第1話
始まりの街オルベール。
地面は石畳に覆われ、建物は基本的に切りだされた石材で造られている。
そんな灰色の街の広場に、サービス開始とともに乗り込んできた第一陣がたむろっている。
機械の誤認でネカマプレイを余儀なくされた悠ことハルカもその一人だった。
本体が男子なだけあって、その胸はまな板。が、整った顔立ち、細い体の線、そして肩にかかる黒髪は女アバターだとはっきりと主張している。
ついでに行っておくと、このゲーム、キャラメイクができると言っても本人の容姿から隔絶したところまでは設定できない。ハルカのアバターは悠の体をちょっと中性的にいじったものであり、つまり悠の外見はハルカよりも女子っぽいのだ。
元々かわいい系の悠が外見を中性的に変えているので、ハルカはかわいい中にも毅然とした雰囲気を併せ持つ、実に人目を引く外見となっていた。
ハルカはアイテム欄から初期装備・銃と初期装備・剣を取り出して装備する。剣を左に下げ、銃は見えないようにベルトの隙間に隠すように装備した。拳銃だったのが幸いだ。
「さて、姉さんと合流しなきゃね」
コアなゲーマーで溢れる街を、人にぶつからないようにゆっくりと歩く。ぶつかったりしても特にペナルティがあるわけではないのだが、女性プレイヤーは面倒に巻き込まれやすい。中身はともかく外見は完全に美少女であるハルカ=悠は気を付けなければならないのだ。
やはり、男女比は男性が圧倒的に多い。幻想世界の古代遺跡を銘打ったゲームであるためそれなりに女性プレイヤーもいるが、どうしてもこういうものは男性が多くなる。ざっと見ただけだが、悠の目には7:3くらいの比率に見えていた。
しばらく歩いていると、目当ての酒場が見えた。事前にマップを調べ、姉との合流場所に指定していた場所だ。
「姉さん」
「……悠?」
ハルカの声にぼんやりとした声で返事をしたのは、一人の女性プレイヤーだ。名前はクオン。腰まで届きそうな白髪、眠そうに細められた目。顔は端正だが無表情なためにどこかミステリアスな雰囲気がある。
中身は悠の実の姉、浅葱 久遠だ。
「悠。また誤認?」
「ああ……うん。ボクっ娘ハルカの再登場だね」
うんざりした様子のハルカ。
悠はハルカとしてプレイする時、一人称をボクに変える。女っぽい言葉を使うのは非常に乗り気がしないが……ネカマプレイだとばれるよりは何倍もマシ、という判断だ。実際それは正しく、海外で似たような体質の人がプレイ中にネカマだとばれて大変な目にあったという記事を読んで冷や汗が流れたものだ。
「姉さん、直してよ」
「脳に直接情報を流し込むヘッドギアに手を加えるのは非常に危険。事故の可能性もあるからやめた方が良い」
「姉さんがそういうなら仕方ない、か。専門でやってる人が止めるのにやるほど命知らずじゃないし」
久遠は大学院でVRMMOの機械の研究をしている。音声と見た目だけを再現すればよかった従来のゲームとは異なり、VRゲームは五感すべてを再現する必要がある。そのため、内包する情報量が桁違いに多い。それだけの情報を処理するのはハード・ソフト両面で負担が非常に大きく、もっと簡単に処理できるようにと研究がすすめられているのだ。久遠はそんな研究室の一員で、主にプログラミング分野を担当してる。ここだけの話、ハッキングも得意らしい。悠は何度も情報を盗まれている。久遠からすればいたずらの範疇らしいが、迷惑な話だ。
「パーティ申請。受けて」
「ん、了解」
クオンからハルカに申請が飛ぶ。もちろん承諾だ。そのためにここで合流したのだから。
「あとくるのは巧だよね?」
「巧と陽菜」
ハルカの確認にクオンが頷く。
磯谷 巧。悠と同じ高校・同じクラスの腐れ縁で廃人ゲーマーだ。完全女性の外見の悠とは違い、引きこもりゲーマーのくせにスポーツ万能、日焼けしたたくましい体つきの男子生徒だ。成績の方は……推して知るべし。
ハルカ、クオン、タク=巧の三人が前作からパーティを組んでいるグループだ。それに、今回からは二人の幼馴染のドジっ子・陽菜=シーネも加わると聞いている。
「あ、来た」
「おーっす、二人とも。……って、なんだよ悠。また誤認か?」
「えええええっ!? 悠くんが女の子になってるの!?」
