プロローグ
とある人気タイトルを持つゲーム会社の第二作、《ワールド・クロニクル・オンライン》ーー略称《WCO》。
剣と魔法の王道ファンタジーを謳い文句にしたそのゲームの、サービス開始が今日だった。
「SFだった前作と違って、今回はファンタジーか……。なんにせよ楽しみだな」
すでにプレイのためのインターフェース、ヘッドギアと名付けられた機械を顔に取りつけ、重度の廃人ゲーマーである少年……浅葱 悠はつぶやく。
WCOを発売しているメーカーの前作を悠はすでにクリアしている。銃をメインに戦う、臨場感溢れる前作の評価は非常に高い。故に、悠は今作にも大きな期待を寄せていた。
「前回のも面白かったけど……キャラがな……。あー、今回はちゃんとなってるといいけど」
前作のキャラメイクで色々と問題のあった悠。リメイク不可の仕様だったために結局最後まであのキャラを使っていたのだが、なかなか羞恥心の試されるものだった。特に、知り合いと一緒にプレイするときは。
「ま、もう慣れちゃったけど。でも、やっぱりなー」
誰に聞かせるわけでもなくボヤいたそのとき、時計の針がカチッと鳴り、正式サービス開始時刻を告げた。
「おっ、来たな」
ヘッドギアにかけたタイマーが起動し、悠の意識を仮想空間へと誘う。何もない白い空間へと放り込まれ、無機質な女性の声でアナウンスが流れた。
『ソフト名《ワールド・クロニクル・オンライン》を起動します』
悠の視界にWOCのパッケージが表示され、《OK/NO》という選択欄が宙に浮く。選ぶのは当然、OKだ。
瞬間、パッケージが掻き消えると白い空間が崩れ去り、代わりに緑溢れる山、緩やかに流れる河川、輝く二つの太陽といった、まさしくファンタジー! な世界が構築された。
「おお〜」
その作り込みに感嘆の声が上がる。
『キャラメイクを開始します』
悠の視界にマネキンのような人の人形が浮かび上がる。身長や腕の長さなどは現実の悠の体に合わせられている。もちろん、ここから変更もできるが……前回のゲームで、悠は『体の大きさはあまり変えない方がいい。動きづらくなる』と言うことを学んでいた。
だから、あまりその辺りを変更するつもりはない。
「んー、どうしようかな……。って、なんか胸のあたりが……?」
あれ? と首を傾げ、嫌な予感が頭を駆け巡り、恐る恐るパラメータを表示する。
そこにはーー
『Sex:F』
ーーと。
F、すなわち女性。
嫌な予感が的中していた。
「うがぁぁあああっ! またかよっ!」
前作に続く、二度目の機械の誤認であった。
……まあ、悠は廃人ゲーマーと言っても数多くのゲームをやるタイプではなく、気に入ったものをとことん極めていくタイプの廃人だったため、VRMMOはこれが二つ目。つまりは現在誤認率100%を叩きだしている真っ最中だった。
しかもVRではTSプレイは基本的にできない。これはつまり、機械の誤認で性転換してしまったプレイヤーは最後までネカマするしかないということで、悠は前回も女性キャラでトッププレイヤーまで上り詰めている。今回もそうするしかないようだった。
「はー。姉さんが言うには、俺は完全にそういう体質だって話だし……。どうしようもないかあ」
メーカーに連絡すればどうにかなるかもしれないが、そうすると悠は新しいゲームを始めるたびに《メーカーに連絡→修理》という、早くとも二週間はかかるプロセスを経る必要が出てくる。悠のような廃人にとって、二週間とは実に大きい。二週間あれば大抵のゲームでマップの攻略が一つくらいは進むものだ。エリア一つ分のハンデは大きすぎる。トッププレイヤーになろうと思ったら、大切なのはスタートダッシュだ。あとから追いつこうと思うと気が遠くなるほどの努力が必要になる。
……要するに。
「このままやるしかないか……。はあ、また俺は『ハルカ』になるわけだ」
と言うことだ。
ちなみにハルカとは悠の女性キャラの名前だ。なんてことはない、本名の意味からとっただけの話だ。が、意外とこれが気付かれない。
少なくとも、姉以外に《ハルカ=悠》の図式を突き止めた者はいなかった。主だった友人は悠から教えたために知っているが。
「それって、俺の言動が女子っぽいって言われてるような気がするんだけどな……。ま、いっか。気にしない気にしない」
ついでに、悠の外見も女子っぽい。学校で冗談半分に女子用の制服を着せられた時、ほとんどの生徒が『女子より女子っぽい』と口をそろえて言ったのだ。恐ろしいことに、女子までそう言っていた。あまりの似合いっぷりに、事情を知らない男子が告白まがいのことをしでかしていたほどだ。あの時は鳥肌が立った。
ひとつ溜息をつき、『ハルカ』と同じような姿にキャラを調整する。サービス開始からほぼ四年間付き合ってきたキャラだ。顔の造形なんかはとっくに頭に入っている。
「はあ。姉さんには散々からかわれたなあ」
