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僕たちの約束  作者: 翔香
第3章 真実
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第51話 忘れていた過去

 マンションから約40分で国立警察署へ戻ってきた。



「お疲れ様です」



 刑事課に入ってすぐ、そこにいた全員が頭を下げた。智はどうしたらいいのか分からず、下を向いていた。



「田崎、ちょっと来い」



 瀬良は田崎に視線を向けた。田崎は頷き、瀬良についてきた。



「田崎、何か情報は掴めたか」



「はい。でも、野々神紗由さんが勤めていたスーパーしか・・・」



 そうだ。母さんはスーパーで働いていんだ。



「そうか。大丈夫だ。こちらも情報が入っている」



 瀬良はデスクに座り、目頭を押さえた。



「大丈夫ですか。すみません、僕のせいで・・・」



 智が訊くと、瀬良はため息を吐いた。



「いや、智くんのせいじゃないよ。でも、少し仮眠をとってもいいかな」



 田崎は頷き、瀬良を別室に連れて行った。

 数分後、田崎が戻ってきた。



「野々神さんも、少し休んだ方が」



 智は首を振った。



「いえ、大丈夫です。ちゃんと昨晩仮眠をとらせていただきましたから。それに、僕も休んではいられません」



 田崎は頷いた。



「そうですか。これから何を」



「ちょっと、やらなきゃいけない事があるので」



 智は頭を下げ、刑事課を出た。











 智が足を止めたのは、両親が殺された家の前だった。といっても、今は取り壊されて埋め立て地になっているが、智の頭の中では鮮明に残っている。



「父さん、母さん・・・」



 そう呟いて、埋め立て地の傍でしゃがみ込んだ。



 智がやる事は、ただ1つだった。最近、頭痛がして、過去の残像が蘇ってくる。残像をもっと掘り出して、思い出すことだ。自覚がないが、自分は何かを忘れている。それを知る義務があると思ったのだ。



 目を瞑り、今まで蘇ってきた残像を1つ1つ繋げてみた。

 リビングで泣きく崩れる父さん、母さん。100万円札3束。誰かが刃物を持ち、2人が逃げ回っている場面。2人が誰かに物を投げつけ、部屋の中を逃げ回っている場面。

 “誰か”の顔を見ることが出来れば話が早いのだが、首から下までしか映らない。



 また頭痛が襲っってきた。智は何とか踏ん張り、残像を見た。

 父さんが100万円札3束を渡している場面だった。



 もっと見ようと激痛を堪え、映像に集中した。人通りが少ないことが幸いだった。



 誰かが金を奪い取り、ジャンバーのポケットから刃物を取り出し、母を人質に取っている場面だった。

 これ以上堪えると、また倒れると直感し、1度呼吸を整えた。



 知らない映像が続々と出てくる。智は頭を抱え、うずくまった。



「俺、何か忘れてるのかな・・・」



 ため息を吐き、しばらくそのまま動かなかった。










 ここに来て、5時間が経った。辺りはすっかり暗くなっていた。



 智は空を見上げていた。あれから何回も残像を見た。そのたびに頭痛に耐えてきた。だが、もう限界だった。頭の中は真っ白だった。



 残像は悲惨な光景ばかりだった。見てきた場面、全てに涙を流した。残像は続々と出てきた。



 父が誰かに「約束と違うじゃないか・・・紗由を返せ!殺すのだったら俺を殺せ」と言って、父は腹を刺されて死んだ。

 母も必死にもがいたが、腹を刺されて動かなくなった。



「何なんだよ。あれ、誰だよ・・・」



 智は1つだけ光る星に向けて呟き、涙を零した。今日は何回泣いただろう。

 そんなことを思いながら、俯き、瞼を閉じた。



「・・・くん・・・智くん」



 遠くから、聞き覚えのある声が聞こえてきた。数秒後、肩に手を置かれた。



「智くん、大丈夫か」



 目を開け、顔を上げた。そこには、瀬良がいた。



「ここにいたのか。もう、心配したよ」



 ぼやける視界なので、瀬良の表情は読み取れなかったが、安心していることは分かった。



「・・・すみません」



 智は小さく頭を下げた。



「大丈夫か?視界が定まってないぞ」



 瀬良は智の顔を覗き込んだ。智は声を出さず、ただ頷くだけだった。



「立てれるか?」



 瀬良は智の腕を掴んで、立たせ、そのまま智を車に乗せた。



 警察署に着くまで、智はずっと、静かに涙を流していた。











「今日は、休んだ方がいい」



 刑事課に入ってすぐ、瀬良にこう言われた。



「いや、でも」



「大丈夫だ。こちらの事は心配しなくていいから」



 智は数秒間を空け、小さく頷いた。



「すみません」



 1言残し、智の休憩場所となっている書類保管室へ向かった。

 部屋に入り、そのまま昨晩寝たソファーへ向かった。腰かけ、壁に体をあずけた。



「俺、犯人見たのかな・・・」



 その時、また頭痛が起きた。父と母が刃物で刺される瞬間が映る。



「もう、やめてくれ・・・」



 智は頭痛に耐え切れず、ソファーの上で横になる。段々視界がぼやけていき、やがて真っ暗になった。











――10月23日

受け渡しまで、あと2日――



 智はうっすら目を開けた。長い時間気を失っていたらしい。腕時計を確認した。午前3時。こんな時間でも、部屋の外からは警察官の声が聞こえる。微かに怒声も聞こえてくる。恐らく、夜中に走っていた暴走族が捕まったのだろう。



