第37話 相談
「佐名木さん、いらっしゃいますか?」
智は傍を歩いていた女性の警察官に尋ねた。佐名木さんは、国立警察署の中でも有名で、此処の警察官なら誰でも知っているのだ。
「佐名木さんですか?こちらへどうぞ」
女性は、佐名木さんがいる部屋まで案内してくれた。
「佐名木さん、入りますよ」
ドアを2回ノックした後声をかけると、中からどうぞという声が聞こえた。
彼女は、ごゆっくりと智たちに告げて、どこかへ行ってしまった。智たちは礼を言ってから部屋に入った。
「お久しぶりです、佐名木さん」
智、疾登、花輪が中に入ると、佐名木さんは、大量の書類が積んであるデスクを前に腰かけていた。
「おお、3人揃って。元気そうで何よりだよ」
佐名木さんは立ち上がって、傍にあったソファーに腰を掛けた。
「まあ、3人も座りなさい」
ソファーを指さしたので、智たちはゆっくり腰かけた。
「どうしたんだね、今日は」
「この前、電話でツアーに行ってくると連絡しましたよね」
智が訊くと、佐名木さんは頷いた。
「それでですね、そのツアーの案内人の高峰という女性が簡単に観光客を殺すんです。それで、何事もなかったようにどんどん事を進めていくんです」
佐名木さんは顎に手を当てた。
「君たちは警察に連絡しなかったのか?」
その質問をされるだろうと智は予想していた。
「しようと思いました。でも、睡眠薬が弁当に入っていて、それを僕たちは食べて眠っている間に、皆携帯を高峰に没収されてたんです」
「そうか。ちょっと待ってくれ」
佐名木さんはソファーから腰を放して、デスクから黒いメモ帳らしき物を手に取った。その後、またソファーに腰を戻した。
「もっと詳しく教えてもらってもいいかな。例えば、その殺し方とか」
「何か、事情聴取みたいですね」
智は小さく笑って、憶えていることを全て話した。
「うーん。これは酷いね。じゃあ、こちらで高峰について調べてみるよ」
「お願いします」
3人は頭を下げた。
「他に、気になった出来事は無いのか?何でもいいぞ」
佐名木さんは、メモ帳を閉じた。
「あの、犯人は大体予測出来ているのでしょうか」
智は少々期待を込めたが、結果はいつも通りの答えだった。
「ごめんな。まだ分からないんだ。証拠の品も、もう1度指紋が付いていないか確かめたのだが、やはり、綺麗に拭き取られていて、まだ見当もつかない状態だ。不審な点も1つも無いんだ。ごめんな、いつもこの返事しか出来なくて」
佐名木さんは申し訳なさそうな顔をした。
「いえ。僕らは調べてくれているだけでも嬉しいんです」
智は小さく微笑んだ。
「そうか。俺も全力を尽くすよ」
それから、3人は佐名木さんと雑談をしていると、気付けば、1時間が経っていた。
「すみません。こんな時間までお話に付き合って下さって」
3人は立ち上がって頭を下げた。
「全然大丈夫だよ。俺も会えて嬉しかったよ」
佐名木さんは玄関まで見送ってくれた。
「それじゃあ、また何かあったら連絡しろよ。高峰の件も片付けておくよ」
「ありがとうございます」
3人は同時に礼を言って、佐名木さんと別れた。
その後、3人はDSをしたりして遊んだ。
ふと時計を見ると、針が『3』を指していた。
「もう3時か。おやつ食べようよ」
疾登がお菓子入れ専用のかごを持ってきた。
「野菜とかはないのに、お菓子はあったんだね」
花輪がお菓子を選びながら言った。
「兄貴は?」
疾登がかごを智に向けて訊いた。
「あ、俺はいいよ。それより、喉乾いた」
「それ、私も思った」
花輪が素早く反応した。
「じゃあ、俺買ってくるよ」
智が立ち上がろうとした時、花輪が先に立ち上がった。
「私が買ってくるよ。他に買いたいものあるから」
花輪は、そう言って、財布を持った。
「いいのか?」
疾登は心配して訊く。
「いいよ。じゃあ、コンビニ行ってくるね」
花輪は部屋を出て行った。ドアの閉まる音がして、それから、しばらくの沈黙があった。5分ほど経って、疾登が声を出した。
「花輪の赤ちゃん大丈夫かな」
智もそれを考えていた。ツアーで相当な体力を使った。精神的にもかなりダメージを受けているだろう。1回、検査に連れて行った方がいいだろうか。
「帰ってきたら聞いてみよう。それに、花輪の言う優翔さんにも会わせてもらわないと。っていうかさ、俺たちの方が年上なのに、優翔さんっておかしくないか?」
智は、今まで気にかけていた疑問を疾登にぶつけた。
「ああ。そういえばそうだな。じゃあ、今から奥田村にする?」
智は納得して頷いた。
その会話を終えたとき、ちょうど花輪が帰ってきた。
「ただいま~」
花輪は両手に袋を持っていた。