「うるさいよ。あとハルカって呼んで」
予想通りの反応に渋面を見せるハルカ。
「体質で機械が女って認識しちまうんだとさ。ま、めったにどころか普通は不可能なVRネカマプレイだ。楽しめ楽しめ」
「…………もう慣れちゃったから」
「え、そ、そうなのっ?」
気楽に笑うタクと、リアルとなんら変わらぬ挙動不審なシーネ。
二人とも中身と全く変わらない外見で、見事なイケメン・美少女コンビを演出している。ハルカとクオンも十分に美人であるから、はたから見るとタクへの「爆発しろ怨念」が湧き出てくるだろう。中身は男二人女二人のバランスがとれたメンバーのはずが、悠の誤認体質のせいで男はタク一人だと見られるのだ。一番割を食っているのはタクかもしれない。
「ま、そんなことはどうでもいいや。パーティ入れてくれ」
「お、お願いします」
「ん、了解」
クオンから二人に申請が送られる。
それに二人が承諾したところで、早速ゲーム攻略の開始だ。
「さーて、そんじゃあ行きますか!」
タクが先導を切って歩きだし、それに三人が付いて行く。
歩きながら所得したスキルの紹介をすることになった。
「俺からな。とりあえずタンク型を目指すことにした。取ったのは剣、盾、HP強化、防御強化、自動回復だ」
「へえ。完全にタンクだね。頼りにしてるよ」
「おう。……慣れたとは思っていたが、お前の女言葉は気持ち悪いな」
「女アバターなんだから我慢してよ」
「へいへい」
タクと話すとどうでもいいことに話が流れる……とため息を吐く。
「次は私。取ったのは魔術スキル三種とMP強化、MP自動回復強化。メイジ系」
魔術特化型だ。前作では魔法銃を駆使し《ウィザード》の二つ名で呼ばれていたクオンだ。それにあやかったのだろう。
「ウィザードの再臨か。クオンしかできないしな」
「そうでもないよ」
「は? 俺たちは銃がないと無理だろ?」
何言ってんだこいつ? というような表情のタクにかすかに笑みを漏らすハルカ。話に付いていけないシーネはさっきから黙っている。
「次、シーネね」
「え? あ、うん」
ハルカが催促すると、何度か瞬きをして紹介を始めた。
「えっと、私はシーフ系を目指してみました。取ったのは」
「敬語はいい」
「え?」
シーネはクオンの顔を見て、ぎこちなく頷いた。
「え、と、あ。はい。いや、うん。……取ったのは剣、探知、罠、罠解除、敏捷強化です、だよ」
日本語が変だ。
「日本語が変だぞ」
突っ込むタク。空気を読まない。
シーネは真っ赤になった。
しかし、MMO初心者である陽菜が思い切りよくシーフ系に特化したスキル構成をしているのは悠にとって意外だった。初心者は色々なスキルに目移りし、あれもこれもと手を出して結局器用貧乏になることが多い。当然やりこめば一番強いのは万能型だが、短い時間で強くなろうと思うなら特化型のほうがいい。特にパーティで活動するなら求められるのは特化型だ。
まあそのあたりは巧が説明したのだろう、と結論付けて悠は自分の紹介に入る。
「じゃ、ボクね。タイプはダメージディーラー。取ったスキルは、剣、HP強化、敏捷強化、回避強化、そして銃!」
「「「銃?」」」
「そう、銃」
あっけにとられた三人に、腰から拳銃を抜いて見せつける。ちなみに銃の件はウィスパーで話しているので周りには聞こえていない。銃も周りに見えないようにしているから大丈夫だ。
「《ガン・エッジ》のハルカの再臨だよ」
「マジか……」
「性能としては回転式リボルバー、装填数6発。実弾系で自動リロードあり、硬直時間は3秒。威力は一発がナイフ一撃分ってところかな」
「まあ妥当か。さすがにチートじゃないか」
「うらやましい」
「銃かあ、いいなー」
「てか、どうやって手に入れたんだ?」
三人に羨望のまなざしで見られ、鼻高々になるハルカ。
「所得条件はあれだね。LCOのオールミッションコンプの特別報酬」
「「「おおぅ」」」
前作、ロスト・シヴィライゼーション・オンラインの全クエストは、知られているだけでもそうクエスト数は二千を超える。知られていないものも含めれば、更に増えるだろう。それをコンプリート……それはもはや執念だ。
「姉さん、キャラ違う」