手早くキャラメイクを終え、名前を『ハルカ』としてゲーム開始。チュートリアルが始まる。
簡単な操作方法やゲームの仕組みを聞き、終了する。
チュートリアルにはよくあるゲームの背景設定などの説明はなく、ただ事務的な説明だけで終わってしまった。少し拍子抜けする。
説明を要約すると、
・このゲームにおいて、キャラレベル上昇における恩恵はほとんど存在しない。レベルはどれだけの経験を積んでいるかを示すものでしかない。
・いわゆるジョブは存在せず、所得可能なスキルを育てることでキャラは強くなっていく。初期所得可能スキル数は5。その後ポイントを使って所得することになる。
・キャラレベル上昇の唯一の恩恵として、ポイントの所得がある。レベルが1上昇するごとに3ポイント、10の倍数のレベルになるとボーナスとして10ポイント入手できる。
・ポイントを使うとスキルのレベルを一つ上昇させることができる。スキルレベル上昇のために必要なポイントは上昇後のレベルと同じ。スキル所得はレベル0からレベル1への上昇と見なすため1ポイント必要。
つまり、スキル制のゲームだといえる。レベルもあるが、このゲームにおけるレベルとはスキルを育てるために存在しているものだ。そこを考えると完全スキル制に限りなく近い。
こういったゲームで重要なのは、当然ながらスキル構成だ。まず方向性を決め、それに見合ったスキルの構成をしなければそれぞれの長所を十全に引きだすことはできない。
「前のゲームで遠距離戦に慣れてるからな。魔術師とかにして後方から倒すか」
手元に現れたメニューからスキルウィンドウを開き、スクロールしてどんなスキルがあるかを見てみる。
初期スキルは、ぶっちゃけ大したものがなかった。攻撃系、補助系、生産系と基本的なものはそろっている。が、それだけだ。
思わずため息が出る。
「おおぅ。マジか、片手剣スキルとかが上位スキルなのか……ってぇえ!?」
所得可能な攻撃系スキルは、剣、杖、格闘、弓、火魔術、水魔術、風魔術。
そして、何故かーー銃。
しかも、その位置づけは特殊スキルだった。
「銃スキル……? なんで?」
そうつぶやき……はっとする。
「そうだ! 確か……」
そうして開いたアイテム欄。開始直後で空欄であるはずのそこには、『銃使いの心得(使用済み)』という文字があった。
銃使いの心得――身に覚えのあるアイテムだ。
そう、たしか、前作のオールミッションコンプリートの特別報酬。意味が分からず、ストレージの肥やしとなっていたアイテムだが……
「まさか、こんなところで使用されるとは」
このアイテムは、このWCOで、銃という特殊スキルを手に入れるためのものだったらしい。ゲームが変わって見れるようになったアイテムの説明には、こう書かれている。
『銃使いの心得(使用済み)』……古代遺跡の深部で発見された特殊武器『銃』の使い方がまとめられている。(効果:銃スキルの所得制限を解除する)
確かに、このアイテムがあるから銃スキルという選択肢が現れたようだ。
「うーん。銃か」
悠は、レーザーガンとフォトンブレードによる中距離・近距離両方に対応できる戦闘スタイルを得意としていた。《ガン・エッジ》という二つ名を得るほどの腕前だった悠だ。出来ればこのスキルは所得しておきたい。
が。
「絶対目立つよな」
それが問題だ。
トッププレイヤーを目指すのなら目立ってなんぼだが、目立つのと悪目立ちするのは意味が違う。ファンタジー世界で銃を使う……実にシュールな絵柄だ。世界観ぶち壊しである。
そして、オールミッションコンプリートなんてことをしているのは悠ぐらいしかいない。ある程度の戦闘力を得た後でもお使い系のクエストが出てくるのだ。必須でもない限りそんなクエストに手を出すものはいない。
つまり、悠=ハルカは、この世界でただ一人の銃使いとなってしまうのだ。
「けど、それもおもしろそうだ」
に、と唇の端が持ち上がる。
ゲームだ、楽しまなくては損というものだろう。そして、そこに誰も手に入れられないであろう特殊スキルがある。ゲーマーとして手に入れなければ嘘と言うものだ。
「うし、こっちでも俺は《ガン・エッジ》だ」
所得するスキルは、銃と剣。他には補助スキルとしてHP強化、敏捷強化、回避強化を取る。余裕があればぜひ魔術スキルを取りたかったが、一点強化したいために諦めた。
敏捷と回避を二重に強化する……完全に逃げ回りながらダメージを与えていくスタイルだ。このやり方で、ハルカはトッププレイヤー同士の決闘でも時には完封するほどだった。
「さあ、ゲームスタートだ」
悠の視界を白い光が包み込み、先ほど設定したアバターが悠の体になる。
こうして、幻想世界に銃使いが降り立った。
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