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僕たちの約束  作者: 翔香
第3章 真実
55/55

第55話 真実

今回が最終話です。


最終話ってことで、いつもより長いです。

でも、一気に読みたくなる内容になっていると思います。


では、どうぞ!

 刑事課に戻り、智は1言瀬良と言葉を交わし、そのまま智の寝る場所となっている書類保管室に入った。



 携帯を開き、疾登の連絡番号を開き、しばらくその画面を見つめた。



「出る訳・・・ねーよな」



 そう思いながらも、僅かな期待を込めて通話ボタンを押した。

 1分程コールが鳴ったが、繋がらない。

 諦めかけたその時、声が聞こえてきた。はっとなり、再び携帯を耳に近づけた。



「もしもし」



 思わず声が裏返る。

 しかし、そこから聞こえてきた声は思いもよらぬ人物だった。

 自然と、手が小刻みに震えていた。











――10月25日

  受け渡し当日――

 


 窓から差し込む朝日で目が覚めた。昨日はあの電話でなかなか寝付けなかったので、あまり睡眠をとった気がしなかった。

 携帯を手に取り、時刻を確認した。7時を少し回ったところだ。

 刑事課に出向かうと、またもや瀬良の周りに刑事が集まっていた。



「おはようございます。どうしたんですか」



 智が声を上げると、そこにいた刑事全員が智に視線を向けた。その真剣なまなざしに、少し怯んだ。



「智くん、これ見てもらえるかな。今朝、届いたんだ」



 瀬良は立ち上がり、1枚のA4サイズの紙を智に渡した。そこには、こう記されていった。



『今日の午前10時に明石工場に来い。約束を守らなければ、躊躇なくここにいる2人を始末する』



 文章に目を通した後、瀬良に視線を向けた。瀬良は頷いてから、口を開いた。



「今から大体3時間後だ。犯人が言う約束ってのはいろんな意味が含まれている。智くんだけで受け渡しを行う事。警察は来ないこと。大きく分けてその2つだ。心配するな。俺らはずっと智くんの傍にいる。それだけは忘れないでくれ。絶対に人質の3人を助けてみせる。まあ、それには智くんが大きく関わってくるのだがな」