「ノリ」
「うん、そっか」
思わず生温かい目で姉を見るハルカ。
クオンの表情は何となくドヤ顔に見えた。
自己紹介も終わり、クエストボードのあるギルド的な建物に入る。
WCOでは、クエストを進めることでマップを広げ、古代遺跡を見つけ、そこを攻略する、という流れでゲームが進む。βテストで見つかった遺跡は四つ。その内の一つは、もっとも簡単な討伐クエスト、ゴブリン討伐依頼で発見できる。
本来であれば十個ほどの依頼をこなすことで正確な場所を教えてもらえるのだが、ゴブリン討伐の時点でそのマップは開かれる。なので、自力で見つけることができれば初クエストで遺跡に挑戦できるのだ。なお、ゴブリンは遺跡の中にもいるのでクエスト失敗にはならない。また、遺跡の攻略はクエストではないので受注の必要はない。
というわけで、ゴブリン討伐依頼を受けて遺跡を目指す。案内はβ経験者のタクだ。ちなみにハルカはLCOのミッションコンプに忙しくβを経験していない。コンプしたのはつい最近の話なのだ。
まあ、そのおかげで銃スキルが手に入ったのだからハルカとしては文句はない。
「しかし、やっぱりLCOと関連あったか」
「やっぱり?」
「ああ。運営からの発表で、このWCOとLCOの関連がほのめかされてたんだよ。どんな関係があるかは知らないし、攻略の上でハンデになるようなことはないって断言されていたから大したことじゃないだろうけどな」
「へー」
視線を感じて後ろを振り返ると、クオンがハルカをじっと見つめていた。
「……なに、姉さん」
「時系列」
「え?」
ハルカは思わず聞き返すが、タクは得心顔で頷く。
「ああ、なるほど。定番だよな」
「テンプレ」
「一体何なのさ」
「私も知りたいですっ」
タクはやれやれと首を振り、
「要するに、LCOの未来もしくは過去の世界がこのWCOだって話だよ。それなら銃が存在する理由も納得できるし、古代遺跡の正体だって分かるんじゃないか?」
「ロスト・シヴィライゼーション……失われた文明。まさか、SFの科学技術だと?」
「世界観ぶち壊しだよっ」
「はは。ま、そんなふうにも考えられるってこと。攻略に影響がないんなら別にいいんじゃね?」
頬を膨らませるシーネに笑うタク。仲睦まじい様子だが、タクに聞いても付き合っているわけではないとのこと。二人の関係が正確には理解できないハルカだった。
β経験者は早速クエストを受け始めているが、その中でも遺跡に向かう者は多くない。情報は攻略サイトにアップされているものの、遺跡の情報は第一章ともいうべきクエスト群をクリアして初めて得られるもの。その難易度は相応に高く、当然ながら初期スキルのレベルでの攻略は相当なプレイヤースキルが必要になる。VR空間での活動に精通した本物のゲーマーでなければ攻略は難しいのだ。
サイトにはそのことも明記されているため、開始早々遺跡攻略を始めるものは少なかった。
受注の時に受付嬢に勧められたゴブリンの生息地帯をスルーし、その先の密林地帯へと足を踏み入れる。
目的の遺跡はこの密林地帯を抜けた先にある。
密林の魔物は当然ながら単体でゴブリン数匹を圧倒できるほど強い。知覚も鋭敏で戦闘の回避も難しいため、ハルカたちと言えどデスぺナ覚悟での侵入だ。
「いいか?」
タクの確認に、顔を引き締めて頷く。
密林に一歩踏み込むと、街を出た瞬間にも感じた「切り替わる」感覚がある。ゾーンと呼ばれるマップ情報の更新が行われたのだろう。つまり、ここからは「違うエリア」なのだ。出てくる魔物の強さも一つ上になる。
そして、ゾーンの切り替えに対しては注意が必要だ。
即ち、
「シャァアアッ!」
「ちっ、やっぱ来たかっ」
突如として目の前に現れた、蛇のような魔物――アシッドスネークが、口を大きく開いて獲物と定めたハルカたちを呑み込まんと襲いかかってきた。とっさにタクが大剣で受け止めるが、
ジュゥゥウウウッ
焼けるような音とともに剣の耐久度が大きく減少する。
「なにっ!?」
「離れて」
大きく跳び退った直後、降り注ぐ紅蓮の矢。クオンの放った火魔術《ファイアーアロー》だ。体を焼かれてのたうちまわるアシッドスネーク。
だが当然、これでは終わらない。
ドパァン!
