第9話
MPK、あるいはトレイン。
大量のMOBのタゲを取り、それをそのまま他のプレイヤーへと押し付ける行為。
PKだけでも忌避される行為であるが、MPKは特に嫌われている。
それは、PKを仕掛けたプレイヤー自身の手を汚す必要がないという倫理観もあるが、単純にその迷惑性からだった。
「数多すぎ……っ!」
両手に握ったダガーを振るい、イノシシ型MOB『ボア』を首を刈り取りながら、シーネが毒づく。二本の刃が宙に軌跡を描く度、鮮血にも似た紅いエフェクトが舞い散る。HPの尽きた敵は、ポリゴンの欠片となって四散した。
戦闘開始からすでに三十分が経過し、シーネの刃は相当数の敵を屠っている。これが現実であれば、全身を紅に染めて余りあるほどの量の血が流れていることだろう。それほどの戦闘を行っていた。
だがそれでも、敵は尽きない。
リンクと呼ばれる現象がある。
戦闘状態にあるMOBは、付近にいる同種のMOBを引き寄せる。
例えばボアと戦闘しているとして、付近……およそ半径15メートル以内に他のボアが存在する場合、そのボアも戦闘状態となってプレイヤーへと襲い掛かるのだ。
これが戦闘誘発。
トレインへの対処を困難にする元凶だ。
「ま、また増えますぅ……」
「もう、どれだけ倒しても減らないし!」
気弱な声が告げる事実。MOBを大量に引き連れ、トレイン現象を引き起こした張本人であるが……なんでも今日が初めての初心者のようで、そのことを責める時間もなければつもりもない。誰にでも初めてというのは存在する。
大切なのは、五分ほど前にも同じ事実を告げられたばかりであるということだ。
倒されたMOBは、湧き地点にて再び発生する。そして、エリアの巡回を開始する。移動するMOBはやがて、プレイヤーのいる戦闘地点に近づき、そして再び戦闘状態へと入るのだ。
トレインへの対処は、必然的に時間のかかる対多数戦闘となる。だから、プレイヤーはしばらくの間、一か所で戦闘し続けなければならない。だが、そのことが戦闘誘発を発生させ、さらに対処を難しくするのだ。
一体一体はさほど強いわけではない。戦闘職ではないシーネでも対処できているのがその証拠だ。しかし、如何せん数が多い。
さらには、
「うぅ……ごめんなさい……」
守る相手もいる。
涙目で、手のひらほどの短剣を握り締める少女に、シーネは決意を新たにする。
数は多い。
が、それだけであれば……対処する方法はあるのだ。
「クオン、そろそろ行ける?」
「任せて」
シーネの言葉に背後から、淡白な……しかし、確信に満ちた声が答える。
その女性は、白い短杖を構え、口を開く。
「【炎の矢】」
凛とした声とともに、宙に二十の炎の矢が生まれる。
【遅延発動】スキルによる、魔術の多重発動。それに加え、もう一つ。むしろ準備時間のほとんどはこちらにつぎ込まれている。
「【炎の嵐】」
具現化するのは、炎の中級魔術、炎の嵐。その文字通り、紅を帯びた熱風が吹き荒れ、中にいる存在を焼き尽くす。さらにそこに、炎の矢が撃ち込まれた。
矢系の魔術は、初級魔術でしかない。そのため威力もそこまで高くはない。
……そのはずなのだが、今は、嵐の中にいるMOBを一撃で貫いている。
その理由は、クオンの装備している短杖にあった。
その短杖には、魔術の威力を強化するのはもちろんだが、さらに連撃ボーナスを増幅する効果があるのだ。わざわざ【遅延発動】を使い、多量の魔術を一度に行使したのも、この効果を最大限に発揮するため。
クオンの一撃によって、およそ半数まで数を減らしたMOBたちは、一気に攻勢に出た三人によって、数分のうちに駆逐されたのだった。
◇◆◇◆◇
「すみませんでした」
目の前で、少女が土下座で謝っていた。クオンはじっと少女を見つめているが、シーネは思わず周囲を見回してしまう。今いる酒場の個室はプライベートゾーンに指定されているので、当然誰もいないのだが。
「ま、まあ、わざとじゃないみたいだから。わたしたちも死んだわけではないし……」
「でも、採取は中断された」
「う」
「すみません……」
なんとかフォローしようとするシーネだったが、淡々と告げられるクオンの言葉に二の句が継げなくなる。少女は余計に縮こまってしまった。
「故意ではないとしても、トレインは非常に迷惑。反省して」
「はい……すみません」
「ならいい」
少女の再びの謝罪を受け、クオンは小さくうなずいた。
どうやら謝罪を受け入れることにしたらしい。
「じ、じゃあ、この話はおしまい! ほら、立って。えっと……」
「フィアといいます。……はい」
シーネの声に従い、フィアがおどおどと腰を上げる。
「せっかくプライベートルーム取ったんだし、ちょっと食事でもしていこうよ! 二人も呼んで、さ」
「ん、賛成。……ところで、フィアは今日が初めてだった?」
「はい、そうです」
シーネはチリンとベルを鳴らして店員を呼び、適当に五人分料理を注文する。クオンはハルカにチャットを送りながらフィアに話しかけた。
「なるほど。一人だったの?」
「いえ、保護者……というか、誘ってくれた人がいました。あの、その人もここに呼んでいいでしょうか。心配していると思うので……」
「え、保護者いたの?」
驚いた様子のシーネ。
「はい。狩場ではぐれまし」
「呼んで。今すぐ」
「ひゃいっ」
フィアの声を遮って発せられた、凍るような声。
クオンである。
「えっと……クオン?」
慌ててメニューをいじりだしたフィアを横目に、クオンが極寒の雰囲気をまとう。
「絞める。きゅっと」
何故かキレていた。
しばらく書いていないせいか、うまく書けません。
そのうち改稿すると思います。




