第54話 最終確認
しばらく執筆出来ない状態でしたので、投稿が遅くなってしまいました。
すみません・・・(-_-;)
――10月24日
受け渡し前日――
智は窓から差し込む朝日で目が覚めた。体を起こし、肩をほぐしながら瀬良の元へ向かった。
刑事課は朝から慌ただしかった。昨夜起きた事件や、溜まっている事件に追われている刑事も多いが、明日行われる受け渡しに関わっている刑事が大半だ。
「おはようございます」
瀬良の周りの人々に声を掛けた。
「あ、おはようさん」
瀬良はいつもの優しい笑顔で対応してくれた。周りの若手刑事もあいさつしてくれた。
「今、丁度打ち合わせ中なんだ。智くんも聞いてもらってもいいかな」
瀬良の真剣なまなざしに、決してノーとは言えないものが伝わってきた。
「はい。よろしくお願いします」
智は瀬良と周りの刑事に頭を下げた。
瀬良の説明は、1つ1つが細かなものだった。
受け渡しの際の警官の待機場所、無線の使用確認、受け渡しの際の注意などが事細かに瀬良の口から伝えられた。
「明石工場は入り口が大きなシャッターになっている。もし、智くんが閉めるような場合、完全には閉めないでくれ。何かあったときに突入が遅れる可能性があるからな」
智は頷く。
「それから、前も言ったが、金を渡す前にまず疾登くん、花輪ちゃん、佐名木を返してもらえるようにしてくれ。まあ、犯人がダメだと言った場合は慎重に金を渡すんだ。いいね?」
「はい」
智は瀬良の目を真っ直ぐに見た。
「それから、犯人がもし危険な行動に出た場合、帽子を脱ぐんだ。その瞬間、我々が突入する」
智はこの説明の前、帽子をかぶって受け渡しを行うように、と言われている。何かの目印にするときは、帽子が1番分かりやすいらしい。
「分かりました」
「無線の使い方は大丈夫だね?」
瀬良は確認を取った。
「はい。大丈夫です」
無線の使い方といっても、難しいものではない。ただ襟元に付けてあるものに隙を見て声を出すだけだ。しかし、そんな簡単な事でも少し油断をすると何をされるか分からない。
「そうか。まあ、大体こんなもんだ。また明日になったら確認を取る。解散」
瀬良がそう言うと、周りの刑事が四方八方に散って行った。
「計画通りに、無事解放されればいいのだがな」
瀬良は大きく息を吐いた。
「大丈夫ですよ」
智のその発言に、瀬良は首を傾げた。
「何で、そう思うんだ」
智は微笑み、こう言った。
「何となくです」
智はその後、自宅へ戻っていた。帰ってきたのは何日ぶりだろう。随分昔のように感じられる。
「ただいま」
当然、返事はない。
智は苦笑し、リビングへ向かった。
リビングは以前と少し変わっていた。恐らく、警察が捜査した際に、いろいろな物を動かしたからだろう。智はそれらを元の場所に戻した。
――何も音が聞こえないって、窮屈だな。
そう思った。いつもなら、疾登と花輪の楽しそうな声が聞こえるのだが、今はいない。自然と涙が出てきた。2人の存在は、こんなにも偉大だったのだと改めて思い知った。
かたづけが終わり、何もすることが無くなった。無性に喉が渇き、冷蔵庫を開けた。中は賞味期限が切れたものばかりだった。仕方なく、水道水を飲むことにした。
「まずっ」
使用していなかったからか、綺麗な水が出てこなかった。臭いを嗅いでみると、溝臭かった。
智は汲んでいた水を捨て、台所を背もたれにしてしゃがみ込んだ。
ふと、頭に佐名木の顔が浮かんだ。
「意味分かんねーよ」
智は頭を抱えて涙を流した。
外はもう真っ暗になっていた。気づいたら3時間近く台所の傍に座っていた。
突然、携帯が鳴った。瀬良からだった。
「はい」
『智くん、今からこっちへ来てくれないか。もう1度手順を確認したいんだ』
心配してくれているのは有難いが、子供でもないのに、何度も同じことをするのは懲りる。
「はい、分かりました。すぐに行きます」
智は通話を切り、部屋を出た。
刑事課に入ると、朝見かけた若い刑事が瀬良を囲んでいた。
「瀬良さん」
呼びかけると、瀬良は片手を挙げた。
「ごめんな。呼び出して」
「いえ。どうせ何もすることが無かったので」
そう言って微笑んだ。
瀬良も笑みを見せたが、すぐに真剣な顔になった。
「さあ、最終確認するぞ」
智は首を傾げた。
「明日は確認しないんですか」
その質問に、瀬良は智に実際使う盗聴器を渡しながら答えた。
「明日またごちゃごちゃ言ったら混乱して、いざ犯人の前に立つと、緊張して全部忘れちまうだろ」
それもそうだな、と思った。
それからは今までに何度も確認した盗聴器の扱い方、犯人との取引などがなされた。
「よし、じゃあ明日に向けて体調を崩さないように。みんな今日は出来るだけ早く帰るように」
瀬良は最後にそれだけ伝え、解散を命じた。周りの刑事はそれぞれに散らばって行った。
「智くん。今日は早めに就寝するようにね」
瀬良はまるで親のように声を掛けた。
「分かってます。瀬良さんも」
瀬良は頷き、デスクに腰かけた。
「あ、そうだ。いるか?」
瀬良はデスクの引き出しから蒸しパンを出した。
「え?」
困惑している智に瀬良は軽く笑った。
「大丈夫だよ。賞味期限は切れてないよ。このパン、最高に美味いから」
瀬良はほら、と智にパンを差し出した。
「いいですか」
瀬良は頷き、同じものを引き出しから出した。
「別の場所で食べようか」
そう言い、瀬良は腰を上げた。
瀬良が足を止めた場所は屋上だった。警官が息をつくのは大抵、ここなのだろうか。周りには警官が皆疲れ果てたような表情で缶ジュースを飲んだり、たばこを吸ったりしている。
「ここでいいかな」
瀬良は智に向き直った。
「はい」
2人は傍のベンチに座った。
「さー食べよ」
瀬良は早速袋を開けてパンを口に運んでいた。
「いただきます」
智もパンを口に運んだ。
「うまっ」
思わず声が出るほどの美味しさだった。
「だろ?」
瀬良はこの言葉を聞きたかったらしい。すごく嬉しそうな顔をしている。
2人ともパンを食べ終わり、しばらく無言の時を過ごした。
「あの、佐名木さんってここではどんな人でしたか」
最初に口を開いたのは智だ。
「どうした、急に」
瀬良は首を傾げる。
「いや・・・何となく聞いてみたかったんです。僕らの前での佐名木さんは、優しくて、いつも僕たちの事を第一に考えてくれて。署内でもそんな感じだったのかなぁと思って」
智は思わず顔が綻んでいた。佐名木の優しい笑顔が脳裏に浮かぶ。
「佐名木はとても熱心な刑事だよ。どんな事件でも全力を尽くす、そんな優秀な刑事だ。多くの後輩から尊敬されているよ。私から見ても、良い部下だと思うがね」
瀬良はそう言って智を見た。
「そうですか。いい人ですね。佐名木さんって」
そう呟いて、智は俯いた。