 そう言って、智の頭に大きくて、ぬくもりのある手が乗った。



「そんな顔するな。大丈夫だ。自分に自信を持て」



 無意識に、泣き顔に近い顔になっていたのだろう。智は無理してでも笑い顔をつくった。



「よし」



 瀬良は優しく智の頭を撫で、表情を引き締め、周りの刑事に指示を出した。



「みんな、準備に取り掛かれ!気持ちを引き締めろ!」



 瀬良の野太い声で周りの刑事は身を引き締め、敬礼し、それぞれのデスクへ向かった。

 しかし、ただ1人、俯いたまま突っ立っている刑事がいた。それは、田崎だった。



「どうした田崎。早く準備に取り掛かれ」


 瀬良は少し語気強く言った。その声でやっと顔を上げた。何故か、智とは視線を合わせてくれない。



「田崎さん――」



「あの、野々神さん」



 智の言葉を遮って、田崎が俯きながら言った。



「少し、お時間いただいてもよろしいですか」



 その言葉に、智は首を傾げた。



「でも、田崎さんは準備が・・・」



「田崎」



 瀬良の声で、田崎は再び顔を上げた。



「2人で話して来い。だが、あまり長話はするな」



 それを聞き、田崎は頭を下げた。



「ありがとうございます。野々神さんこちらへどうぞ」



 田崎は智が寝床としている書類保管室を示した。



「はい」



 智は瀬良に軽く頭を下げ、田崎の後を追った。











 田崎は書類保管室の奥で足を止め、智の方を振り向かずにこう告げた。



「すみません。私、野々神さんに嘘をついてました」



 その“嘘”というのは智にも予測できた。ここに連れてこられたのなら、これしかないだろう。



「5年前までの書類は保管してあります。という発言の訂正ですか」



 智は穏やかな声で言った。



「・・・何故、分かったのです?」



 田崎は困惑顔だ。


「僕、この部屋で寝泊まりさせていただいてるんですけど、その時に、無断で書類を見てしまったんですよ。その時に、高峰の事件についてのファイルが見つかったんです」



 これを聞き、田崎は目を丸くした。



「すみません。悪い事をしたなって思っています。でも、我慢できずに・・・」



 智は思わず顔を伏せた。自分がした恥を今さらながら自覚した。



「そうでしたか。なら、話は早くなりますね」



 田崎は起こった様子もなく、ただいつもと同じような口調で話し始めた。


「これ、佐名木さんに言われたんですよ。5年前の書類しか保管していないと智くんに言ってくれと」



 佐名木、というワードが出てきて、反射的に顔を上げた。



「どういうことですか」



 田崎は首を傾げた。



「さあ。私も何故ですか、とは訊いてみたのですが、まあいいからって、曖昧な受け答えしかしてくれませんでした」



 恐らく、佐名木は高峰の情報を智に知られたくなかったのだろう。佐名木と高峰は何か隠し事を共有しているとしか、今の智には推測できなかった。



「とにかく、嘘をついたことを謝りたかっただけです。すみませんでした」



 田崎は深々と頭を下げた。真実しか告げたくないというプライドがあるのだろうか。智は田崎を尊敬した。



「いえ、僕は全然気にしてません。それより、頭を上げてください。現職の刑事さんに頭を下げられるなんて・・・」



 智は田崎の体を少しばかり強引に起こした。



「それより、早く戻ってください。瀬良さんに怒られてしまいます」



 ようやく顔を上げた田崎は、智の顔を見た。智は田崎に笑みを見せた。智の表情を見て、ようやく田崎も顔をほころばせた。



「じゃあ、そうさせてもらいます」



 智は頷き、田崎が部屋を出て行く背中を見送った。



 その後、高峰の事件の詳細が載っているファイルを躊躇いながらも開き、ざっと目を通してから刑事課へ向かった。











 刑事課は多くの刑事が動き回っていた。この事件のために、こんなに多くの刑事が関わっていると知り、改めて事の重大さを思い知らされた。

 瀬良も部下に指示を出すのに精一杯で、とても近づける空気ではなかった。

 智は部屋の隅で刑事の邪魔にならないように、小さくうずくまり“その時”を待った。











 約束の10時の1時間前、智は瀬良と共に車に乗った。智と瀬良は後部座席に座り、運転席には瀬良の部下が、助手席には田崎が座った。



「では、出発します」



 車がゆっくりと動き出た。智はさり気なく後ろを見た。5台のパトカーが着いてきていた。



「何か、異様な光景ですね」



 智は後ろを見ながら言った。



「こんな事はよくあるよ。でも、滅多に一斉に5台もパトカーは出動しないね」



 瀬良は苦笑しながら言った。



「何か、すみません」



 何故か、謝罪の言葉がぽろっと出た。



「智くんが謝る事なんて何もないよ」



 瀬良は優しく返し、手元のバックから黒のキャップ帽と、盗聴器を出した。



「装着してくれるかな」



 智は頷き、それを受け取った。



 装着を終え、智は深呼吸をした。その様子を見た瀬良は智を見て、こう言った。



「俺たちは智くんの味方だ。何があっても、だ」



 それを聞き、智は小さく頷いた。











 それから30分が経ち、あと10分程で明石工場に着く、と田崎が報告してくれた。

 それを聞いた直後、また頭痛が襲ってきた。何かの前兆の様に。

 なるべく迷惑はかけたくないと思い、声を堪えていたが、様子がおかしい事に気づいた瀬良が声を掛けた。



「大丈夫か、また頭痛か」



 智は瀬良から顔を背けた。これ以上心配させたくない。



「智くん、横になりなさい」



 瀬良は車のぎりぎりまで端により、智が横になるスペースを作ってくれた。



「いえ、大丈夫です」



 本当は、声を出すのも精一杯だった。

 様子が気になった田崎と運転中の刑事が後ろを見た。瀬良はその2人に注意した。



「よそ見するな!」



 瀬良の怒声に2人は飛び上がり、正面に向き直った。



「俺の心配なんか必要ない。迷惑掛けたくないとか思うな」



 まるで、智の心を見透かしたような言葉だった。

 瀬良は智の肩を掴み、強引に智の体を横に倒した。少し窮屈だったが、文句など言ってられない。瀬良の方が窮屈なのだ。



「すみません」



 痛みは治まらないが、瀬良の優しさに胸がいっぱいになった。



「ゆっくり休んでおけ」



 そう言って、智の頭を優しく撫でた。












「到着しました」



 田崎が声を出した。智は目を開け、ゆっく体を起こした。痛みは完全には収まっていないが、さっきよりは大分楽になった。



「いけるか」



 瀬良が智の顔色を窺いながら訊いた。



「はい。大丈夫です」



「本当か」



 瀬良は再度確認を取った。



「はい」



 瀬良は頷き、スーツの袖をまくった。



「あと5分で10時だ。10時ぴったりに中に入るように」



 智は頷き、キャップを深くかぶり、再び目を閉じた。何も考えず、ただ時間が過ぎるのを待った。












「3分前です」



 再び田崎の声がかかり、車のドアが開いた。智は目を開け、外に出た。



「金が入ったバッグです。重いので気を付けてください」



 田崎から渡されたバッグは言われた通り重かった。軽く3、4キロは超してるだろう。



「10時になりました」



 運転をしていた刑事が緊張の面持ちで声を出した。



「気を付けるんだぞ」



 瀬良は智に変な緊張を持たせないようにか、笑ってくれた。



「はい」



 智も笑い返し、くるりと瀬良に背を向け、明石工場に入った。



「みんな、乗るぞ」



 瀬良は周りの刑事に指示をだし、智が仕込んでいる盗聴器から聞こえてくる音に耳を傾けた。













 智は1つ目のシャッターを開け、中に入った。そこには誰もいない。目の前のもう1つのシャッターに3人がいる。そう思うと、足取りがおぼつかない。疾登と花輪に会いたい。その想いが智の足を進めていた。



