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彼方と此方

 その日はとても暖かい秋晴れの日で、でもどこか、もうすぐそばに迫った冬の寂しさが足元に吹き込んでくる予感がする。そんな日だった。

 私はその日、麦の収穫を手伝うために一面黄金色になった畑にいた。そこに隣の家の男の子が走ってきた。男の子は興奮した様子で、少し遠くで兄たちに何かを話している。私も気になったので、声が聞こえる距離までこっそりと近寄って耳をすませた。


「だから、今日は村をあげてお祭りをするんだって。当然だよ、光の勇者様がこの村に来てくださったんだからなぁ」

 

 驚いた、心臓がドキドキして体が勝手に震えていた。

 遠くの村で、精霊のお告げを受けて旅にでた勇者のはなしは吟遊詩人の詩で知っていた。それは私が一番好きな物語だった。たまに村に訪れる吟遊詩人に、勇者が草も生えない土地に住む魔族を退治する話、世界一高い山の上にある、魔族に氷漬けにされたお城をいかに解放したのかという話を聞いた夜は、そんな誰も見たこともないような世界を冒険するとはどんな気持ちなのかと寝る前に考えて、その旅に加わる自分を想像しながら眠りに落ちた。

 でもまさか、こんな国の辺境にある農村に、物語の中のひとが訪れるなんて、考えてもみなかった。村のあちこちでささやき合っている大人たちの話を聞くと、なんでも勇者は、この先の山脈に伝説の竜を探すため向かう途中らしい。

 

 その日、村では盛大な歓迎の祭りが行われた。お祭りのテーブルは、普段は食べられないような御馳走で埋め尽くされていた。その周りに楽器を演奏する芸人がいて、村人の多くはそれに合わせて踊っているか、食事をしながら親しい人たちと話をしていた。村の子供たちは、美味しい食べ物を食べられることに喜んで、大人の人達はお酒を飲んで騒げることが嬉しいみたいだった。

 私は一目でもいいから勇者様の姿を見たかったが、勇者様の周りは村の偉い人たちや、旅の同行を願う村の腕自慢の青年で固められていて、人と人との間から覗き見るのがやっとだった。遠くから、なんとか見た勇者様は思ったより若くて、どこにでもいそうな若者に見えた。

祭りから帰る夜道で兄が

「俺も、もう少し力があれば勇者様に同行を願い出たかったよ」と、ぽつりと呟いた。


 次の日に、勇者様はまた旅に出て行った。勇者様は村の若者の願い出をすべて丁寧に断って、また一人で旅に出て行ったそうだ。私は結局、一言の言葉も交わすことが出来なかった。

 勇者様が出て行ってからしばらくすると厳しい冬がやってきた。その年は特別寒さが厳しい冬で、私と家族はひたすら家の中で火を焚いて、その厳しい冬が去るのを息を殺して待った。それでも村での生活はとても幸せだった。農家の私の家は貧しかったが、寒さを紛らわせるようにいつも軽口を言って笑わせてくれる兄や、それを嗜めつつ笑う優しい母親がいて、いつも家の中は暖かかった。

 でも私はこの世界のことをもっと知りたかった。


 春になり木々に青々とした葉が芽吹き始めたころ、勇者様は戻ってきた。

 村では、また盛大に歓迎の宴が開かれた。私は今度こそ一言でもいいから会話をしたいと決意して、大人たちの間に体をぎゅうぎゅうと押しこんで進んでいった。不意に開けたと場所に出て、あたりを見渡すと、私は勇者様のかなり近くまで来ていた。話かければ声も届くかもしれない距離だ。村の青年たちに囲まれ、何かを話している勇者様に意を決して話しかける。

「あ、あの」

思いがけず大きな声が出てしまい、青年たちの目が私に集まった。周りは大人たちばかりなので、私はかなり場違いだろう。

勇者様もこちらに目を向ける、目があった。

「なにか聞きたいことがありそうな顔をしているね」

落ち着いた声だった。私は、声が震えないように意識しながら口を開く。

「勇者様はどうして旅を続けるのですか。誰も行かないところに行って、人のために魔族と闘ったり、勇者様にはどんな世界が見えますか」

それは私がずっと聞きたかった質問だった。

水の底のように静かで、でもその奥のほうで好奇心がはねる目で見つめ返される。

「それが知りたいなら、一緒に旅をするしかないかもね、一緒に行くかい」

周りがざわめく。

でも私は勇者様のその瞳を見たときに、わかってしまったのだ。

「質問に答えてくださってありがとうございました。でも、私は勇者様と一緒には行けません」

そう言うと、勇者様がすこし微笑んだ気がした。


 その次の日に勇者様はまたひとりで旅立っていってしまった。

 そして私は庭に埋めてある、今までの駄賃がつまった袋を掘り出して、靴の紐を縛る。


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