第6話 疾登の奇跡
「これからどうするんだよ」
疾登が智に疑問をぶつけてきた。
「決まってるだろ。この似顔絵を手掛かりにして犯人探すんだ」
「それだけかよ」
「他に考えてなかったの?」
疾登と花輪が呆れた顔をしていた。それしか方法はないだろと言ったが二人は納得してくれなかった。そんな二人を無視して話を続けた。
「じゃあさっそく今から探すぞ。今日は三人一緒に行動しよう。明日から別行動にする」
二人はコクリと頷いて立ち上がった。そして、三人は家を出たのだった。
「あーあ。やっぱり見つかんなかった。五時間も探したのにー」
疾登が子どものように言った。智はその言葉に呆れて言った。
「五時間しかだろ。そんな早く犯人なんか出てこないよ」
「そうだよ疾兄」
疾登は面倒くさい様子で「分かったよ」と言った。
「よし、明日に備えてもう寝よう。さっきも言ったけど明日は別行動だからな」
二人は分かったと言ってそれぞれの部屋に入っていった。智も部屋に入って眠りについた。
翌朝。
「疾登、花輪。準備はできたか?」
「うん。ちゃんと似顔絵も持ったよ」
花輪はポケットからその紙を取り出して智に見せた。
「よし。で、疾登は?」
「あぁ、俺も準備できたよ」
智はいつもと疾登の様子が違うということに気が付いた。
「疾登、顔色悪いぞ。大丈夫か?」
すると、疾登は苦笑いを浮かべて
「そ、そうか?俺は大丈夫だって」
そう言い終えた後、疾登がふらついた。
「お、おい。ほんとに大丈夫か?もう、今日はゆっくり休んでおけ」
「大丈夫だって」
そう言って疾登を支えていた智の手を放した。
「そっか。でも、無理すんなよ。あ、それと、4時には皆家に戻ってくるんだぞ」
「うん」
疾登はそう言って家を出て行った。
「じゃあ、俺らも行くか」
智は花輪に言った。
「そうだね」
二人は家を出た。このとき智は疾登が大変な事になるとは知る由もなかった。
午後4時
「ただいまー」
智は部屋に入ったが、まだ二人とも帰ってなかった。
「大丈夫かな・・・あの二人。特に疾登の調子が悪かったから・・・」
落ち着かない様子で部屋の中をうろうろしていると玄関から声が聞こえた。
「ただいまー」
花輪の声だ。智は急いで玄関に向かった。花輪と一緒に疾登も帰ってくると思ったが、その予想は見事に外れた。
「あ、お兄。帰ってたんだ。犯人見つかった?」
「いや、いなかった。それより花輪、疾登見なかったか?」
「見てないよ。まだ帰ってきてないの?」
智はそうだというように頷いた。おかしいな・・・もう30分以上経ってるのに。もしかして道で倒れてないか。だめだ。悪い方に考えちゃいけない。あの、疾登だ。少々遅れても不思議ではない。いろいろ考えてると電話が鳴った。疾登かなと思い電話に出た。
「おい、疾登何してるんだよ。早く帰ってこいよ」
「あの、野々神さんのお宅でしょうか?」
聞き覚えのない声が聞こえてきた。一瞬、いやな予感が頭をよぎった。
「あの、ご用件は」
智が聞いた。声が少し震えていた。
「野々神疾登さんが、交通事故に遭われました」
不幸なことに智の予感が的中した。智はすぐに疾登がいる病院をの名前を聞いて、花輪と一緒に病院へ向かった。無事でいてくれと願いながら・・・。
二人は息を切らしながら疾登がいる病室へ向かった。
「疾登!」
「疾兄!」
二人は疾登のベットに走って行った。
「疾登!大丈夫か!」
「疾兄・・・」
いくら疾登の体を揺すっても目を開けてくれなかった。すると、横から医者が声をかけてきた。
「疾登さんは、命に別状はありません。しかし、頭に強い衝撃を受けたので、最悪の場合今までの記憶を忘れてしまっているかもしれません。もっと最悪の場合、このまま眠り続けるかもしれません」
「嘘でしょ・・・疾兄・・・目を覚ましてよ」
花輪はその場に崩れ落ちた。やっぱり、疾登は体調が悪かったんだ。あの時、強引になってでも疾登を
止めてやればこんな事にならなくて済んだのに。
「疾登。ごめんな」
智はそう言うと病室を出た。何かに取りつかれたように智の体が屋上に向かっていた。
屋上に着いた。足の動きが止まらない。柵を飛び越えて飛び降りようとしたとき、突然背後から声が聞こえた。
「お兄!何やってるの!」