「瀬良さん、ごめんなさい・・・」



 シャッターの前に立ち、1つ深呼吸し、思い切りシャッターを開けた――











「佐名木さんっ!」



 智は思い切り叫んだ。



「1人だな」



 佐名木はこれまで智に見せたことのない表情をしていた。まるで、悪魔の様に。智はそんな佐名木を睨んだ。



「ああ」


 智はあくまで冷静に答えた。



「盗聴器、貸しなさい」



 佐名木は智の襟元に視線を向けた。見えないようにはしていたが、刑事は察しが付くのだろう。

 智は素直に盗聴器を取り外し、佐名木に投げた。

 佐名木は盗聴器を口元に近づけ、こう告げた。



「これを聞いてる刑事に言っておく。ここには誰も入って来るな。ここには爆弾をいくつか仕込んである。もし誰かの気配を感じたら、ここを爆破する。いいな」



 佐名木は言い終わると、盗聴器を地面に叩きつけ、足で踏みつぶした。



「爆弾があるって、本当かよ」



 智は踏みつぶされた盗聴器を見ながら言った。



「さあな」



 佐名木は不気味に笑った。



「疾登と花輪はどこだ!」



 辺りを見渡してもどこにもいない。どこかに閉じ込められているのだろうか。



「隣の倉庫に閉じ込めている。もう2日、何も与えてない」



 それを聞き、智は逆上した。許せない。



「そんなことしたら死ぬじゃねーか!俺から何人の命奪うんだよっ!」



 その怒声にも佐名木は痛くもかゆくもないといった表情だ。



「何で俺が犯人って分かったんだ」



 いきなり話題を変えられたので、一瞬反応に困る。



「そんなことより、疾登と花輪が先だ。早く解放してくれ」



 智は怒りでいっぱいだが、あえて静かに言った。



「大丈夫だ。死にはしない。人間は何も食べなくても2日は生きられる。今までの事件で実証済みだ」



 その後、再び、なぜ俺が犯人だと分かったと聞いてきた。

 これ以上言ってもらちが明かないと思い、話し始めた。



「瀬良さんと高峰の事件とかいろいろ調べてたんだよ。そうしたら、あんたが高峰と連絡取ってたっていう事が分かったんだ。それから、あんたの姉さんに話を訊きに行ったよ。そうしたら、良い情報が掴めたんだ。私の弟は、人殺しだって」



 それに、と智は付け加えた。



「今朝届いた紙に、『約束を守らなければ、躊躇なくここにいる2人を始末する』って書いてあった。何で、拉致されているのは、あんたと疾登と花輪だけのはずなのに、2人と書いてあったのでしょうかね。僕はそれで確信したんですよ。あんたが犯人だってことを」



 聞き終えた、佐名木は大きく息を吐いた。

 智はここでずっと聞きたかったことを口に出した。



「何で、俺の父さんと母さんを殺したんだ」












 盗聴器から聞こえてくる佐名木の声に、瀬良は眉間に皺を寄せた。



「どういうことだ」



 佐名木の声が切れた直後、耳障りな音が鳴り、それ以降音が聞こえなくなった。

 瀬良は怒りのあまり、イヤフォンを床に叩きつけた。



「爆弾って、本当ですかね」



 横から田崎が疑問を投げつける。



「分からん」



 瀬良はこめかみを押さえ、これからどうするべきか考えた。



「何で、佐名木さんがこんなことを・・・」



 佐名木を尊敬していた刑事の1人である部下がそう呟いた。

 瀬良も正直混乱していた。何故こんなことをするのか・・・

 いろいろ考え抜いた末、こう決断を下した。



「動きがあるまで、俺たちはここで待機だ」



 瀬良は無線で全ての刑事に告げた。



「でも・・・」



 田崎が不安でいっぱいの表情を見せた。



「仕方がない」



 瀬良は頭を抱えた。











「答えろ。なぜ俺の父さんと母さんを殺した」



 何も答えないので、もう1度聞くと、返事が返ってきた。



「金だ」



「金?」



 智は怪訝な顔を見せた。



「俺の母さんはお前の父さんに脅されてたんだ。金を貸せ、と」



「何を言っている?父さんは人を脅す人なんかじゃなかったはずだ」



 確かに、父さんは少しヤクザっぽい所もあったが、そんな悪質な事は絶対にしない人だった。



「人間にはな、誰にでも裏があんだよ。お前の父さんもそうだ。お前の前では優しいお父さんを演じていたんだろうな」



 その1言で、また怒りを覚える。



「いない人の事を悪く言うの止めろよ。よく遺族の前でそんなこと言えるな」



 そう言うと、佐名木は智に1歩近づいた。



「俺の母さんは、お前の父さんに金を貸した。だが、一向に貸した金を返してくれなかった」



 その1言で智の言葉が途切れる。どう返せばいいのか分からないのだ。その隙に、佐名木は言葉を重ねていく。



「貸した金を返すなんて当たり前だろ。お前の父さんは、親にちゃんとした教育受けてなかったんじゃないのかい?」



 今、この怒りを返すと負ける。勝手にそう確信した。怒りを堪えると、何故だか涙が溢れてきた。



「どうした、死んだ父さんのことを散々言われて悔しいのか」



 智は固く目を閉じ、深呼吸をした。何故か、佐名木との記憶がよみがえってきた。僕たちが大人になるまで、ずっと優しい目で見守ってきてくれた佐名木はもうここにはいない。



「昔のあんたは、全部芝居だったのか」



 その1言で、佐名木の言葉が途切れる。



「昔の優しかったころのあんたは、もうここにはいないのか?」



「そうだ」



 間を空けずに言葉が返ってきた。



「言っただろ、人には必ず裏があるって。俺の本当の姿は、今お前が見ている俺だ」



 その答えを聞き、また涙が溢れる。



「やっと信用できる大人見つけたと思ってたのに・・・。こんなはずじゃなかった」



 智は持っていた金の入ったバッグを放り投げ、佐名木に殴りかかった。佐名木は体制を崩したが、懐から黒いものをだし、それを智の額に当てた。それが何か分かるまでに、時間を要した。