「おかえり」
智と疾登は同時に言った。
疾登が智の腕を突いてきたので疾登を見ると、話をしてという様に、目をチラッと花輪に向けた。智は小さく頷いて、花輪に質問した。
「花輪、お腹の中の赤ちゃん、大丈夫なのか?1回、検査行った方がいいと思うんだけど」
その質問に、花輪は大丈夫というように、手をひらひらさせた。
「何ともないよ。検査は行ってないけどね。でも、旅行の前はちゃんと行ったよ」
「じゃあ、明日にでも検査に行ってきな。それと、奥田村に会ってみたいんだけど・・・」
花輪は冷蔵庫に買ってきたものをしまいながら答えた。
「うん。明日、検査に行ってくるね。優翔さんの事なら、私、連絡しておこうか?お兄と疾兄はいつでもいいの?」
――俺だって心の準備は必要だよ。花輪を一生支えていく人になるかもしれない。でも、花輪は赤ちゃんも授かっている。だから、あまり時間を掛けると後々厄介なことになる。
智は少し頭で自分の考えを整理し、言葉にした。
「俺はいつでもいいよ。早くしないと、結婚式の準備も大変だろうからな。疾登は?」
疾登に視線を向けると、口を尖らせて拗ねている様だった。
「俺も、いつでもいいよ」
「じゃあ、優翔さんに連絡しておくね」
花輪はニコニコしながら携帯を握った。奥田村に連絡するのだろう。
正直な所、まだ花輪と一緒に居たい。結婚したら、花輪と奥田村が同居して、家に居るのは俺と疾登だけになってしまう。男2人だけというのも空気悪い。花輪も今まで女1人だったから嫌だったと思う。でも、毎日花輪の顔が見られなくなるのは寂しい。
「兄貴、花輪が居なくなったら寂しいって思ってる?」
心を読まれたので、少し動揺した。
「な、何でそんなことが言えるんだよ」
「顔に出てるよ。まあ、俺も同じこと考えてたけど」
疾登は急に悲しそうな顔をした。
「ねーね。優翔さんに会うの明日でもいい?」
「明日!?」
智と疾登は声が裏返った。あまりに突然すぎたので、頭が混乱している。
「ちょっと待っててもらっていい?ごめんね」
花輪は1度携帯の通話口を手で塞いで、もう1度同じ質問をした。
「明日、優翔さんに来てもらっても大丈夫?」
智は1回大きく深呼吸をした。
――明日は・・・特に大事な用事は無かったよな。大丈夫、あまり深く考えるな。
智は、自分に喝を入れた。
「俺は、大丈夫だよ。疾登は?」
疾登も、考え込む仕草を見せてから言った。
「俺も大丈夫だよ」
花輪はまたニッコリ笑って、通話口を塞いでいた手をのけて口元を近ずけて、会話を再開した。
楽しそうに会話をしているのを見ていると、横から疾登が腕を突っついてきた。
「どうした?」
疾登は小声で話した。
「花輪、本当に奥田村の事が好きなんだな。携帯握ってからずっとニコニコしてる」
言われてみればそうだ。奥田村との会話が始まると、買い物から帰ってきた顔とは明らかに違っている。
「幸せそうだよな。俺も早く彼女探さないと。独身のまま20代終わってしまう」
疾登は苦笑した。
「俺の方が危ないよ。あと2年で30だぜ?」
智は肩を落とした。
「お兄、疾兄、明日よろしくね」
花輪はソファーに座りながら言った。
「ああ。何か、緊張するなぁ」
疾登がそう漏らした時、智の携帯が鳴った。
智は疾登と花輪に1言声をかけて、別の部屋に移動した。
「もしもし」
「おお、智か。元気か?」
聞き覚えのある声だった。
「一輝か。どうした?」
「智!連絡する言うたのに、全然連絡くれんやんけ!」
「ごめん、忘れてた。何か最近、いろいろあってさ」
「どないしたん?元気ないなぁ。相談なら乗るで」
時々見せる一輝の優しさが、智は好きなのだ。
「ありがとう」
「じゃあ、明日の8時空いとるか?」
8時なら、優翔さんも帰っているだろう。
「ああ。大丈夫だ」
「ほうか!じゃあ、江東中学校待ち合わせでええか?」
江東中学校とは、智と一輝が通っていた中学校だ。ここから車で20分で着く。
「いいよ。一輝は大丈夫なのか?結構遠いだろ」
一輝は今、千葉県に住んでいて、一輝の家から江東中学校まで、短くても1時間以上はかかる。
「大丈夫やわ。明日会社休みやから」
「そっか。分かった」
「忘れんといてや」
「忘れる訳ねーだろ。じゃあ、また明日な」
「おう。明日な」
そこで、通話が切れた。
正直、一輝から誘ってきてくれるとは思わなかった。一輝はあまり外でご飯を食べるのが好きではないので、今までは、ご飯に行くときは全部智から誘っていた。一輝も、何か悩み事があるのだろうか・・・
智は部屋を出て、疾登と花輪が居るリビングへ向かった。
次回は智、疾登と奥田村優翔の初対面の話になります!