第39話 初対面
「お兄、起きて!もう8時だよ」
目を開けると、1番最初に花輪の顔が目に映った。
「ん・・・8時か」
智は体を起こし、洗面台に向かおうとした時、背後から疾登の声が聞こえてきた。
「優翔さん、9時に来るんだって」
その言葉で、智は足を止めた。
9時?あと1時間しかないじゃないか。朝ごはんも食べていない、部屋の掃除もしていない。1時間では間に合わないかもしれない。
「何でもっと早く起こしてくれなかったんだよ!」
智は知らない間に大声を出していた。恐らく、眠れなくて4時まで起きていて睡眠時間が足りなかったうえに、朝は機嫌が悪いというのが重なって、無意識に怒声を放ってしまったのだろう。
「ごめん。うるさかったよね」
智は2人に謝って、急いで顔を洗いに行った。ついでに髪型を整えた。朝食の準備に取りかかろうとしたが、花輪がそれを阻止した。
「お兄、朝ご飯、作ってあるよ」
そう言って、台所から味噌汁と、白ごはん、卵焼きを出してきて、テーブルに置いた。冷めないように、ラップをしてくれていた。
「どうぞ。私と疾兄は先に食べたから」
智は花輪に礼を言った。ゆっくり食べたいのだが、そんな時間などない。時間は止まってくれないのだ。智は箸を止めずに食べた。
急いで食べた末、5分ですべてを平らげた。
「ごちそうさまでした」
智は手を合わせて、食器を台所に置いた。皿洗いは後にすることにした。
「お兄、お皿洗っておくね」
「ああ、ありがとう」
花輪はいつも優しいな、と思う。
「疾登、ちょっとリビングの片付けお願いしてもいい?」
疾登は分かった、と返事をした。
智は、時間を確認した。
『8時20分』
――何だ、意外と間に合うものだな。
智は、少し安堵した。
「兄貴、突っ立ってないで手伝ってよ」
疾登は少しキレ気味で言った。
「ああ、ごめん、ごめん」
智は、掃除機をかけることにした。
「お兄、掃除ってリビングだけでいいの?」
花輪は皿を洗い終わったのか、手をタオルで拭きながら聞いてきた。
「え?だって、リビングしか入らないだろ?」
智は少し焦った。
「あ、そっか。そうだよね」
花輪は納得したようだ。
それから、疾登はゴミ捨て、智は掃除機をかけ、花輪は窓を拭いたりした。
全ての仕事が終わり時計を見ると、8時50分だった。
「ギリギリだな」
疾登はソファーに重たい腰を下ろした。
「そうだな」
智も地面に寝転がった。
「あ、そういえば、あのツアーにいた小父さんいたじゃん?あの、バスで話してた」
智はああ、と思いだした。
「ツアー中は小父さんからメール来なかったの?」
智は花輪を見た。
「ああ、来てなかったよ。最近も、あんまり来ないかな」
花輪は表情を和らげて言った。
「ちょっと待てよ」
疾登は、突然考え込む仕草をした。
「あのさ、俺思ったんだけどツアー中って携帯高峰に取られてたよな」
「ああ!」
そこまで聞いて、智はひらめいた。
「となると、あのバスで見つけた小父さんは花輪の不審なメールの犯人か!」
智は起き上がって言った。
「そう!あ~あ。俺が言いたかったのに」
疾登は口を尖らせた。
「そっか。じゃあ、せめて名前だけでも聞けばよかった」
花輪はがっかりした表情を見せた。
「でも、あの小父さんの顔どっかで見たような気がするんだけどな・・・」
智は記憶を巻き戻そうとするが、睡眠時間が足りなかったせいか、全然思い出せない。
《ピンポーン》
そこで、玄関のチャイムが鳴った。途端に、智の心臓が暴れ出した。疾登も表情が硬くなる。花輪は、玄関のドアを開けた。
「どうぞ~」
花輪は嬉しそうな声を出して、奥田村を中に入れた。
奥田村の顔を見た瞬間、智は呼吸をするのを忘れそうになった。