「今すぐにでも引き金を引いてもいいんだぞ。俺はお前を殺しても何も思わない。お前の知りたがっている、両親がなぜ殺されたかが詳しく知れなかったという無念さが残るだけだ」



 “引き金”という単語でそれが銃だということが分かった。



「金を返さなかったとしても、殺す必要なかっただろ。その前に、俺の父さんと母さんとあんたの母さんは何の関係もなかっただろ。別に俺の父さんと母さんじゃなくてもよかっただろ!」



 銃があるのをお構いなしに怒鳴り散らした。それでも、佐名木の表情はまるで人形の様に冷淡な表情をしたまま変わらない。



「お前の両親・・・まあ、父さんの方と俺の母さんにはちゃんとした繋がりがあった。知りたいか」



 智が何も答えないでいると、佐名木はふっと笑い、こう言った。



「お前は、俺の弟だ」



 それを聞き、智は目の前が真っ暗になった。弟?どういう事だ。



 智が目を泳がせていると、佐名木は愉快そうに笑った。



「そりゃ憶えてないだろうな。もう25年近く前の話だもんな。お前が2歳の時、俺たちの父さんと母さんが離婚した。それで、お前は父さんの連れ子として、お前が母さんだと思い込んでいる野々神紗由と再婚した」



「嘘だ・・・」



 智は膝から崩れ落ちた。涙が出る気力もなくなっていた。佐名木は銃を下ろした。



「俺たちの父さんは毎月、母さんに金を払っていた。慰謝料としてな。それで俺と母さんは何とか生活できるって言うほどの金額だ。それで」



「ちょっと待て」



 智は途中で口を挟んだ。



「じゃあ、疾登と花輪とは元々血がつながっていないのか」



「当たり前だろ。こんなに説明してもまだ分からないのか。お前と血がつながっているのは、この俺だけだ」



 それに、と付け加えた。



「俺は45歳とか結構な年言ってたけど、本当はまだ35歳だ。今まで頑張って老けて見えるようにしていた。35歳だったら話の筋は通るだろ。お前が28で俺が35。7年しか離れていない。こんな兄弟も大勢いるはずだ」



 智は頭を抱えた。



「何で、今まで言ってくれなかったんだ」



「お前が他所の兄弟と遊んでるのを見るのが、おもしろかったんだよ。いつかこんな日が来るだろうと思ってたから、それまで言わなかった」



 また涙が出てきた。思わず嗚咽が漏れる。



「俺は、なかなか金を返してくれない父さんに会いに行った。その時、もう殺意は抱いていた。実の父親でも、再婚した女性といちゃいちゃして、離婚した母さんはほったらかし。年を重ねつに連れて、慰謝料も少なくなっていった。それが気に食わなかった」



 そこで1呼吸置き、続ける。


「俺はお前が学校に行っている間に、父さんに会いに行った。そこで、不幸にも再婚した紗由さんもいた。いなかったら殺されずに済んだのにな。そこで、紗由さんがいる隣で、俺は現状をぶちまけた。慰謝料が少ない。貸した金を返せ。他にもいろいろ言ってやった。でも、一向に俺の話に耳を貸そうとしなかった。それで、たまたま机の上に置いてあった通帳を握って逃げようとした。あの時の俺はどうにかしていたんだ」



 佐名木はずっと、泣き崩れている智の目の前にしゃがみ込んだ。



「その行動を見た父さんは俺に殴りかかってきた。それで、俺は逆上してポケットに入れてあったナイフで父さんの腹を刺した。こうなったら、再婚した女も殺そうと思って一緒に殺した。時間はたっぷりあったから、指紋は全部拭き取った。それで、15年も犯人が見つからない殺人事件が起きたって言うわけだ。そりゃ見つからないだろうな。俺が犯人なんだからな。俺がこの事件の担当者だったから」



 智は涙でぐしゃぐしゃになった顔を佐名木に向けた。



「最低だな、お前。いくら兄貴だとしても許せない。そんな自分勝手な兄貴、必要ない」



 佐名木は立ち上がり、智を見下ろした。



「こうするしかなかったんだよ。俺が高校2年の頃、俺のバイト代と慰謝料、両方合わせても生活が苦しくなった。その時、母さんが急に倒れた。ガンだって。それに医者に余命はあと半年って言われた。もう何もする気がしなかったよ」



 智はゆっくり立ち上がり、佐名木の襟元を掴んだ。



「何でも父さんのせいみたいに言うなよっ!父さんだってちゃんと慰謝料払ってくれてたんだろ?それだけでも満足じゃねーかよ!俺の人生半分奪っといてまだ何か言う気かよ!」