花輪の声だった。しかし、智は強い口調で言った。
「来るな!俺に近寄るな!」
本当はこんな事言いたくないのに、勝手に口が動いてしまう。最後の一歩を踏み出そうとした。その時、
「お兄!やめてよ!」
花輪が柵を飛び越えて智の腕を掴んだ。その途端、我に返った急に激しい疲れが襲ってきた。気が付くと花輪の目から涙があふれていた。
「私・・・お兄がいなくなったら・・・」
智はそこで言葉を遮った。
「もう、いいよ。ごめんな」
「なんでこんな事したの!お兄のバカ!バカ!バカ!」
そう言って花輪が智の胸の飛び込んできた。
俺は耐えきれなかったんだ。いつも疾登だけに不幸が襲ってくる。疾登は何もしてないのに。なれるんだったら俺が疾登の変わりになってやりたい。そう思っていたが心のどこかで「死んで楽になりたい」という自分がいたのだ。智は三人で交わした約束を忘れかけていた。約束を果たさなきゃ駄目なんだ。両親のためにも・・・
「花輪。ごめんな。約束忘れかけてた。絶対犯人見つけような」
「うん。お兄、戻ろう。疾登の所に」
そう言って優しく微笑んだ。
「そうだな」
二人は病室に戻っていった。病室に戻って疾登が目を覚ますのを待っていたがその願いは叶わなかった。「明日になればきっと目を覚ますだろう」そう思い智と花輪は病室で寄り添って眠りに着いた。
次の日。うっすらと目を開けた。隣には花輪が寝息を立てて寝ていた。智は花輪から目を放し、疾登に目を向けた。まだ目を覚ましてくれない。
「疾登・・・」
そう言った途端花輪がゆっくりと体を起こしながらおはようと言った。智はおはようと返し、また疾登に視線を戻した。
「疾兄、大丈夫なのかな・・・」
花輪が力なく言った。
「大丈夫だよ。きっと目を覚ましてくれるよ。それまで待とう」
「・・・そうだね」
それから夜まで疾登の傍にいたが目を開けることはなかった。この日も病室で一夜を過ごした。
あの日からずっと疾登が目を覚ますのを待ち続けていた。しかし、いくら待っても目を覚ましてくれなかった。
――気付けば、あれから一年。
智は、今まで、「疾登は大丈夫」と思い込んでいたが、さすがに1年経つと、その想いはだんだん薄れていってしまった。「もうだめなのか」そういう考えが強くなってしまっていた。花輪も最近、ずっと心を閉ざしたままだ。このままでは、花輪も可愛そうだし、智にとっても精神的苦痛なので、1度、先生に相談してみることにした。
「疾登は本当に大丈夫ですよね?」
すると、先生は少し間をおいてから言った。
「命には別状ないと思いますが、いつ目を開けるかは・・・とにかく、今は疾登さんが目を覚ますのを待つしかありません」
「・・・そうですね」
その日から智と花輪は疾登に、一日あった出来事を話す事にした。一日も欠かさず。犯人の手掛かりは全然見つかってないが、一応調べた場所は伝えておいた。
そんな毎日を繰り返して三年がたったある日、奇跡は突然起こった。いつものように智と花輪は疾登に話しかけていると、今まででびくともしなかった疾登の手が、ほんの少しだけ動いたのだ。
「疾登?」
そう話しかけると疾登の目がうっすら開いた。
「疾登!やっと目を覚ましてくれた」
「疾兄!大丈夫?」
次の瞬間、思わず耳を疑う言葉が疾登の口から発せられた。
「誰?」
「・・・え?」
そこでようやく先生に言われた言葉を思い出した。
『疾登さんは頭に強い衝撃を受けたので、最悪の場合、今までの記憶を忘れてしまっているかもしれません』
智は、あの事故で今までの記憶を忘れてしまったということを理解した。疾登は辺りをきょろきょろしながら「俺は誰だ」と呟いている。花輪はその場に立ち尽くしていた。智は先生がいる部屋に向かった。
「先生」
「何ですか?」
先生は患者のカルテを見ながら言った。
「疾登が目を覚ましました。でも・・・」
先生はカルテから目し、智もほうを向いて言った。
「そうですか!良かった!・・・でも?」
智が言ったでもの意味が分かってないらしい。智は先生に疾登は記憶を失ったと告げた。先生は一瞬戸惑った様子を見せたがすぐに気を取り直して椅子から立ち上がった。
「とりあえず疾登さんの所へ行きましょう」
智は力なく返事をして先生の後に続いた。