――かっこいい・・・
男の智でも惚れてしまいそうな顔だった。これがイケメンと言うのかと改めて実感した。
身長は180センチくらいで、花輪と20センチくらい差がある。足が長く、顔が小さい。目は二重で、鼻は高く、口も柔らかそうだった。何より、肌が綺麗だ。スーツを着ているので、華があった。
「初めまして、奥田村優翔と申します」
奥田村は、頭を下げた。智も頭を下げる。
「すみません。こんな早い時間にお邪魔してしまって」
奥田村は、申し訳なさそうな顔をした。
「いや、大丈夫だよ」
智は、奥田村をソファーに誘導した。
「いや、僕はここで構わないです」
奥田村は、机の前に正座した。花輪は、奥田村の横に座った。智と疾登は、2人の向かい側に座った。
「早速ですが・・・」
奥田村は、1度深呼吸をした。そして、口を開いた。
「花輪さんを、僕にください」
「どうぞ」
疾登は、智に何も言わずに即答で答えた。
「え?」
これには、奥田村も困っている様子だ。
智は、疾登を掴んで2人に背を向けて、小声で話した。
「おい、勝手に決めるなよ。本当は、性格が悪いやつかもしれないじゃないか。花輪を一生支えていく人になるんだぞ。何でも顔で決めるんじゃない」
「そっか。そうだよな。俺たちがちゃんとした決断を下さないと、困るのは花輪だよな」
智は奥田村の方を向き、1つ咳払いをして言った。
「ちょっと質問していい?」
「はい。何でも構わないです」
奥田村は、姿勢を正した。
「花輪のどこに惚れたんだ?」
ここは、訊いておかなければと思ったのだ。
「花輪さんは、優しくて、可愛くて、時々見せるおっちょこちょいな所に惚れたんです」
当たってる。確かに、花輪は、優しいし、可愛いし、おっちょこちょいだ。
智は、もう1つ訊いた。
「職業は何を?」
これは大事だ。職業によって、花輪のこれからの生活が変わってくる。
「職業は、NN自動車工業の社員です」
NN自動車工業!?智は、思わず驚いた顔をしてしまった。
NN自動車工業とは、今、1番売れている自動車工業だ。いろいろな国と交流を深めて、日本以外にも、アメリカ、オーストラリア、フランスなど、さまざまな国にNN自動車工業の車を販売している。最近、テレビにもよくNN自動車工業の話題が出る。恐らく、日本国民なら、誰もが知っているだろう。
「そうか。素晴らしいな」
智は、動揺を隠すので精一杯だった。
「ありがとうございます」
奥田村は、少し照れた様子だった。
「それと、最後にもう1つ」
智は、1つ咳払いをした。
「うちの家族の事情を、ちゃんと受け入れてくれるか?」
家族の事情とは、両親が殺されたという事だ。これをちゃんと把握してもらわないと、花輪も智と疾登と離れると、事件の相談相手がいなくなって困るだろう。
「はい。花輪さんから、全て聞いております。大丈夫です。僕も――」
「ん?」
「いや、何でもないです」
智は、続きが気になったが、あえて触れないことにした。
「花輪は本当に、この人でいいんだな?」
智は、もう1度確認した。
「うん」
花輪は頷いた。
智は、少し考え込んで決断を下した。
「奥田村優翔さん」
「はい」
奥田村の顔が、真剣なものに変わる。
「花輪を、よろしくお願いします」
智は、頭を下げた。疾登も同じ動作をした。
「ありがとうございます。花輪さんを、絶対幸せにします」
奥田村は、深く頭を下げた。
「いや~びっくりしたよ。あんなかっこいい人も居るもんだね」
奥田村が帰った後、疾登は背伸びしながら言った。
「あんなにかっこよかったら、会社の社員にもモテるんじゃないのか?」
智は、ふてくされた様に言った。
