第42話 激痛
最近、何もやる気が起こらない・・・
夏バテですかねぇ(-"-)
車に乗ってから30分程経ったとき、ずっと無言だった一輝が声を出した。
「あそこや」
一輝は、顎で前方の建物を示した。それを見て、智は無意識に笑みが出た。
「懐かしいやろ」
そこは、智と一輝が中学生だった頃、毎日のように部活帰りで通っていたファミレスだった。
「よく行ってたな」
一輝は適当に車を止め、車に鍵をかけた。
「昔と変わってへんな」
一輝は店に入って行った。智も後に続いた。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか」
入ってすぐに、女性のウェイトレスが来た。
「2人です」
一輝は指で2を作った。
「かしこまりました。こちらへどうぞ」
2人は、喫煙席に案内されたが、どちらとも今は煙草を吸っていないので、禁煙席に移動した。一輝は、ヤンキー時代吸っていたが、サラリーマンになってから体を気にし始めたのか、禁煙したのだ。
「何頼む?やっぱり、昔食べてたステーキハンバーグにする?」
昔、ファミレスに来たら、2人とも絶対ステーキハンバーグを食べていたのだ。部活帰りだったので丁度いい量だった。
「そうしよか」
一輝は注文ボタンを押した。
「よう、このボタン何回も押したよな」
「すっごく怒られたの、今でも覚えてるよ」
店長に、1時間くらい怒声を浴びていた。全然反省していなかったが。
そこで、先ほど案内してもらったウェイトレスがやって来た。
「ご注文をどうぞ」
智は、ステーキハンバーグ2つ、と言った。
「かしこまりました。では、ごゆっくり」
ウェイトレスは、営業スマイルでその場を去って行った。
「最近どうなん」
一輝は、おしぼりで手を拭きながら智に訊いた。
「どうって、まあ頑張ってるよ」
「嘘ばっかり。ホンマは無理してるんとちゃうん」
智は、一輝に心を読まれたので少し動揺した。
「何かあったんだったら。話聞くで」
一輝は優しい声で言った。
「話すと長くなるけど、いい?」
一輝はゆっくり頷いた。
「あのさ、この前、俺と疾登と花輪でツアーに行ったんだ」
そこから、智は声を潜めて続けた。
「それで、ツアーの案内人の高峰って奴が次々に人殺していくんだよ」
「案内人が旅行客を殺したんか!?」
一輝の声が大きかったので、智は慌てて一輝の口を塞いだ。一輝は、片手を挙げてごめん、と謝った。
「そうなんだ」
それから、ツアーで行ったゲームの話や罰ゲームの話を、全て一輝に話した。
「酷いな、それ」
そこで、さっきとは別のウェイトレスが、2人分のステーキハンバーグを運んできた。
「美味しそうやな」
「食べれるかなぁ」
智は、量を見て感じたことを口に出した。
「まあ、無理せん方がええよ。残ったら俺が食べるわ」
一輝は、もう食べ始めていた。
「ありがとう」
智も、1口目を口に運んだ。
「あ~。もう、俺無理だわ」
智は、ステーキ半分を残してため息を吐いた。
「ホンマか。なら、俺が食べるで」
一輝は、もう完食していた。
「うん。お前、よくこんなに食べられるな。肥満になるぞ」
「俺は肥満にならん体型なんや」
「お前の体、どうなってんだよ・・・」
智はそう呟いて、水を1口飲んだ。
「智、他に気になる出来事とかあったんか?」
一輝はステーキを口に運んだ。
「ああ。一輝、佐名木さんって知ってるだろ?」
「知ってるで。ずっと犯人捜してくれてはる警察官やろ?」
智は頷いて、話を続けた。
「佐名木さん、行方不明になったんだ」
それを聞いて、一輝はステーキを喉に詰まらせ、激しく咳き込んだ。
「大丈夫か?」
智は、水を一輝に差し出した。一輝はそれを一気に飲み、深呼吸をした。
「ありがとう。ホンマ、死ぬかと思ったわ。っていうか佐名木さん、何で行方不明になってしもうたん?」
「それが、俺にも分からないんだ。警察も、何の情報も掴めてない。俺、思うんだけど、何で犯人は俺や疾走、花輪じゃなくて、あえて佐名木さんを選んだのか。俺たちを連れ去った方が犯人にとっては都合がいいはずだ」
「確かにな。何か奇妙やな。ちょっと、俺が今思ったこと言ってええか?」
智は頷いた。