 体を起こし、辺りを見渡した。電気が付いていないので真っ暗だった。智は携帯の明かりを頼りに動こうとしたが、メールが来ていることに気が付いて浮かしていた腰をまた戻した。



 メールの送り主は、奥田村からだった。奥田村が挨拶に来たとき、念のためアドレス交換をしていた。



『花輪さんに何度も連絡をしたのですが、全然返事がありません。私は何もしていないと思っているのですが、花輪さんの状況が知りたいです。ご迷惑を掛けて申し訳ありません』



 とあった。恐らく、花輪は犯人に携帯を没収されている。連絡がつかないのは当然だろう。それにしても、この状況を奥田村に教えてもいいのだろうか、というのが問題だった。この状況を伝えると、彼の性格からだと、僕も手伝います、と言うだろう。だが、そうなると少々厄介なことになる。やはり、伝えない方がいいだろう。でも、そうなると何故会えないのかと尋ねてくるだろう。



 頭を悩ませ、辿りついた結論がこれだった。



『花輪は今、友達と旅行に出かけているんだ。携帯電話はこちらで没収している。変な人と関わらないように対処しているだけだから、心配しなくても大丈夫。あと、2日くらいで帰って来るかな』



 この文書を打って、送信した。智は異様な緊張感を抱いていた。あと2日くらいで帰って来ると送ったが、本当に生きて帰れるだろうか。ふと、坂木にいわれた言葉が蘇った。



――これから悪い事が起こるわ。気を付けてね――



 いや、余計な事は考えるな。いい方向に行くと信じよう。花輪に幸せになってほしい。結婚式を挙げさせてやりたい。疾登も、これからやれる事がたくさんある。こんな所で終わってはいけない。



 智は深呼吸をし、気を引き締めた。



「大丈夫だ。きっと、上手くいく」



 自分に喝を入れるように言った。



 目が段々慣れて来たので、携帯の明かり無しでも動けるようになった。智は携帯をジーパンのポケットにしまい込み、刑事課へ向かった。











 智が刑事課に入ると、瀬良1人だけが残ってデスクに座っていた。



「おお、智くん。体調は良くなったかい?」



 瀬良が智に気づいたらしく、優しく声をかけてくれた。



「はい。すみません、ご心配をおかけしました」



 瀬良は微笑み、またデスクの上の書類に目を戻した。



「あの、他の刑事さんは」



 智は控えめに訊いてみた。



「あー、他の者は疲れてるだろうと思ったから帰したよ。何日も寝てない奴がいたからな。最近は物騒な事件ばかりだからな」



 改めて、刑事さんは大変だなと思った。



「そうだったんですか。そしたら、瀬良さんも休んだ方が・・・」



「いや、今ちょっと気になることがあってね」



 瀬良は智に目を通していた書類を見せた。



「ほら。大伴栄太は、高峰と接触したことがある可能性が高い事が分かったんだ」



「えっ」



 智は書類をよく見た。



 確かにそうだった。大伴の妹と高峰は同級生だったのだ。大伴の両親は1度離婚しており、栄太は父方に引き取られていた。そこで相田佳奈美と再婚し、栄太と20歳以上年が離れた妹、大伴羽菜が生まれたのだ。羽菜は高峰と同じ中学で、高峰と羽菜は3年の時、同じクラスになっていることが判明した。同じクラスなら、高峰と羽菜が友達になっていた可能性が高い。瀬良はそこが気になっていたらしい。



「今日、大伴羽菜に話を訊きに行くぞ」



 瀬良は智の顔を見た。



「はい。でもそれまで休んでおいた方が」



 瀬良は頷き、立ち上がった。



「そうさせてもらうよ」



 瀬良は刑事課を出て行った。智は瀬良が出て行ったのを確認して、もう1度書類に目を戻した。



 大伴栄太は、何か高峰の情報を握っているのか。それとも手を組んでいるのか。一体、何者なんだ・・・



 1つため息を吐き、瀬良のデスクの傍にあるソファーに腰かけた。



「あと2日か」



 早く花輪と疾登に会いたい。佐名木さんの安否も気になるのだが、何よりも大事な弟と妹が1番気にかかる。両親を失って、また肉親がいなくなると、もう立ち直ることは出来ないだろう。2人のお蔭で立ち直れたと言っても過言ではないのだ。

 だが、とにかく今は時が過ぎるのを待つしかない。犯人の期待を裏切る事なんかしたらどうなるか分からない。



 智はソファーの正面にある窓から見える夜景をボーっと眺めていた。夜中なので、明かりがついているビルは少ない。



 夜景を眺めているうちに、自然と眠気が襲ってきた。智はその場でもう1度眠りに就いた。










 目を開けると、窓から朝日が差し込んでいた。いろんな音が聞こえる。パソコンを打つ音、書類を整える音。

 体を起こすと、誰かが毛布をかけてくれていた。



「智くん、おはよう」



 瀬良は椅子に座ったまま智の方に視線を向けた。



「すいません。ウトウトしちゃって」



 瀬良はにっこり笑い、立ち上がった。



「さあ、行くぞ」



 何処へ行くのか聞こうとしたが、思い出した。



「はい」



 智は毛布をたたんで、瀬良と共に刑事課を出た。

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