 佐名木は智の腕を追い払い、智の襟元を掴んだ。



「お前だけ幸せになって、俺は幸せになったらいけないのかよ」



 その迫力に一瞬身じろいた。思わず視線を逸らす。



「お前こそ自分勝手だろ」



 佐名木は智を突き放した。



「通帳の金、全部使ったのか」



 智は佐名木を見構えた。



「ああ。もちろんだ」



 佐名木はさらっと言った。



「あんな金、使って当然だろ。何の価値もないんだもんな」



「価値のない金なんかねーよっ!父さんと母さんが必死で働いた金なのに、お前みたいな無責任なクズに使われて父さんと母さん、可愛そうだよ」



 言いたいことを怒鳴りつけ、智は放り投げた金が入っているバッグを持ち上げた。



「じゃあ、この金は要らないんだな」



「必要だ。寄越せ」



 佐名木は手を差し出した。



「何で必要なんだよ。父さんと母さんの金使ったんだろ?」



 佐名木は頭を掻き、面倒くさそうに言った。



「言わなきゃ駄目か。高峰、出てこい」



「高峰?」



 智は首を傾げた。何故、高峰がここにいるんだ――

 高峰は隣の倉庫から出てきた。



「今まで何してた」



 智は抑えた声で訊いた。



「疾登くんと花輪ちゃんを監視してたわ」



 旅行の時と変わらない声が返ってきた。



「無事なんだろうな」



「本当の兄弟じゃないのに心配する必要ないだろ」



 横から佐名木は入ってくる。



「本当の兄弟じゃなくても、俺とずっと生きてきた人だ。兄弟って言ってもおかしくないくらいの絆ができている」



 智は佐名木を見ずに答えた。



「大丈夫よ。ちゃんと生きてるわ。でも、もうそろそろ花輪ちゃんのほうは限界かしらね」



 こいつは人間か?人が苦しんでいるというのに、何も思わないのか。



「早く2人を解放しろ」



 その言葉に耳を貸そうとせず、高峰は佐名木に話しかける。



「早くそれを寄越せ」



 佐名木は智に1歩1歩近づく。智は一定の距離を保ちながら後ずさりする。



「駄目だ。これは簡単には渡せない」



 智はバッグを脇に抱えた。



「これを見てもか」



 佐名木は銃を天井に向けて撃った。その光景を見て、銃が本物だという事が分かった。

 佐名木は銃を智に向けた。



「これを渡して何の意味がある」



 智は少し銃に慄いたが、さらに強くバッグを抱えた。



「高峰への報酬だ」



 その言葉で智の足が止まった。同時に佐名木の足も止まる。



「お前たちが行った旅行に、高峰を連れて行かせたのは俺だ。あ、それと、花輪ちゃんの謎のメールの犯人は俺だ。バスに乗っていたお前たちが見つけたおっさんは俺だ」



「でも、観光客を殺す必要なかっただろ」



 あの旅行で、多くの観光客が高峰の恐怖の餌食になった。



「あそこにいた観光客は全員犯罪者だ。俺が頼んだんだ」



 思わず落としそうになったバッグを、慌てて握りしめる。



「じゃあ、俺たちは最初からはめられてたってことか」



 佐名木は愉快そうに笑った。



「そうだ。あんなにスムーズに事が進むと思わなかった。あ、ちなみに、高峰が殺した人は、もともと死刑になる予定だったから、躊躇なく殺していいって言っておいてたから」



 佐名木は1拍置き、真顔で言った。



「金、寄越せ」



 佐名木は再び智に歩み寄る。智は後ずさる。

 その時、奥の窓ガラスに瀬良の姿が映った。











「瀬良さん、このままじっとしていられません。何か手を打たないと、野々神さんが危険です」



 田崎が瀬良の腕にすがる。もう10分も何の変化が無い。それが逆に不安を募らせる。



「突入してはいけないんでしょうか」



 運転をしていた西村が遠慮がちに訊く。



「今考えている所だ。少し黙っていてくれないか」



 瀬良はこめかみを押さえたまま言った。



 まず、工場の奥にある窓ガラスを使って智を気づかせる。その様子に気づいた佐名木が窓ガラスに視線を向ける。その瞬間に、入り口から警察が飛び込み、佐名木を取り押さえ、智を安全な場所に移動させる。疾登と花輪の2人も一緒に移動させる。