「うん、モテるよ。大学でも、イケメンがいるって有名だったからね」
花輪は、3つのコップにお茶を分けながら言った。
「花輪、すごいな。NN自動車工業の社員と結婚できるなんて。あ、そういえばさ」
智は、さっきまで気になっていたことを花輪に訊いてみた。
「あのさ、奥田村に家族の事情を、ちゃんと受け入れてくれるか、って質問した時、何か言いたそうだったんだけど、花輪何か知ってるか?」
花輪は、話していいのか分からないのか、俯いてしまった。
「あ、ダメだったら無理に話さなくてもいいいよ」
智が自分の部屋に向かおうとした時、花輪の声がした。
「あのね。優翔さんは・・・」
智は花輪の方を向いた。
「優翔さんは、小さい頃お父さんを亡くしたの。殺されてしまったんだって」
花輪は、悲しそうな顔をした。
「犯人は、捕まったのか?」
疾登が訊く。
「うん。犯人は捕まったらしい。私たちと同じ過去を持った人が傍にいると思ったら、何だか安心しちゃって」
花輪の顔から、笑顔がこぼれた。
「そっか。犯人捕まって良かったな。花輪、これから奥田村にずっとついて行くんだぞ」
智はそう言って、自分の部屋に入って行った。
「はぁ」
智は部屋に入り、ベットに飛び込んだ。
――花輪が結婚か・・・
智は、改めて実感した。花輪が居なくなると、寂しくなるだろうな。花輪が主婦になると、子供の事で忙しくなって、犯人の事なんか手に負えなくなるのだろうか。まあ、それもしょうがない事だ。これからは、俺と疾登でやっていくしかないな。
智が目を閉じた直後、携帯が鳴った。
「もしもし」
受話器から発せられた声は、聞き覚えのないものだった。
「野々神智さんですか?」
「はい、そうですけど・・・」
「あの、私国立警察署の田崎と申します。佐名木警部の部下です」
佐名木さんの部下と聞いて、少し安心した。
「どのようなご用件で」
「佐名木警部、そちらのお宅にご在宅でしょうか?」
「いえ、来ていません。何かあったのですか?」
田崎は、がっかりしてしまったのか、声のトーンが先ほどよりも低くなっていた。
「実は、佐名木警部が今日の午前3時から行方不明なんです。携帯に電話を掛けても出ないんです。自宅にもいらっしゃいませんでした」
そこで、智は頭に引っかかることがあった。それを、田崎に訊いてみた。
「あの、田崎さんはどうやって僕と連絡しているのですか?佐名木さんの携帯にしか、僕の連絡先は記録していないはずですが」
「これは、たまたま佐名木さんが紙にメモしてあったんです」
「そうですか」
何かおかしい気がする。
「では、また連絡します」
「あの」
田崎が通話を切ろうとしたが、それを止めた。
「何でしょう」
「僕たちも、佐名木さんを捜してもいいでしょうか?まだ、調べられてない事もたくさんありますし・・・」
「調べられていない事?」
田崎が智の言った言葉を、一部復唱した。
「佐名木さんに調べ終わったら教えてくれと言われていたんです」
「それって、貴方が行ったツアーの事件ですか?」
智がはい、と答えると、田崎はまた数秒黙ってから、声を出した。
「いいですよ。人手が多い方が見つけやすいですよね」
「ありがとうございます。あの、僕の弟と妹も協力してもよろしいでしょうか?」
田崎は智の考えに賛成してくれた。
「では、私の連絡先を教えておきますね」
携帯の携帯番号を教えてくれた。
「では、また何が情報が見つかったら教えて下さい」
「はい」
そこで、通話が切れた。
智は、部屋を出てリビングに向かった。疾登と花輪に伝えるためだ。
評価をしてくださった皆様、ありがとうございました!
すっごく感激しました!!!
これからも、よろしくお願いします!