「その、佐名木さんを連れ去った犯人って、智の両親を殺した犯人やと思うんや。まあ、俺の勘やけどな」
智は、そうかもしれないと思った。今後、佐名木さんを人質にして、俺たちの前に現れるかもしれない。
「一輝、鋭い所つくな。サラリーマンなんか辞めて、警察官になればいいのに」
「今からって、ちょっと遅すぎちゃうの?」
一輝は小さく笑った。
「ごちそうさま」
「食べ終わったのか?」
「完食」
一輝は、何も乗っていない皿を智に見せた。
「すごいな」
智は感心した。
「じゃあ、そろそろ出よか」
一輝は腹を叩いて、会計所に行った。
「俺が出すよ」
智は、財布から2000円を出そうとしたが、一輝はそれを止めた。
「大丈夫、俺が誘ったんやからな」
一輝は自分の財布から2000円出し、200円のお釣りとレシートをもらった。
2人は店を出て、車に向かった。
「ありがとな。おごってくれて」
車に乗り、シートベルトを着けた。
「大丈夫やって。じゃあ、次行こか」
「次があるのか?」
一輝はその質問に返事をせず、車を走らせた。
「智、着いたで」
智はその声で、ゆっくり目を開けた。いつの間にか眠っていたらしい。
「外、出ようや」
智は、車から降りて景色を見た。最初、雲で月が隠れたせいで暗くて何も見えなかったが、段々目が慣れてきて、やっと目の前に映っているものが海だと分かった。
「この景色、何回見ても落ち着くわ」
一輝は、砂浜に寝転がった。智も、一輝の隣に腰を下ろした。
この海もファミレスと同じで、2人が中学生だった頃、ファミレスに寄った後見ていた、思い出深い海なのだ。
「懐かしいな」
月を覆っていた雲が流れて月の光が海を照らし、今より美しい景色が目に映った。
「綺麗やな」
一輝は体を起こした。智は、黙って頷いた。
「この景色、昔見たことあるかも」
智は呟いた。
「何言うとんねん。俺らが中学生の頃見たやん」
「いや、中学生になる前。もっと前に見た気がするんだ」
そこで、やっと思い出した。両親が殺される前に1度来たことがあるのだ。家族5人で海岸を走り回ったのを覚えている。
智の目から、涙が溢れた。泣き顔を見られないように、一輝に背を向けた。
「智、我慢せんでええんよ。泣きたかったら、思いっきり泣けばええんやから」
一輝はそっと声をかけた。
智は、その言葉で安心感に包まれ、周りを気にせず思いっきり泣いた。一輝は何も言わず、ずっと智の隣に座っていた。
智の涙が治まったのは、あれから1時間程経ったころだった。泣きすぎて声が、がらがらだった。
「一輝、ごめんな」
智は、小さく頭を下げた。
「何で謝るん。俺は大丈夫やから」
そう言って、智の肩に優しく手を置いた。
「花輪ちゃんや、疾登くんは元気か?」
一輝は少し間ができた後、話題を出した。
「うん。花輪は結婚するし」
「結婚か!花輪ちゃんも立派になったな。結婚式、呼んでや」
一輝は自分の顔を指さした。
「どうしようかな」
「えー!ちょっとくらいええやん」
「嘘だよ。呼ぶよ」
その言葉で、一輝は満面の笑みになった。
「一輝は?会社、上手くやれてる?」
一輝は、また寝転がった。
「まあまあやな。飲み会とか誘われるんやけど、面倒くさいから行かへんし」
「それは、ダメだろ。社員との付き合いは大事にしないと、後で酷い目に遭うぞ」
智も、一輝の隣に寝転がった。
「そうなんか。じゃあ、これからは面倒くさくても、飲み会行くことにするわ」
一輝はため息を吐いた。
「こうやって見ると星、綺麗だな」
今は雲1つ無いので、綺麗に夜空を見ることが出来た。
「うん。こんなにじっくり見たの、久しぶりやわ」
一輝は、昔を思い出す様に言った。
その時、また智の頭に激痛が走った。これまでに経験したことのない激しい痛みだった。思わず、呻き声が出てしまう。
「智、どないしたんや!大丈夫か!」
一輝が、必死に声をかけてくれる。だが、その声もだんだん小さくなっていく。
「智!しっかりせえ!」
次第に視界が歪んでいき、何も見えなくなった。
意識がなくなる前に、残像が見えた。誰かが刃物を持って、両親に詰め寄っている所だった。犯人は何か怒鳴っている様に見えたが、何を言っているのかは分からなかった。両親は、泣き喚いていた。