 少し危険だが、こうするしか他に方法が無い。



「よし、みんな集まれ。作戦を報告する」



 無線にそう告げた。その瞬間、全ての車から刑事が降りてきた。

 田崎と西村の顔を見ると、2人は安堵の表情を見せていた。



「安心するのはまだ早いぞ」



 その言葉に、2人は快く返事をし、敬礼した。



 瀬良は2人に微笑み、車を降りた。











 ガラスの向こうに瀬良の姿が見え、思わず目を見張った。その様子に気づいた佐名木が後ろを振り返った。

 その瞬間、背後のシャッターから大勢の警察が入り込んできた。一瞬の出来事だったので、智は立ち尽くしたままだった。

 高峰はすぐに警察に取り押さえられ、もがきながらも警察に連れて行かれた。

 佐名木は後ろから来た警察に気づき、智を身に引き寄せ、智のこめかみに銃口を突きつけた。



「佐名木さん、智くんを放してください」



 田崎が窓ガラスを割って中に入ってきた。

 智は金縛りにかかったように、動けなくなっていた。



「田崎、悪いけど、邪魔しないでくれるかな」



 田崎は佐名木に銃口を向ける。



「智くんを解放しないと撃つぞ」



 佐名木は全く動じない。むしろ、余裕の表情だ。



「お前に俺が撃てるのか?」



 その発言に、田崎が固まった。田崎は佐名木の事を尊敬していたのだ。そう簡単に引き金を引くことは出来ない。



「兄貴」



 金縛りが解けて、出した言葉がこれだった。本当は兄貴なんて言いたくはない。その想いが声を小さくさせた。



 急に兄貴と言われ、佐名木は動揺を見せた。



「・・・何だ」



 佐名木は田崎から目を放さず返事した。



「放してくれ。俺にはやらなきゃいけないことがある」


 やらなきゃいけないこと――それは、両親を殺した犯人を殺す。

 犯人が佐名木だったことに驚いているし、兄貴だったことにも驚いている。正直、まだ整理が出来ていない。でも、いくら犯人が本当の兄だったとしても、疾登と花輪が本当の兄弟じゃないとしても、今まで一生の悲しさを抱えて生きてきたのだ。約束は、守らなければならない。



「やらなきゃいけないことって、何だ」



 周りに聞こえないように、佐名木が尋ねる。



「言えない」



 智はきっぱりと言った。



「そうか、まあいい。お前はここで死ぬことになる」



 そう言って、佐名木は銃の引き金に手を掛けた――その瞬間、銃声が鳴った。呆気にとられていると、佐名木が前に倒れた。智は慌てて佐名木の体を支えた。



「兄貴・・・兄貴っ!!」



 智は佐名木の体を見た。腹から血が出ていた。智は懸命に佐名木に呼びかけた。



「おい、聞いてんのかよっ!返事しろよ!」



 その時、うっすらと佐名木の目が開いた。



「智・・・」



「なに?大丈夫。ゆっくりしゃべって」



 智の目に、また涙が浮かんできた。



「今まで・・・嘘ついててごめんな。最後に、こんな俺でも、兄貴って言ってくれたことが、正直すごく嬉しかった・・・。それと・・・酷いこと言ってごめん。智とけんかしたかったんだ。1度も喧嘩したことが無かったから・・・」



 段々呼吸が浅くなっていく佐名木を、智は抱きしめた。



「もういい。何も言わないでくれ・・・」



 智はぽろぽろ涙を零した。



「智・・・今まで・・・」



「しゃべるなって言ってんだろうが」



 その先は聞きたくない。この言葉を聞くと、最後になってしまいそうで怖いのだ。

 だが、佐名木は声を振り絞ってこう言った。



「兄弟でいれた時間は少なかったけど、お前が疾登くんや花輪ちゃんと楽しそうにやってるの見て、嬉しかった・・・今まで、ありがとな・・・」



 その後、佐名木の力が抜け、体が重くなった。



「・・・嘘だろ、おいっ!死ぬなっ!」



 智はぐったりしている佐名木に、何度も声を掛けた。佐名木の体の体温がどんどん下がっていく。



「智くん」



 背後から聞き覚えのある声がした。瀬良の声だ。



「何ですか」



 智は佐名木から視線を離さず呟いた。



「こうするしかなかったんだ」



 その言葉で、佐名木を撃ったのが誰だが分かった。



「なぜ、撃ったんですか・・・」



 涙声になりながら問いかける。



「君を助けるためだよ」



 瀬良は智の肩に手を置いた。



「佐名木さん、俺の兄貴だったんですよ」



 嗚咽を洩らしながら言った。



「えっ」



 瀬良も驚いたようだ。



「言われてみれば、そんな気もします。何か、この人といると落ち着くんですよね。自然と」



 智は無理やり笑みを作り、瀬良に顔を向けた。



「何か、これでさっぱりした気がします。疑問が全部解消したっていうか。あ、疾登と花輪を早く解放してあげてください」



 瀬良は智の頭を優しく撫でた。



「無理に笑わなくていい。智くんの気持ちは十分にわかる。今は泣け。疾登くんと花輪ちゃんはこっちで話しておくから」



 瀬良の手が頭から離れ、智は堪えていた涙をまた流した。今度は、周りを気にせず、思いっきり声を上げて泣いた。傍にいた刑事も、気を使って外に出ていた。



「兄貴・・・」



 智は気が済むまで、ずっと涙を流していた。











 あれから10日後、智は段々と精神の回復が進んでいた。あの後、頭が混乱して、何でもないのに涙が出てきたり、兄が銃で撃たれた場面がフラッシュバックして、眠れなかったりと、正常な生活を送ることが出来なかったのだ。

