヤーを苦しめた《罠虫》と呼ばれる、接触により状態異常を引き起こす厄介な敵も、正確無比なハルカの六連射劇で塵と化す。探知スキルで奇襲を警戒するシーネは終始驚き顔だ。
「……剣スキル捨てても良い気がする」
戦闘において置いていかれたシーネのつぶやきだ。否定できないところが物哀しい。
実際にシーネは初期装備の剣を一度も抜いていないのだ。
「……ま、まあ、シーネには戦闘以外ではすごく助けられてるから」
敵の奇襲を尽く避け逆に強襲で仕留めているのはシーネがいることが大きい。また、オートマッピングのおかげで道の重複もない。1ポイントの割り振りにも悩むゲーマーとしては、戦闘に結びつかないが重要なスキルを一身に集めるシーネの存在は非常にありがたかいのだ。
が、やはりシーネとしては戦闘を任せてしまっているという引け目を感じてしまう。他の三人からすれば戦闘がしたくてゲームをやっているのだからむしろお礼を言いたい、という気持ちなのだが。
「シーネは斥候職、俺らは戦闘職。違いがあるのは当たり前だっつーの」
「う、うん。そうだね」
タクの言葉にシーネは頷く。
加えて言えばスキル構成だけでなく、プレイヤースキルも……いや、プレイヤースキルにこそ隔絶した差が存在するのだが、それは言わぬが花というものだ。シーネ=陽菜はこれが初VRMMOの初心者プレイヤー。四年近く毎日欠かさずログインして戦い続けた三人に敵うはずもない。むしろ移動のペースに付いて行っているだけ十分というものだ。
「さ、気を取り直して行くぞ」
ちょっと雰囲気は悪くなったものの、タクの言葉で仕切りなおして四人は先へと進んだ。
第一階層深奥。
階段へと続く通路の前に広がる白い空間に、取り巻きとともに巨大な魔物が周囲を威圧するように鎮座していた。
「シュゥゥウウウ……」
ソレは巨大な蛇の形をしていた。
トグロを巻いて鎌首をもたげ、口から白い蒸気を吐き出す。漆黒の鱗に包まれた体が濡れたように光っている。
名を、ジャイアントアシッドスネーク。密林でも出現するアシッドスネークを従える、ジャングルの王者だ。
……遺跡では、ゴブリンキングやオークキングなどの弱い魔物はボスたり得ない。遺跡でボスとして君臨するには、個としての強さと従えるものとしての強さ、両方が必要になるのだ。
故に、遺跡のボスはその階層の最強種。
通常の魔物とは隔絶した強さを誇る絶対強者なのだ。
「ジャイアントアシッドスネーク、そして取り巻きのアシッドスネーク十体か。初期装備の俺たちじゃ一撃食らえば即致命傷だ。回復アイテムも初級ポーションが3つだけだし、完封勝利以外はあり得ないと思え」
「おおぅ、そこまでか」
「防御も不可。気を付けて」
「ああ。なるべく引き付けるから、後ろからクオンは後ろから攻撃頼む。ハルカ、今回はお前も前で戦ってくれ」
その要請にハルカは強く頷く。
「うん、分かった」
「頼むわ。今回はマジで頼りにしてる」
タクの声音には余裕がない。
ここまでの戦闘を無傷で切り抜けてきた指揮官としても、やはり遺跡のボスは強敵なのだ。
直前のセーフティエリアでスキルを強化し、ボスへと向き直る。
「俺がボスを抑える。ハルカは取り巻きを倒してから援護頼むよ」
「了解だよ」
「シーネは下がってて。中途半端に介入すると死ぬよ」
「う、うん」
冷たいようだが、こればかりは仕方がない。死に戻り覚悟の特攻や冷やかしならいいが、これは廃人ゲーマーの完全ガチ攻略だ。素人に混ざられても迷惑なのだ。
それを分かっているのか、シーネは素直に頷き一歩下がる。
「ごめんね。今度、一緒に特訓しよっか。ボクも昔は苦労したし……ちょっとは役に立てるかも」
「ありがとうっ」
ハルカの提案に目を潤ませるシーネ。
そんなシーネにハルカは笑いかけると、真剣な表情で大蛇を睨みつけた。
「行くぜ……準備はいいか?」
「「うん」」
「よし。……GO!」
一気に広間に踏み込む三人。
闇色の蛇が紅蓮の瞳を向けて睥睨し、白い吐息を漏らす。
「シュァアア……」
主に反応する二十の影。三メートルほどの蛇が牙を剥き出し宙を舞う。
「くっ」
ソレらが向かう先にいるのは剣と盾を構えた戦士ーータクだ。足を止め、襲いかかる蛇を叩きふせんとする。
ドパァァアンッ!
煌く六条の閃光が蛇を貫き、吹き飛ばした。
「ハルカかっ!」
「タクはボスを!」
「おう、任せた! クオン、頼む!」
「《ファイアーランス》!」
渦巻く紅の螺旋。MPを集中強化したクオンでも、保有MPの四分の一ほどを消費する中位魔術。少なくともオープン初日に使えるような魔術ではないのだが、クオンはここでそれを撃ち放つ。
ドガァン!
激しいエフェクトを散らしながら激突する炎は濡れた鱗に流されるが、その一撃は黒蛇から確かにタゲを剥ぎ取った。
「カァアアッ!」
上がる雄叫び。盾スキルの一つ《アンカーハウル》、ターゲットに定めた魔物へと大量のヘイトを叩き込みタゲを強制的に奪い取る、盾職必須とも言えるスキルだ。クオンに向いた敵意が、今度はタクへと向けられる。
「オラァ! こっちだぁ!」
「シャァァアアア!」
ザン! と、空気を切り裂く音とともに白の牙が地に突き立てられる。タクが後ろに跳んで攻撃を避けたのだ。
「《ファイアーアロー》」
そこにクオンの魔術が突き刺さり、タクは盾を構えて黒蛇の出方を窺う。
アンカーハウルによりタゲはまだタクに向いている。この二人は大丈夫だ。
ハルカはそれを確認すると、拳銃と片手剣を両手に握って刃を向ける。
「んじゃ、ボクもやりますかーー」
発砲音とともに振り抜かれた左手に握られた拳銃が、狼煙のように硝煙を立ち昇らせる。
六条の閃光は狙い違わず、蛇のよう頭蓋を打ち砕いた。
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