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 道路にそって並び立つ街路樹が風に煽られ、折れるのではないかと心配するくらい曲がり、揺れている。通る車のない道路は、雨の勢いで川のようにさざ波立っている。川も普段のような澄んだ色ではなく、泥と枝葉が混じった茶色の濁流と化していた。梅雨が明け、夏に入る前の台風ラッシュのこの時期によく見られる光景である。


「台風直撃の日くらい休みにするだろ普通? 結局客来なかったしよぉ」


 原チャリに跨り、滝のような雨に打たれながらバイトのヘルプに呼ばれた事に対して愚痴をこぼす。


「うへぇ信号赤かよ。てか、川めっちゃ増水してるよ」


 早く家に帰りたい、頭の中はそれでいっぱいだったが、事故というのはこういう状況の時に起こりやすいという考えが浮かび、信号無視という行為に及ばずに止まる事が出来た。気分を紛らわす為に自分の隣に流れている川を覗き見ると、氾濫一歩手前の濁流が流れているのが見えた。


 信号が青になるのを確認し、濁流を横目に原チャリを進ませる。


 強風に煽られ、倒れないようにバランスをとりながら進んでいると視界の先で増水した川を覗き込んでいる小学生低学年くらいの少年を見つける。原チャリを止めて声をかける。


「おいガキ! あぶねーから川から離れろ!」


 少年が怒鳴られた事によりびくつき、バランスを崩して川に落ちかける。


「あっ糞!」


 原チャリが倒れるのに構わず、慌てて駆け寄り、ズボンに手をかけて引っ張りあげた。


「大雨の日は川に近づくなってママに言われなかったのか!? さっさと帰れ! ……まじで焦った、身体鍛えといて良かったわ」


 子供が半泣きで走っていったのを見て安堵の息をつき、原チャリを起こす。


「あれ?」


 エンジンをかけようとするが、何故かかからず何回か試すも上手くいかなかった。


「おいおいまじかよ……今日はとことんついてないな、押して帰るか」


 もうすぐ家につく距離という事もあり、諦めて手で押して帰る事にした。


 原チャリから意識を離すと雨とも風とも違う大きな音が聞こえてくる。加速度的にその音は大きくなった。


「ホントについてないのな、ははは」


 音の原因が視界に入ると、力の無い声が口から漏れ出る。

 

 掠れた笑い声が鉄砲水に呑み込まれて消えた。



 鳥と虫の鳴き声が聞こえる。

 

 川のせせらぎ、木々のざわめき、むせ返るような土と苔の臭い。


 懐かしい、俺がガキの時はよく親父に連れられてキャンプに行っていたな。キャンプってよりはサバイバルみたいなもんだったか。他にも楽しい時は沢山あったが、あの時が人生で一番輝いていた。生きてるって実感があった。生きてる? 俺は、あの時……。


「っ……。はぁはぁはぁ」


 生きてるという単語で鉄砲水に飲まれる光景がフラッシュバックした途端悪夢から醒めるように目を覚ました。


「俺は確かにあの時増水した川に呑み込まれて」


 自分の身体を触り、異常がないか確かめるが怪我をしているどころか泥にまみれている所は無く、地面に横たわっていたため背中に落ち葉と土が若干付着していただけだった。


「呑まれなかった、のか? いや、それよりも俺は今どこにいるんだ?」


 未だに混乱しているのか、頭を振り呆けた口調で自問自答する。


 回りを見渡し、視界に入ったのは高さ6、7mの広葉樹が数m間隔で生え、その間に低木が自らの生息域を確保しようと群生している姿。自らの傍らを流れる横幅1mで、深さがくるぶし程の小川。木々の切れ間から差し込む木漏れ日である。


 この光景は自分の記憶に無い。あの川に流されて無事だったと考えても、普通川に流されたら下流にいくはずだ。なのに、今のこの場所はどう考えても上流。そして自分の原チャリは見当たらなかった。


 全くわけがわからないという表情を浮かべながら小川まで歩き、水に手を突っ込み清流特有の冷たさを肌に感じ顔を洗う。


「ふぅ、目ぇ覚めた。この状況はどう考えても遭難って事で間違いない、こういう時はまずはどうするんだったか……」


 昔親父に教えられた事を思い出す。


「一つ、冷静になる。二つ、現状の確認をする。三つ、持ち物を確認する。四つ、問題の確認、解決を行う。だったかな。」


 声に出す事によって自分の精神の安定も図れるという事も思い出し。声に出して確認する。今になってこんな知識が役に立つなんて世の中何があるか分からない、そう思い苦笑した。