 疾登と花輪は、あれからすぐに、救急車で近くの病院に搬送された。栄養が十分に取れていなかったらしく、2人とも、3日間点滴を打って寝たきりだったらしい。

 2人はもうすっかり回復して、元気に過ごしている。今は3人で仲良く暮らしているが、気を使ってか、2人ともあまり智には話かけてこなかった。



 その日の夜、智は2人に話しかけてみた。何日ぶりに自分から話しかけただろう。



「どうかした?」



 疾登はいつもと変わらず、普通に接してくれた。花輪もいつもと同じような態度だ。



「・・・いろいろ、ごめんな。2人とも、よく頑張ったよ。それと、約束守れなくてごめん」



 智は2人と目を合わさずに告げた。

 なかなか返事が返ってこないな、と思っていると視界の隅に、人影が映った。



「兄貴こそ。俺たちのために頑張ってくれたじゃん。言葉では伝えてないけど、兄貴にはすっごい感謝してる。約束果たしたかったけど、相手があの人だったから、仕方ないよ」



 そう言って、疾登は智の肩に手を置いた。



「そうだよ。お兄、ありがとう。大好きっ」



 いきなり花輪が背後から抱きしめてきたので、反射で飛び上がった。顔が火照っている自分に気づいて急いで顔を伏せる。



「おいっ・・・」



 疾登があたふたしている。



「ずるいよぉ」



 聞こえないつもりで言ったらしいが、智と花輪にははっきりと聞こえた。



「何、疾兄。やってあげようか?」



 疾登は激しく両手を振った。



「その反応、酷くない?」



 そう言って、智を抱いている腕を外し、椅子に座った。



 智は慌てて花輪と距離をおいた。智は知っている。否、知ってしまった。疾登と花輪が兄弟ではないということを。花輪は智を兄だと思い込んでいるが、智にとって、花輪は普通の女性だ。



「あれ?兄貴、顔赤いよ」



 疾登がさっそく茶化してきた。本当に、こいつは・・・



「え、ホント?」



 花輪が智の顔を覗き込んでくる。智は必死にそれを交わす。



「やっと普通の生活に戻ったな」



 何気なく呟いたつもりなのだろうが、智にはその言葉が胸に来た。この、いつも笑っていられる2人に会いたかったのだ。ずっと。



「え、泣いてる?ごめんお兄!」



 花輪が慌ててティッシュを智に渡す。智は礼を言って受け取った。



「何で泣いてんだよ」



 疾登もそうはいうもの、目が赤くなっている。



「これからも、よろしくね」



 花輪は2人にニッコリ笑った。



「こちらこそ」



 智と疾登も笑い返した。











「瀬良さん、どうしよう・・・」



 次の日、智は普通に刑事課に潜り込んでいた。周りの警察も慣れているらしく、誰も注意してこない。



「どうした?」



 瀬良はパソコンと書類、交互に目を動かしながら返事をしてくれた。



「疾登と花輪に、本当の兄弟じゃないって事、言うべきですかね」



 そう訊くと、瀬良は手を止め、智に視線を向けた。

 瀬良は迷うことなく言った。



「言わなくてもいいじゃないか。今、3人で暮らしてるんだろ?それを言ったことによって、口きかなくなったら楽しくなくなるだろう。まあ、あくまで俺の意見だ。参考にしてくれ」