長く尾を引く銃声が鳴り渡り、突き刺さる六条の光線。吹き飛ばされた蛇は木の幹に叩きつけられ、その体を四散させた。
「……終わった、か」
ふう、と大きく息を吐いたハルカがタクに向かって口を開く。
「その剣、大丈夫か?」
「あー……。やばいな」
その返事は芳しくない。
「あいつはアシッドスネーク、溶解属性を持つ魔物だ。攻撃を受けた武器の耐久度を大きく損耗させる。やられたな……」
誰も攻撃を受けていないものの、初戦で大きく武器を削られた。それも、パーティの要であるタンクの装備を、である。この結果はあまり嬉しいものではない。
さて、とタクが腰を上げ、
「ほれほれ、シーネさんや。起きろ」
「ふぇっ」
呆然としていたシーネのほっぺをむにむにした。
「戦闘終わったよ」
「ん」
ハルカとクオンも声をかけると、シーネはようやく我に返った。そして慌て始めた。
「あ、あわわわわわ。しゅみまっ。はわわ、すみません……わたっ」
「おっと」
お約束のようになにもないところで転びそうになるシーネを支えるタク。
これで付き合っていないというのだから不思議だ。
「ま、最初はそんなものだよ。ボクもゾーン奇襲は苦労した」
「ゾーン奇襲……?」
「簡単に言うと、VRのマップっていうのは、ゾーンっていういくつかのエリアを組み合わせて出来てるんだ。で、ゾーン同士は隣接してるからどこからでも移動できるけど、違うゾーンの情報はマップ情報しか見れないんだ。だから、隣のゾーンに入る前にはそこにいる魔物が見えない。アクティブな魔物にはプレイヤーを襲うってAIが組み込まれてるから、ゾーンに入った瞬間に襲ってくる。これをプレイヤーから見ると、突然そこに魔物が現れて奇襲をかけてくるって見えるわけ」
「な、なるほど……?」
理解できていない様子のシーネ。
見かねたクオンが口を開いた。
「移動のときは注意」
「???」
が、混乱を強めるだけだった。
ちなみにクオンの言葉を補完すると、
『(違うゾーンへの)移動のときは(突然魔物が襲いかかってくることがあるから)注意(しないとやられるよ)』
となる。
端折り過ぎて伝わらないパターンだ。
リアルでも無口な久遠はゲームの中ではさらに拍車がかかる。シーネとのように、意思疎通にも支障が出るほどに口数が少なくなるのだ。こういった誤解もハルカがいなければ数多い。
「タク、どうする? 武器の耐久度って、手入れしなければ戻らないんでしょ?」
「そうだな。こいつは遺跡まで取っておきたかったが、仕方ないか」
そう言ってタクはストレージを操作して盾を取り出す。
「盾スキル取ってあるからな。ここからは不意打ちもないだろうし、アシッド系のやつは教えるから遠距離で仕留めてくれ」
「「「了解」」」
そして、タクの指示でシーネがスキル《探知》を使う。これによってできるだけ魔物との遭遇を避けつつ遺跡を目指す。
ただ、レベル1の探知の精度はそこまで高くなく、隠蔽をもつ魔物までは察知できない。故に、多少の遭遇は避けられなかった。
が、このパーティのうち3人は廃人級のドが付くゲーマー。その程度は問題ない。アシッドスネークほどの苦戦もなく戦闘を切り抜け、軽口を叩き合う余裕すらあった。
「しっかしハルカ、お前の速射、何度見ても流石だな」
「ん、ありがと」
ハルカが銃を撃つときの尾を引く銃声は、一回と見間違えるほどの速さで6連射をしている証。反動を完全に抑えつつ速射した全弾を命中させるのはハルカの純粋なプレイヤースキルだ。LCOでも真似できる人はほとんどいなかった。
「あれ、どうやってるの? 私には全然見えなかった……」
「んー。そんなに複雑なことはしてないよ? 狙い定めて6回トリガーを引くだけだし」
「それをシステムアシストなしでやるんだからな、ハルカは。化け物級だよ」
「ありがと」
ハルカが礼を言ったちょうどそのとき、襲いかかってきた6匹の蜂型の魔物、キラービーが同時に銃弾に撃ち抜かれた。これには3人とも唖然とするほかない。
「……俺がβプレイしてる間にまた腕を上げてるな」
「見せる必要がなかっただけで、このくらいは前からできたよ?」
「お、おぅ。そうなのか」
そんなこんなで魔物たちを蹴散らしつつ、レベルが3まで上がったところで遺跡の入り口にたどり着いた。
ご意見ご感想お待ちしています。