第7話 記憶
病室に入ると疾登は窓の外を見つめていた。
「疾登さん」
先生が疾登の肩を揺らしながら言った。しかし、
「疾登?僕は疾登っていう名前なんですか?」
「そんな・・・自分の名前まで・・・」
先生はそう呟いた後、智のほうに顔を向けて言った。
「明日、検査をしてみます。それで、記憶喪失だったら・・・」
先生は一拍おいて、申し訳なさそうに言った。
「治療法がないので、退院して頑張って記憶を取り戻してもらうことになります」
そこで先生は、智と花輪に視線を向けて言った。
「智さん、花輪さんちょっといいですか」
智と花輪は頷いて小さな部屋に入った。
「先ほども言いましたが、疾登さんは記憶喪失になってるかもしれません。しかし、強引に記憶を取り戻させようとすると、脳に大きな負担がかかるので、なるべく無理のない範囲でお願いします。」
「分かりました」
花輪は今にも泣き出しそうな顔をしている。そんな花輪に優しく声をかけた。
「花輪。疾登は大丈夫だよ。疾登は記憶を取り戻してもらうのを頑張ってもらう。そのためには俺らの
情報が必要だ。だから一緒に頑張ろう。疾登の前ではそんな顔すんなよ」
そう言って智は花輪の頭を優しくなでた。花輪は「そうだね」と言ってにっこり笑った。智も笑顔を見せた。
「じゃあ、明日の検査、お願いします」
「はい」
二人は部屋を後にした。
病室に入った。まずは疾登に自分の名前を思い出してもらわなければならない。
「お前は、野々神疾登っていう名前なんだ」
「野々神・・・疾登・・・」
「そうだ」
すると、疾登は智の顔を見て言った。
「あなたは、誰ですか?」
その言葉が胸を痛めた。本当に何も覚えてないんだなと思った。
「俺は、野々神智だ。疾登の兄貴だ」
「智・・・うっ」
疾登が急に呻きだした。頭を抱えてとても苦しそうにしている。
「おい!大丈夫か!しっかりしろ!」
「疾兄!しっかりして!」
しばらくすると、疾登は落ち着いた。しかし、まだ息が荒い。
「大丈夫か?ごめんな。急にいろんなこと言ったから」
「いいよ・・・大丈夫だから」
「そうか。もう、俺ら帰るな。明日また来るから」
二人は疾登に「おやすみ」と言って病室を出た。
翌朝、智と花輪は昨日の疾登の呻きは何だったのか相談しに行った。
「昨日、俺の名前を疾走に言った途端、呻き出したんです。それはなぜなのかを相談しに来たのですが・・・」
すると、先生は呆れたような顔をして言った。
「この前も言ったように、ゆっくり記憶を取り戻すんです。あまり強引にやると、脳に負担がかかり苦しくなってしまうんです」
「分かりました。ゆっくり時間かけて・・・ですよね?」
先生はコクリと頷いた。その会話が途切れた後、今まで何も言わなかった花輪がやっと口を開いてこう言った。
「あの、疾兄の検査の結果は、もう出たんですか?」
智もそれは聞いておかないと、と思い先生の言葉を待った。先生はそうだったという顔をして言った。
「疾登さんはやはり、記憶喪失という結果が出ました。しかし、ほかの部分は異常がなかったので明日には退院できるでしょう」
それを聞いた途端、花輪は笑顔を見せてこう言った。
「そうですか。良かった」
智もそれを聞いて安心した。二人は先生に礼を言って疾登がいる病室に向かった。
病室に入ると疾登は窓際に行って外の景色を見ていた。二人は、そっと疾走に近ずいて声をかけた。
「疾走、おはよう」
「疾兄、調子はどう?」
すると、びっくりしたのか飛び上がって驚いていた。
「もう、びっくりした」
二人は笑いながら、謝った。
「いいよ、もう、俺は完全復活したよ」
その言葉を聞いて、花輪は微笑んで言った。
「よかった。じゃあ、明日退院できるね」
「ああ。あの、あなたは誰ですか?」
そうだった。疾登はまだ花輪の事を思い出してないんだった。
「あ、彼女は野々神花輪。疾登の妹だよ」
「そうだったのか。ごめんな。傷ついたよね」
花輪は下を向いたまま、首を横に振った。
「本当に、ごめんな。花輪」
花輪は、顔を上げて言った。
「嬉しい。前と変わらず、花輪って呼んでくれて」
花輪が笑うと、疾登もにっこり笑った。
「さっきも花輪が言ったけど、明日退院するから準備するぞ」
花輪が智の腕をつつきながら言った。
「そ、そうだよ。ほら、そんな事より、早く準備するぞ!」
「分かったよー」
智は誰にも聞こえないような声で言った。
「俺だって羨ましく思うことだってあるよ」
翌朝、智と花輪は疾登を迎えに行った。でも、まだ、完全に記憶は戻っていない。なるべく、早く思い出してもらいたいのだが・・・これからどうする。いろいろ考えてると、花輪が横から話しかけてきた。
「お兄。疾兄の事なんだけど」
「ん?」
智は首をかしげて聞いた。
「あのさ、疾兄の記憶をなるべく早く、それと、負担をかけないように、1日1つ、思い出してもらおうよ」
そうか、そんな簡単な事、なんで思いつかなかったのだろう。その方法が1番簡単かもしれない。智はその考えに賛成した。
「よし、じゃあ、明日から始めようね」
「分かった。その前に、疾登に記憶喪失になっている事をまだ詳しく話してないから、言わなきゃいけない」
花輪は俯いてしまった。智はそっと声をかけた。
「大丈夫、疾登の事だから。ちょっと混乱するかもしれないけど」
そう言うと、花輪は顔を上げて小さく頷いた。
最近の話は、ちょっとシリアスですが、
もう少ししたら、明るくなってきます☆
次回もお楽しみに!