「そうですよね・・・そうします!」



 これを訊けたら、もう用はない。智は席を立った。



「智くん」



 背後から再び瀬良の声が掛かった。智は足を止め、瀬良に向き直った。



「はい」



「何か、変わったよね。明るくなったっていうか」



 智は微笑み、こう言った。



「何か、今すっごく楽しいんですよ。あの2人のお蔭です!」



 刑事課を出て行く智の背に、こう呟いた。



「精神的なダメージが大きかったのかな・・・」



 ドアは静かに閉まった。











 あれから2週間後、ふいに疾登がこう言った。



「これからどうするよ」



「今さら?」



 すかさず智がツッコミを入れる。



「いや、今までいろいろあったし。落ち着いてから話そうかなぁって思ってたんだよ」



 そこで、花輪が気まずそうに口を開いた。



「あの・・・さ」



 2人の視線が花輪に注目する。



「結婚式の事なんだけど」



「ヴぁ」



 2人はがっくりと項垂れた。すっかり忘れていた。



「子供も、もう生まれるしことだし、早めに済ませたいと思って」

花輪のお腹は凄く膨らんでいた。もう、すぐにでも生まれるのではないかと思ってしまうくらいに。



 そこで、智は気がかりな事を1つ訊いてみた。



「拉致されてる時に、花輪ご飯食べてなかったんだよな。赤ちゃん、大丈夫なのか?」



 花輪は俯き、自分のお腹をさすった。



「危険な状態だったの。あと1日何も食べなかったら、赤ちゃん、死んでた。最悪の場合、私も」



 智は愕然とした。疾登も俯いている。



「ごめん。俺がもうちょっと早く行ってたら良かったんだな」



 花輪は慌てて止めた。



「お兄のせいじゃないよ。それに、赤ちゃんも元気になったし。このままいけば、無事に生まれてこれるって言われたから」



 それを聞いて、安心した。こんなことをする兄に再び怒りを覚えたが、何故か憎しみはうまれてこなかった。そんな自分が腹立たしく思う。



「よし、じゃあ今から安産祈願しに行くか」



 疾登が花輪のお腹を見ながら言った。



「そうだな」



 花輪も微笑み、頷く。

 そこで、携帯が鳴った。花輪の携帯からだった。



「はい」



 花輪は2人に背を向けた。その様子を見て、相手の大体の見当がついた。



「奥田村かな」



 疾登も察したらしく、智の耳元で囁く。



「だろうな。あの話し方は」



 智は花輪の背中を見ながら呟いた。嬉しさからか、花輪の声が普段より上がっていた。

 通話を終え、花輪がくるりとこちらを向いた。



「結婚式、来月だって!12月24日、クリスマスイブに!」



 満面の笑みの花輪とは正反対に、2人は空けた口が塞がらなかった。



「どうしたの?」



 不思議そうな顔をする花輪をよそに、智は疾登の肩に手を置き、そのまま花輪に背を向けた。



「結婚式場って、こんなに早くとれるものなのか?来月って・・・」



 智は疾登に小声で問うた。



「知らねーよ!やったことねーんだもん」



 同じく疾登も小声で返す。



「そうだろうな・・・」



「多分、結構前からとってたんじゃねーの?それか、権力で何とかしたか。奥田村って、金持ちだからさ」



 疾登の発言に、智は首を傾げた。



「奥田村はそんな人じゃないと思うけど。まあ、とにかく、ここは笑顔で見送るのが正解なのか?」



 智は疾登にせがるように訊く。


「そうだな。そのほうが逆に気持ちいいかもしれない」



 大体の話が2人の中で成立し、2人は花輪に向き直った。



「何よ。2人でこそこそ」



 花輪は頬を膨らませた。



「ごめん。とにかく、おめでとう。大人になったな」



 智は最後の方、涙声になるのを必死に堪えた。



「おめでとう。絶対幸せになれよ」



 疾登も涙を堪えているのか、声が震えていた。



「ありがとう。でも、その言葉は式場で聞きたかったな」



 花輪はニッコリ笑って、2人の手を取った。



「さあ、神社行こっ!安産祈願しに行くよ!」



 智と疾登は花輪のされるがままに、外に放り出された。











 その後、結婚式は無事に終わった。智と疾登は式場でボロ泣きだった。

 赤ちゃん快翔かいとという元気な男の子が無事に生まれた。

 年の明けた日、智と疾登は快翔くんに会いに花輪の自宅へ向かった。さほど離れていないので、車に乗り、30分ほどで着いた。



「あ!来てくれたんだ!上がって上がって」



 花輪はエプロンをつけたまま出迎えてくれた。この姿を見ると、完全に主婦だった。



「おじゃまします」



 2人は中に入った。



「ご無沙汰しております」



 優翔に出迎えられ、智は微笑んだ。



「無事に生まれてきて良かったな」



 そう言うと、優翔はすごく嬉しそうな顔をした。



「はい!もうすっごく幸せです」



 疾登も笑顔でおめでとう、と伝え、快翔が寝ているベッドへ向かった。



「快翔~」



 智はベッドを覗き込んだ。



「すっげー可愛い」



 疾登は快翔の頬を突っつく。



「だな」



 智も思わず笑みがこぼれる。



「抱いてみる?」



 花輪が快翔を抱き上げ、2人に訊いた。



「いいのか?」



 花輪は微笑んだ。

 智は花輪から慎重に快翔を受け取った。意外に重かったので、驚いた。



「重いでしょ。毎日抱くの大変なんだから」



 花輪は快翔の顔を見ながら言う。



「兄貴、俺にも抱かせて」



 横にいる疾登が手を差し伸べる。



「疾兄は危険だからダメ」



 花輪は智から快翔を取り上げた。



「えー何で」



 疾登は子供のような顔でむくれる。



「嘘だよ。はい」



 花輪は笑って疾登に快翔を渡した。



「可愛いな」



 快翔はずっと笑っている。こんなにサービスしてくれる赤ちゃんは滅多にいない。



「あのさ、写真撮ろうよ」



 ふと思いついた智の提案に、全員が賛成してくれた。

 花輪の家に会ったカメラを借り、家の庭でみんな揃って並んだ。



「花輪、快翔よろしく」



 それまで預かっていた疾登の腕も限界が来たらしい。花輪は快翔を受け取り、智の横に並んだ。



「じゃあ、撮りますね」



 優翔がカメラの前で手を振る。



「優翔さん、急いで」



 花輪が呼びかける。



「カウントダウン始まりました!5、4・・・」



 カウントしながら優翔が花輪の横に立った。疾登は智の横にいる。

 それからは、みんなでカウントした。



「3、2、1!」



 そこで、シャッターが切られた。



 出てきた写真を確認すると、みんないい笑顔で映っていた。

 智は、これが今まで撮った写真のどれよりも輝いていると思った。



「これは、一生の記念になるな」



 そう呟いて、みんなが集っているリビングに戻った。

今まで、ご愛読してくださった皆様、ありがとうございました!

無事、この短気な私が、心が折れることなく完結することが出来ました。全て、皆様のお蔭です。

本当に、ありがとうございました!


これからも、別の内容で執筆を進めて行こうと思っていますので、そちらの方も読んで下さると光栄です。


☆後書き☆

次は、能力を使った物語にしてみようと思っています。

高校生の男女の物語で、ミステリー要素も含まれると思います。

なるべく近くに投稿しようと思っていますので、待っててください!

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