「一つ目は大丈夫、なはずだ。二つ目は現状を確認つっても現在位置不明、現在時刻は、携帯もワークマンもない……電子機器系全滅って、まじかよ」


 携帯電話と音楽プレイヤーの両方の電子機器が紛失した事に落胆する。


「二つ目は現在地不明、現在時刻不明、今のところ身体に異常はなし。時間は太陽の動きをみていたら大

体わかるとして、持ち物は」


 ポケットの中を探ると父親に貰った十徳ナイフ、学生時代の彼女に貰ったショールの原石がぶらさがった首飾り、煙草、ジッポライター、財布、飴3個の6点だった。


「取りあえずこの十徳ナイフとジッポが最重要持ち物だな。それで問題点の確認、解決か。取りあえずこの遭難は長期になりそうだから川を上って安全に休める所を見つけよう、まずはそれからだ」


 そう決めて、自分に言い聞かせるようにつぶやき歩き出す。


 30分程川を上ると川幅が広がり、滝が見えた。そこまで大きな滝ではないが、滝壺が出来、そこから下流に向かい二本の川に別れているようだ。今自分が辿ってきたのは穏やかな川だったが、もう一方の川

は深さもあり流れが速そうな川に見える。


「少し休憩するか」


 久しぶりの山道で歩きなれない為か疲れが声にでる。


 滝の前ということもあり上には木々はなく青空が広がっており、燦々と光を降り注ぐ太陽が顔を見せて

いた。先ほどの太陽の位置と比較すると現在時刻は午後4時頃だという事が分かる。


「日が暮れる前に寝られる場所を確保しないとな、下手したら木の上で寝る事になるか……」


 夜は野生動物が危険だから地面では寝るなという親父の言葉を思い出し、冗談ではないという気分になる。


「先に進もう」


 腰を上げ、上流に向け歩きだす。


 十徳ナイフで木の枝を切り、杖代わりにして坂道を歩く。何回か転びそうになりながらも坂を上りきるとそこには開けた空間があった。そして視界の真ん中に映ったのはツタや雑草、低木などに侵入されているが森林の中で異物感を放つ家であった。よく見ると一つだけではなく、ここから見えるだけでも十数建はあるのが見えた。


「廃村か、こんな山奥にあるもんなんだな」


 かつて人間が住んでいたであろう住居はもはや人の営みの影がかすみ、森に呑まれつつある村を見て寂寥感に包まれる。


 一番近い家に近づき観察する。日本でよくみる木造一戸建てというよりは木造ロッジといった外見の建物だ。ガラスにはツタが這いずり窓には埃が積もっている。手入れをされていた頃は洗濯物が干してあったであろう庭は植物が鬱蒼と生い茂り、足の踏み場も無い状態に変わってしまっていた。玄関の取手にもツタが巻き付いており、開く為に十徳ナイフでツタを切断する。


「おじゃましまーす」


 建て付けがゆがんでいるのか、扉を開ける時に木材がこすれ合う耳障りな音が響く。


 中に入ると、埃っぽい淀んだ空気が鼻をつく。何があるか分からないので靴を履いたまま屋内に入る。一歩歩くたびに床が軋む音を鳴らす。明かりの無い室内は不気味な雰囲気を醸し出しており、杖代わりにしている棒を握る手が汗ばむのがわかる。


 一部屋ずつ確認していく。一階にはリビング、台所、トイレ、書斎、寝室の5部屋。二階には寝室が一部屋と物置が一部屋あった。


「この家に大型の動物はいないみたいだな、一先ず安心ってところか」


 一回の寝室にあるベッドに腰を掛け一息つく。


「次に、確認、する事、は……」


 肉体的な疲労と精神的な緊張が和らいだ事で意識が泥の中に沈んでいく。人のいない森の中にある廃村、森はそこに横たわる新しく加わった人間を、他の生き物と差別する事なく平等に、その暖かくも厳しい胸の中に受け入れる。


あと5、6話は登場人物一人だと思います

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